第15話 勉強会
どうしてこうなった――そう思わずにはいられなかった。
史季は勉強を教えると提案した際、勉強会の場所は図書館とか公共施設でやることを想定していた。
女子同士ならともかく、男子である自分がいる状況では、さすがに夏凛たちも自分の家で勉強会を開こうなどとは思わないと考えていたからだ。
実際、その考えは正しかったが、
(だからって僕の家でお勉強会をやるなんて、全く想定してなかったんですけど!?)
そんな心の叫びを露ほども知らない夏凛たちが、史季が借りているワンルームマンションの部屋にぞろぞろとお邪魔していく。
ゴールデンウィーク中なので当然彼女たちは私服を着ており、春乃は史季に助けられた時と同じ、黒のキャミソールワンピースに白のシャツの組み合わせだった。もしかしたら、お気に入りのコーディネートなのかもしれない。
夏凛もあの時と似たようなもので、Tシャツとミニスカートにプチルーズソックスの組み合わせは同じだが、最近暖かくなってきたせいか、スカジャンの代わりに薄手のジャケットを羽織っていた。
千秋は、トップスはパーカーを、ボトムスは制服と同様、両サイドにスリットの入ったロングスカートを履いているが、タイツを履いておらず、夏凛よりも色素の薄い脚が露わになっていた。
意外なことに冬華はこの中で唯一スカートを履いていないが、代わりに体のラインがくっきりと見えるスキニーデニムを履いていた。
トップスは、肩周りもお腹周りも丸見えなオフショルダーのブラウスで、ボトムスの露出の少なさを発散しているかのようだった。
チラホラと目のやり場に困ることはさておき、私服姿の彼女たちを見られたことは、草食動物の史季をして眼福だと思わせるものだが、
「なーんだ。史季が言ってたほど狭くないじゃん」
「こんくらいなら、五人ならギリいけっだろ」
「なんせ千秋が小っちゃいもんなー」
「そうそう――って、やかましいわ!」
「わぁ……男の人のお家、初めて入りました」
「あらあら。良かったわね~、はるのん」
女の子を四人も自分の部屋に招き入れた高揚感以上に、この四人を自分の部屋に招き入れてしまった焦燥感の方がはるかに強くて、史季は内心冷汗タラタラになっていた。
史季の部屋の間取りは、玄関から入ってすぐのところにキッチンが、その左手側にバスとトイレが設けられている。
生活スペースとなる洋室はそれらの奥にあり、史季が使っている勉強机、ゲーム機を収納している台とその上にあるテレビ、漫画や参考書などを敷き詰めた本棚が壁際を占拠している。
部屋の中央にはご飯を食べる時などに使っているテーブルを設置し、寝床となる布団は洋室の隅にあるクローゼットに衣服ともに収納していた。
夏凛たちが、テーブルを囲う形で思い思いの場所に座ったところで、
「よし。とりあえずエロ本を探すぞ」
千秋がそんなことを
「あらあら、考え方が古いわね~。今は全部
冬華がやけに見覚えのあるスマホをヒラヒラさせながら、そんなことを宣い返す。
「って、それ僕のスマホ!?」
いつの間にか、ズボンのポケットからスマホが消えていることに気づいた史季は、どこも触っていないのに「あぁん❤」だの「そんな無理矢理ぃ❤」だのと喘ぐ冬華をそれこそ無理矢理無視して、スマホを奪い返した。
「気をつけろよ、史季。冬華は二重の意味で手癖わりーから」
「その情報もっと早く知りたかったよ、小日向さん!」
などといった具合に、始まる前からゴッソリと体力を削られた史季は、人数分のお茶を用意――さすがにコップは五人分も持っていないので紙コップにした――してから、一人勉強机の椅子に腰を下ろした。
「今日のところは、数学をメインにやるってことでいいんだよね?」
「まー、この中にいる全員、数学が得意な奴なんて一人もいねーからな」
咥えていたパインシガレットをピコピコ上下させながら、夏凛は言う。
それを聞いて、夏凛たちの教科ごとの得意不得を確認していなかったことに、今さらながら気づく。
この四人を自分の部屋に招き入れるという事態のインパクトが大きすぎて、真っ先にやっておくべきことを完全に失念していた。
「ちなみにだけど、小日向さんは何が得意で何が苦手なの?」
「あたしは……アレだな。得意なもんもなければ苦手なもんもないな」
などと、めっちゃ目を泳がせながら言う夏凛に、千秋が容赦のない補足を加える。
