第19話 荒井派
昼休み。
川藤は取り巻きの二人とともに、いつもどおり派閥の顔出しに向かう。
昼食にありつけるのがその後になるため、かったるいことこの上ないが、派閥の
中学生の頃は、まともに殴り返してくるような奴がろくにいなかったこともあって、ケンカに負けたことは一度もなく、学校の
そこで勘違いをしてしまった結果、不良校として名高い聖ルキマンツ学園をシメてやろうなどと思い上がってしまった。
そして入学後すぐ、無謀にも荒井にケンカを売ってしまい……ボコボコにされた挙句、強制的に派閥に入らされた。
それだけならまだ
思い知らされた。
暴力にも才能が必要だという事実を。
自分が、向こう側――荒井や〝女帝〟を含めた四大派閥の頭たちのいる側の人間ではないことを。
自分が勝てるのは、こちら側――折節のような暴力の才能など毛ほどもない連中だけだということを。
なら、それでいいと思った。
中学の時と同じように、殴り返してもこないようなグズを殴ってストレスを発散し、面白おかしく毎日を過ごせれば、それでいいと思った。
強制的に入らされた荒井の派閥も、今にして思えば後ろ盾としては上等すぎるくらいに上等だ。
くだらないプライドさえ捨ててしまえば、それなりに楽しい学園生活を送れる――そう思っていた。
(折節ぃ……)
知らず、双眸が禍々しくなる。
あの野郎は、弱者のくせに、こちら側のくせに、マグレとはいえこの俺に膝をつかせやがった。
到底許されるものではなかった。
今すぐにブチ殺してやりたいくらいだった。
だが、今は駄目だ。
あの野郎は、あろうことか〝女帝〟を後ろ盾につけやがった。
一年の時、派閥の仲間をやられたことにブチギレた〝女帝〟が、頭二つほど大きい荒井を一方的にボコボコにする様を、この目ではっきりと見ている。
危険な連中ばかりのこの学園において、あの女はぶっちぎりに危険だ。
(だが……)
その〝女帝〟が風邪を引いて高熱を出したという噂は、もうすでに学園中に行き渡っている。
これほどの好機を、荒井が逃すはずがない。
(となれば、くるかもしれねえなあ。折節の野郎をブチ殺すチャンスが)
そんなことを期待しながら、荒井派が根城にしている校舎四階の空き教室へ向かうと、
「今日、潰すぞ。小日向を」
窓際の隅でふんぞり返るようにして椅子に座っている荒井が、期待どおりの言葉を、この場にいる全員に告げた。
その言葉に対し、派閥内においては唯一荒井と対等の口を聞ける、荒井には劣るものの一八〇センチを超える上背を誇る、荒井派ナンバー2の三年――
「確かに〝女帝〟を潰すチャンスは今しかねぇ。が、学園内で仕掛けるのはNGだってことはわかってるよな? 荒井」
「ああ。女ってだけで、小日向派を支持するカスどもが多いことくらいはな」
「仕掛けるなら外……だからこそ何か策が欲しいところだな」
「俺が、風邪で弱っている小日向に負けるとでも言いたいのか?」
怒気の孕んだ声に、川藤と取り巻きの二人はおろか、他の派閥メンバーも息を呑む。
そんな中、大迫だけはどこまでも冷静に応じた。
「そうは言っていねぇ。が、月池と氷山が介入してきたら、かなり厄介なことになるぞ。アレで大概に腕が立つからな。俺とお前以外の奴だと確実に手に余る」
「小日向とタイマンに持ち込んでも、邪魔に入られる可能性がある……そういうことか」
「さらに言うと、最近〝女帝〟が囲っている、見るからに
「ああ……」
荒井の視線が一瞬だけ川藤に移り、意味もなくビクリと震えてしまう。
「あれはどう見ても、取るに足りない雑魚だろ。いようがいまいが邪魔にはならん」
言外に自分も雑魚扱いされている気がした川藤が悔しさに震える中、大迫は言う。
「取るに足りねぇ雑魚だからこそ、
「策が欲しいというわけか」
大迫が首肯を返す中、川藤は内心首を捻った。
小日向派にはもう一人、桃園春乃という折節以下の雑魚がいるにもかかわらず、大迫が全く触れなかったことを疑問に思う。
(まさか……知らねえのか?)
だが、考えてみれば、そうあり得ない話ではないのかもしれない。
桃園の容姿は徐々に噂になっているとはいっても、それはあくまでも一年の間での話。
教室が二階にある三年に対し、一年の教室は四階にあるため物理的に距離が離れているため、なおさら噂が入ってきにくい。
川藤も、ナンパ――あくまでも川藤の認識――の件がなければ、意識して知ろうとはしなかっただろう。
おまけに、氷山に新しい
(こいつは、使えるな……)
知らず、口の端を吊り上げながらも、川藤は手を上げる。
「荒井さん。大迫さん。ちょっといいすか?」
「なんだ?」
荒井に代わって大迫が応じる中、川藤はますます口の端を吊り上げながら言う。
「一年に桃園春乃って女がいるんすけど――……」
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