第11話 千秋と冬華のレッスン

 翌日の放課後。


「とりあえず、コイツを被りな」


 そう言って千秋が渡してきたのは、サバゲーで使われているフルフェイスマスクだった。

 この時点でもう、あまり良い予感はしない。


「つ、月池さん……これから一体何を……」

「相手の動きを予測する力と、危険を察知する勘を鍛えんだよ」


 ニンマリと笑いながら、スカートのスリットからエアガンを二挺取り出す。

 昨日、千秋と夏凛の会話を思い出した史季は、これからどのようなレッスンが行なわれるのかを確信した。


「ま、まさか……」

「そのまさかだ。ウチがエアガンを撃つから、オマエは死ぬ気でよけろ」

「ああああ危なくないそれ!?」

「危なくなんてねぇよ。エアガンは普通のやつにしてるし、マスクも被らせてるからな」


 本当なの!?――という視線を夏凛に送る。


「撃つのが千秋だからな。当たったらやべーようなとこを撃つようなヘマはしねーことは、あたしが保証する。それに、狙わせる箇所もよけにくいだからな」


 夏凛は自身の胴体の中心――鳩尾のあたりを、箱から取り出したばかりのパインシガレットで指し示しながら言葉をつぐ。


制服せーふくの上からなら、当たったところで痛くも痒くもねーよ」

「ちなみに夏服だと、良い感じに痛いからオススメよ~」

「そ、その節は本当にすみませんでした! 冬華先輩!」


 冬華の言うオススメが、いったいどういう意味なのかとか、春乃の言うその節とはいったいどういう話だったのかとかは、史季は努めて気にしないようにした。


 夏凛たちが千秋の背後に回り、史季が壁際に立たされたところで、千秋のレッスンが開始する。


「っしゃ。早速始めんぞ」


 言うや否や、左手のエアガンを向けてきたので、史季は意味もなく両手を上げながら慌てて半身になるも、


「……あっ」


 千秋はエアガンを向けただけで引き金はひかず、史季の回避行動を確認してから発砲。

 史季の脇腹に当たったBB弾がペチッと音を立て、床に落ちていく。


「別に、銃口を向けたからって撃ってくるとは限らねぇよなぁ」


 そんなことを言っておきながら、今度は右手のエアガンをこちらに向けると同時に発砲。

 全く反応できなかった史季の鳩尾に、ペチッと直撃した。


 二度撃たれたことで、史季はようやく得心する。

 確かにこれは、予測力と勘を鍛えるレッスンだということを。


「んじゃ、弾切れするまで撃ちまくるから頑張ってよけろよ」


 とは言われたものの、その日史季が千秋の銃撃をかわせたのは、たったの一度だけだった。



 ◇ ◇ ◇



 そこからさらに数日後。


「ね~ね~、りんちーちゃん」

「合体さすなや」


 ツッコみを入れる千秋をよそに、夏凛は冬華に応じる。


「なんだよ?」

「いい加減ワタシにも、しーくんを調教さ・せ・て」

「ぶふぅッ!?」


 傍でペットボトルのお茶を飲んでいた史季が、盛大に噴き出し、


「史季先輩! 調教ってどういう意味ですか!」


 春乃が元気よく手を上げながら、返答に困る質問を無邪気にぶん投げてくる。

 今日も今日とてカオスな状況をスルーしながら、夏凛は至極当然な返答を冬華に返した。


「調教とか言ってる時点でダメに決まってんだろ」

「も~う、さっきのは言葉の綾よ~」

「知ってっか? 言葉の綾ってのぁ『言葉の巧みな言い回し』って意味なんだぜ? さっきの言い回しのどの辺が巧みなんだよ」

「そう言うちーちゃんは、ワタシにアヤをつけてるじゃな~い」

「それこそアヤつけてんのは、そっちじゃねぇか。ダアホ」


 どこまでもマイペースな冬華に、夏凛は鉄扇で頭を抱えながら、「一応は聞いてやる」と言わんばかりの物言いで訊ねた。


「で、史季に何を教えるつもりなんだ?」

「本当は寝技を教えてあげたいところけど~、りんりんとちーちゃんにダメって言われるから、受け身のやり方を教えてあげようと思って」


 予想外にまともな提案に、夏凛と千秋は目を丸くする。


「どう思う? 千秋」

「そうだな……とりあえず熱ないか確かめてみる」

 千秋は自分の額に手を当てつつも、冬華の額に手を当て、

「平熱だとっ!?」

「マジかっ!?」

「ちょっと~。二人とも失礼じゃな~い?」


 プンスカと抗議する冬華だが、わかりやすいくらいに可愛らしく見えるように怒っているので、実際には失礼とも何とも思っていないのは明白だった。


「まー、受け身の練習ならいいんじゃねーか? 実際、ケンカしてっと受け身が必要な場面って意外とあるし」

「だな。いくら色魔でも、受け身でセクハラはできねぇしな。折節も、今日は冬華に教えてもらうってことで構わねぇか?」

「ぼ、僕は別に構わないけど……」


 三人の了承を得たところで、部屋の床にマットを敷き、受け身のレッスンを開始する。

 三人揃って、致命的な見落としをしていることにも気づかずに。


「それじゃ~、しーくん。まずはワタシがお手本を見せるから、


 そう宣言してから、冬華はマットの上で前回り受け身を実演する。


 改めて言うが、冬華のスカート丈は夏凛よりも短い。

 そんなスカートで前回り受け身なんて実演したらどうなるかは言に及ばず、そのことを計算に入れた上で冬華がドぎついTバックを穿いてきたことも、熟れた果実にも似たお尻が史季に丸見えになるよう計算して受け身を実演して見せたのも、言に及ばない話だった。


「こんの大たわけ――――――――――っ!!」


 千秋はスカートの下からハリセンを取り出すと、ドヤ顔で片膝を立てている冬華の頭をスパーンとはたく。

 よっぽど冬華のことをド突きたい時のみに使用される、レア道具ドーグだった。


 一方、もろに冬華のお尻を直視してしまった史季は、顔を赤くしながらも手遅れすぎるタイミングで顔を明後日の方向に逸らしていた。


 そんな中、春乃が珍しくも頬を赤らめ、モジモジしながら、耳を疑うようなことを口走る。


「あのぉ……冬華先輩……って、どこで売ってるんですか……?」


 史季も夏凛も千秋もギョッとした顔で春乃を見やる中、冬華一人だけは「あら~」と嬉しげな笑みを浮かべていた。


 その後、夏凛と千秋が率先して冬華から受け身のコツを聞き出し、史季もその通りに受け身の練習をすることで、春乃の発言を強引に有耶無耶うやむやにしたのであった。

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