「得意不得意関係なく、赤点を行ったり来たりしてるもんな」
「う、うっせー! スカートん中にわくわく実験セットみてーな
「その代わりウチは、ちゃんと国語っていう得意科目があるからいいんですぅ。悔しかったら、一教科でも六〇点とってみろや」
「く……っ」
口ごもる、夏凛。
史季が今まで見た物に限れば、千秋の凶器は使う分には理系も何も関係ないとか、むしろ六〇点という微妙な点数でドヤってるところがツッコみどころだとか、心の中で思えど口に出すような愚は決して犯さなかった。
「ところで、国語と理系科目以外は?」
「普通に赤道直下だ」
露骨に顔を逸らしながら、千秋
たぶん赤点のライン上という意味なのだろう。
上手いこと言おうとして割とスベった感じになっているが、このことに関しても口に出すような愚は決して犯さなかった。
「氷山さんは?」
「ワ・タ・シ・は~、保健体育が得意よ~」
「うん。知ってる」
「つーか、最早お約束だな」
「逆に苦手とか言い出した方がこえぇよ」
「あ、わたしも保健体育が得意です!」
手を上げて力説する春乃に、全員の驚きの視線が集中する。
「ま、まあ、桃園さんは医者の娘だし……」
「そ、そうだよな! そういう意味だよな!」
「テ、テメェら何当たり前のこと言ってんだ。春乃とそこの色魔を一緒にしてやんなよ」
などと史季たちが次々と狼狽を口にする中、春乃は何かに気づいたように「あ……」と声を漏らし、頬を赤らめる。
え? マジでそっち?――と、史季たちが瞠目する中、冬華一人だけがニヨニヨと笑っていた。
「別にいいじゃない。はるのんもお年頃なんだから」
「と、冬華先輩! そ、そういう意味で得意って言ったんじゃありませんから!」
必死に否定している春乃を眺めながら、史季は思い出す。
そういえば桃園さん、今までもちょいちょいエッチなことに興味を示してた気がするな――と。
勿論ここでも、思うだけで口に出すような愚は決して犯さなかった。
「そ、それよりも氷山さん。保健体育以外で得意な科目は?」
「英語は喋れるから一応得意と言えるかもしれないけど~、筆記が苦手だから結局そこそこ程度で、あとはりんりんと似たり寄ったりなのよね~」
「なるほど……」
と、得心しかけたところではたと気づく。
「え? 喋れる?」
「ええ。喋れるわよ~」
「しかも引くほどペラッペラだからな、こいつ」
夏凛の補足に、史季はいよいよ驚愕を露わにした。
「ええッ!? 普通に凄くないッ!?」
「って、思うじゃん? でも、喋れるようになった理由が、アメリカ人の彼氏と彼女ができたからって知ったら、なんだかなーって思わね?」
本当に「なんだかなあ……」と思った史季は、誤魔化すように笑うばかりだった。
「だって~、アメリカンサイズを直に体感し――あぁん❤」
千秋はいつの間にやら取り出していたスタンバトンで、冬華を感電させる。
やはりというべきか、私服のロングスカートの下にも数々の凶器を仕込んでいるようだ。
「ちなみに、女の子の方は体力が凄かっ――やぁん❤」
一瞬で立ち直った冬華に、再びスタンバトンを炸裂させる。
さすがに二連発は効いたのか、冬華は床に横たわったまま、恍惚な表情でビクンビクンと震えていた。
そんなやり取りに顔を引きつらせる史季に代わって、夏凛が話を進める。
「つーか、春乃は保健体育以外だったら、何が得意で何が苦手なんだ?」
「全部です!」
「堂々と言うことかよ」
元気よく答える春乃に、夏凛は苦笑する。
「参考程度に聞くけど、中学校時代、定期テストは平均で何点くらいだったの?」
史季が訊ねると、春乃は先と同じように元気よく答えた。
「調子が良ければ二桁を超えることもあります!」
「「「「……え?」」」」
まさかすぎる返答に、史季たちはおろか、つい先程まで無駄に艶めかしくビクンビクンしていた冬華までもが驚愕の声を漏らしてしまう。
ここにきて春乃が、自ら聖ルキマンツ学園を選んで入学したのではなく、アホの子すぎて
「……よし。マジで真面目に勉強すっぞ」
暗に「聞かなかったことにしよう」と言っている夏凛に同調した史季たちは無言で頷き、
「はい!」
春乃一人だけが元気いっぱいに応じた。
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