第17話 テストの結果

 いくらなんでもここまでカオスなのは初日だけだろう――そんな史季の甘い考えは当然のように打ち破られ、次の日もその次の日も、勉強会はカオスな案配で行なわれた。


 おまけに、勉強会が終わってからは人気のない公園や駐車場でケンカレッスンもしっかりとやっていたものだから、ゴールデンウィークが明けた直後の史季は、誰の目から見ても明らかなほどに疲弊しきっていた。


 この状態で川藤に報復なんてされたら、最悪死ぬかもしれないと本気で危惧していたが、やはりというべきか、川藤もその取り巻きも一切手を出してくることはなかった。


 ここまでくると報復なんてもう来ないんじゃないかと思いたいところだが、時折こちらに向けてくる川藤の視線が日に日に禍々しくなっていたので、毛ほども楽観する気にはなれなかった。


 やがて週の後半に差し掛かり、中間テストが始まる。


 テスト期間中は体育館が完全に使えなくなる上に、夏凛たちも余裕がないということでケンカレッスンはお休みになったものの、川藤からの視線を思い出すと休む気にはなれなかったので、自分一人でも出来うるかぎりの訓練は続けることにした。


 その一方で、中間テストは土日を挟んで行なわれるため、その二日間も史季の家で勉強会が行なわれ……あれよあれよという間にテスト期間は過ぎ去っていった。


 そして、テスト明けになったということでケンカレッスンは再開となり、史季は放課後すぐに予備品室へ向かうも、


「ちょっと早く来すぎたかな……」


 どうやら一番乗りだったらしく、部屋にはまだ誰も来ていなかった。

 荷物を床の隅に置きながらも、何とはなしに思う。


(なんというか……いつの間にか、学校に来ることが楽しくなってる気がする)


 川藤たちにいじめられていた時は、学校に行くことが嫌で嫌で仕方なかった。

 親に心配をかけさせたくない手前、転校という最後の手段を自ら放棄していたため、二進にっち三進さっちも行かなくなっていた。


(そんな地獄のような状況から、小日向さんは僕を救い出してくれた)


 それどころか、また地獄を見ないようケンカのやり方まで教えてくれている。

 本当に、感謝してもし足りないくらいだった。


(まあ……感謝それを言葉にして伝える勇気はないけど……)


 などと物思いに耽っていると、入口の扉の向こう側から足音が聞こえてくる。

 念のため、部屋の隅にあるロッカーの掃除用具を取りに向かうていを装っていると、


「あっ! 史季いた――――――っ!」


 扉を開けるや否や入ってきた夏凛が、高いテンションをそのままに大声を上げた。


「小日向さん、さすがにそんなに大きな声出すのは……!」


 と注意している史季に、夏凛は駆け寄り、


「サンキュな! 史季!」

「!!!?!!!?」


 いきなり真っ正面から抱き締めてきて、史季の思考は一瞬でショートした。


「テストの点数な! 全部の科目で五〇点超えたんだよ! こんなに良い点とったの生まれて初めてだよ!」


 興奮をそのままに、抱き締めていた手でバシバシと背中を叩いてくる。

 抱き締められている史季は、距離が近すぎるわ良い匂いがするわ意外と大きいオッパイを押しつけられているわで、顔を真っ赤にしたまま銅像のように固まるばかりだった。


「それもこれも全部史季のおかげだ! マジサンキュな!」


 言葉と体で喜びと感謝を表す、夏凛。

 わざとやっている冬華とは違い、異性との距離感が天然でバグっている分、夏凛のスキンシップの方が余程心臓に悪い上に破壊力も大きいことを、ショートした頭の片隅で確信する。


 そうこうしている内に冬華と春乃がやってきて、夏凛は視認するや否や今度は二人に抱きつき……どこか触られたのか、冬華に鉄扇の一撃をお見舞いしていた。

 最後に千秋が入ってきて、彼女にも抱きつこうとしたものの、全力で逃げ回られてしまったため未遂に終わった。


「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……はぁ……ちなみに……ウチも……赤点はゼロだったわ……」


 夏凛から逃げ回ったせいで、息も絶え絶えになりながらも報告する。


「大喜びしているりんりんには悪いけど、ワタシは平均で六〇点いっちゃってるから~」


 冬華は鞄から全科目のテストの答案用紙を取り出し、これ見よがしに皆に見せつける。

 国語だけは五〇点代だったものの、他の科目は全て六〇点を超えていた。

 それを見て、夏凛はおろか千秋も「ぐぬぬ」と悔しそうにしていた。


 夏凛はもとより、千秋も冬華も勉強は好きではないようだが、仲間内での点数の優劣にはこだわっているようだ。


 そんな中、冬華に倣って春乃は鞄をまさぐり、


「見てください! 全科目が二桁超えました!」


 二〇~四〇点代を彷徨っている答案用紙の数々を、ドヤ顔で見せつけてくる。

 火花を散らしていた夏凛たちだったが、不意に皆して優しい表情になり、全員でポンポンと春乃の頭を撫でた。


「で、史季はどうだったんだ?」


 突然夏凛に話を振られ、思わず顔を背ける。


「おっ? もしかして悪かったのか?」

「いや……そんなことはないけど……」

「本当かー?」


 ニヤニヤと笑って尋問する夏凛に、千秋は呆れた声をかける。


「いや、仮に悪かったとしても、それは折節から見たらであって、ぜってぇウチらより高いと思うぞ」

「でもわたし、史季先輩の点数が気になります!」

「というわけで、しーくん。ワタシたちに無理矢理答案用紙を曝かれるのと、自ら曝くの、どっちがいい?」

「それって実質選択肢ないよね!?」


 そんなこんなで自ら曝く方を選んだ史季は、夏凛たちの目の前で全科目の答案用紙を拡げる。


 重ねて言うが、聖ルキマンツ学園は願書を出すだけで入学試験に通ると揶揄されるほどのアホ校だ。

 進学校とまではいかないまでも、そこそこに偏差値の高い公立高校を目指していた史季にとって、聖ルキマンツ学園のテストはそう難しいものではなかった。

 最低で九四点、最高で一〇〇点をとれる程度に。


「……グロいな」


 史季の答案用紙を見つめながら、夏凛はポツリと漏らす。


「グロいの!?」


 まさかすぎる表現に、史季が素っ頓狂な声を上げていると、


「あぁ、グロい」

「グロいわね~」

「史季先輩! この答案用紙は絶対にモザイクをかけた方がいいと思います!」


 千秋たちも、夏凛と同じ感想を返してきた。


「テストの成績を見られてそんなこと言われたの、生まれて初めてだよ……」


 先の夏凛の言い回しを無意識の内に真似ながらも、史季は何とも言えない微妙な表情を浮かべる。

 こうして史季たちは無事(?)に、中間テストを乗り切ったのであった。

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