第8話 秘密の場所

 このまま四人揃って秘密の場所へ向かっても結局は目立つだけなので、一旦バラけてから体育館の舞台の脇にある控え室に集合する。

 そこから史季は、ホリゾント幕と呼ばれる舞台最後方に設置された幕の裏に入り、壁を伝って、舞台の中央付近まで夏凛たちを案内する。


 そこに設けられた、暗証番号式の電子ロックが付いた両開きの扉を見て、


「あらあら」

「まー、このガッコらしいっちゃらしいな」

「だな」


 冬華が嬉しそうな声を上げ、夏凛と千秋が呆れた声を上げるも、誰一人として扉の存在に驚いたりはしなかった。


 それもそのはず。この聖ルキマンツ学園は、不良校という点を抜きにしてもおかしな点が多々ある学校だった。

 学園の創設者であるホワード・ルキマンツの「来る者は拒まず」という精神を反映した結果か、入試を受けなくても願書さえ出していれば受かるなどという噂が流れている時点で充分におかしい。


 だからこそ不良が多く集まってしまったり、史季のように最後の滑り止めとして受験した結果、入学後にろくでもない目に遭ってしまう者が毎年けっこうな数出ていることはさておき。

 施設においても、控えめに言って頭のおかしい代物が散見していた。


 たとえば、校舎の正面玄関を出てすぐのところに建てられた、ホワード・ルキマンツの銅像は、夜になったらゲーミングPCよろしくカラフルに輝き始める無駄機能が搭載されている。

 銅像ゆえにアートという名の落書きの被害に遭うことも多々あったが、その度に翌朝にはもう綺麗さっぱり落書きが拭い去られていたり、一度不良どもがふざけて首をへし折ってしまった時でさえも、翌朝にはもうすっかり修復されていたりと、そのあまりの不気味さから誰も手出ししなくなった曰く付きの珍品だった。


 それ以外にも、屋外のプールになぜか水流を発生させる装置がついていたり、校舎中の窓ガラスが、不良どもがマジ蹴りをぶち込んでもビクともしないほどの強度を誇っていたりと、最早どこからツッコめばいいのかわからない有り様になっていた。


 閑話休題。


 電子ロックの暗証番号を知っていた史季はポチポチと数字のパネルを押し、開錠音を確認してからゆっくりと扉を押し開く。

 全員が中に入ったところで扉を閉め、施錠音を確認したところで、その先に続く緩やかなスロープを進んでいく。


 一分ほど歩いた先にあったのは、入口とよく似た両開きの扉。

 さすがに電子ロックは付いておらず、扉枠上部の壁には「予備品室」と書かれたプレートが貼り付けられていた。


 史季が扉を開くと、夏凛たちは揃って感嘆と得心の声を上げる。


「おー……」

「へぇ……予備品室ってそういう意味か」

「あら~、いいじゃな~い」


 扉の先にあったのは、跳び箱や体育用マット、バスケットボールやバレーボールの入った籠などなど、部活――実質たまり場に利用しているだけだが――や体育に使われる備品が保管された、所謂いわゆる地下体育倉庫だった。


 正方形状の部屋は一辺が一五メートルもあるためかなり広さを有しており、備品が置かれていることを差し引いても、四人程度ならば余裕でくつろげるくらいの空間的余裕があった。


「ほら、この学校って不良が多いせいで表の体育倉庫に保管しても、備品を汚されたり壊されたりすることが多いから」


 史季の説明に、夏凛はため息をつく。


「体育倉庫なんて絶好のたまり場だからな。不良バカどもにバレないよう予備の体育倉庫を造ってたってのも、当然っちゃ当然の話か」

「保管してるラインナップは、まさしく不良バカども向けなのが多いけどな」


 そう言って、千秋は部屋の隅を顎で示した。

 そこには、柔道部の道場用と思しき畳の予備や、ボクシング部用と思しきサンドバッグの予備など、不良どものお遊びとしては人気の高い部活の備品が数多く保管されていた。


「そんな不良たちには知られたくないお部屋のこと、どうしてしーくんは知っているのかしら~?」

「いや……一年の頃、川藤くんたちに気づかれないようお昼ごはんを食べるために、教職員用のトイレで……その……ごはんを食べてたら、先生に見つかって同情されて……」

「それで、予備品室のことを教えてもらったってわけね~」

「予備品室の掃除を条件にね……」

「あ~、そういう条件付きか~……なら、ちょっと無理そうね~」


 なぜか残念そうにしている冬華に、史季は小首を傾げる。


「な、何が無理そうなの?」

「……夢があったの」

「夢?」

「そう。夢よ。跳び箱に手を突きながら、バックからガンガンに突――あぁん❤」


 バチッという音ともに、冬華が倒れ伏す。

 その傍らには、いつの間にやらスタンバトンを持った千秋と、冬華の手から離れたお弁当をしっかりと掠め取っていた夏凛の姿があった。


「言ったろ。色魔だって」

「冬華ー。お弁当ここ置いとくぞー」


 これが通常運行だと言わんばかりのやり取りを前には、史季は「ははは……」と苦笑するしかなかった。


 それから夏凛と千秋、何事もなかったように立ち上がった冬華の三人は、体育用マットがちょうどいい高さに積まれているのをいいことに三人並んでその上に座る。

 そこに混ざる勇気など当然なかった史季は、床に下ろした跳び箱の一段目を椅子代わりにして座った。


「史季も、遠慮せずにこっちに座りゃいいのに」

「いや、さすがに普通は遠慮すると思うぞ? この色魔以外は」

「あら、ちーちゃん。よくわかってるじゃな~い」


 史季はますます苦笑を深めながらも、購買で買ってきた焼きそばパンをビニール袋から取り出す。

 夏凛もパンが四つほど入っているビニール袋からメロンパンを取り出し、冬華が慎ましやかな大きさの弁当箱を拡げる中、


「よっこらせ、と」


 妙にオッサン臭い物言いとともに、千秋が重箱をマットの上に並べていった。


「まさかそれ全部、月池さんが一人で食べるの……?」

「ダアホ。ウチ一人で、こんなにもいっぱい食えるわけねぇだろ。夏凛と冬華にも分けるに決まってんだろうが。何だったらオマエも食うか?」

「いや……さすがに……」


 遠慮する史季に、夏凛はメロンパンを頬張ってから言う。


「遠慮なんてする必要ねーぞ。千秋はただ自分の嫌いなもん、あたしらに押しつけてるだけだから」

「べ、別にいいだろ! そもそも、こんなにもいっぱいいらねぇっていつも言ってるのに毎回毎回こんだけ作って、わざとウチの嫌いなもんを忍ばせてくるママが悪――……」


 と、言いかけたところで、千秋が突然フリーズする。

 同時に、瞬く間に顔が朱に染まっていった。


 妙に気まずい沈黙を経て、千秋は赤い顔をそのままにスカートのスリットに手を突っ込み……パッと見本物にしか見えない拳銃を取り出し、こちらに向かって銃口を向けてくる。

 史季はすぐさま、食べかけの焼きそばパンを膝の上に置いて、両手を上にあげた。


「わかってっと思うけど千秋の持ってるやつ、ただの改造エアガンだから」

「だから大丈夫よ~」

「頭に〝改造〟って付いてる時点で、あんまり大丈夫じゃないよね!?」


 フォローになってないフォローを入れる夏凛と冬華にツッコみを入れている間に、千秋は銃口ごと体をプルプル震えさせながらも言う。


「折節……今聞いたことぁ全て忘れろ」

「今聞いたことって……?」


 素でわからなかった史季が問い返すと、千秋は赤かった顔をさらに赤くし、口元をもにょもにょさせてから訥々と答えた。


「ウ、ウチが……マ……ママって……言ったことだ――って、あぁもうっ!! 言わせんなやクソッタレっ!!」


 見た目のせいでママ呼びに違和感がなかった――と口に出そうものなら火に油を注ぐだけなので、史季はコクコクと首肯を返した。

 そんな史季の努力を踏みにじるように、夏凛は暢気のんきに言う。


「別にいいじゃねーか、ママって呼んだって。見た目的には違和感ねーし」

「よくねぇから言ってんだよっ!! つうか夏凛っ!! そもそもウチが口滑らされたのオマエのせいだからなっ!!」

「なんであたしのせいなんだよっ!?」

「オマエがあんなこと言ったせいで、ウチはうっかり口を滑らせちまったんだよっ!!」

「マジでただの言いがかりじゃねーかっ!?」


 ギャーギャーと言い争う二人をニコニコと眺めながら、冬華は言う。


「かわいいでしょ~、あの二人」


 口に出して肯定したらしたで、二人の矛先がこちらに向きそうな気がしたので、史季はこの昼休みになってから何度浮かべたかわからない苦笑を浮かべるしかなかった。


「なぁにがさわらの西京焼きじゃ! 食え! 夏凛!」

「おう! サンキュな! けど、オマエほんと魚嫌いだな! そんなんだから背ぇ伸びねーんだよ!」

「大きなお世話だ! クソッタレ!」


 ケンカなのか何なのかわからなくなっている二人のやり取りをオカズにしているのか、冬華はお弁当のごはんを美味しそうに食べていく。


 なかなかにカオスな状況に気圧されながらも、史季も焼きそばパンを完食する。

 その様子を横目で見ていた冬華は、「あら?」と声を上げた。


「もうごちそうさまなの? りんりんなんていつもパンを四つ食べた上で、ちーちゃんからお弁当までもらってるのに」

「いや……その……」

「あらら? 言いにくいことだったら、別に言わなくてもいいわよ~」

「別に言いにくいってことでもないんだけど……」


 と言いつつも、実際に言いにくく感じていることを自覚しながらも素直に答えた。


「川藤くんにお腹殴られてばかりだったから……お昼ごはんを少なめにすることに慣れちゃってて……」

「そゆこと……」


 どこか同情するような声音で、冬華。

 話が聞こえていたのか、つい先程まで騒がしくしていた夏凛と千秋は顔を合わせて頷き合うと、冬華にも視線を送って頷き合い、


「あたしからの奢りだ。カレーパンも食っとけ」

「しょうがねぇから、特別にハンバーグをくれてやるよ」

「ワタシのお弁当、手作りなの~。よかったら、食・べ・て❤」

「……え? えぇッ!?」

「まー、遠慮すんな」


 という夏凛の一言が駄目押しとなり、かつてないほどに豪勢な昼食になったわけだが……千秋にしろ冬華にしろ当たり前のように自分の箸で食べさせてくれるわ、その前には夏凛も千秋の箸に口を付けいていたわで史季には色々と刺激が強すぎて、味はほとんど覚えていなかった。


 どこか夢見心地な昼食が終わったところで、ここからが本題だと言わんばかりに夏凛が訊ねてくる。


「じゃ、そろそろ答えを聞かせてもらおうじゃねーか。史季」


 何の話をしているのかは考えるまでもない。

 夏凛は、ケンカのやり方を教わるのか教わらないのか、その答えを聞かせろと言っているのだ。


 目を瞑り、今朝の出来事を思い出す。

 あの時川藤は、親の仇に向けるような目でこちらを睨んでいた。

〝女帝〟を相手に、一応はもう二度と史季に手を出さないと約束したから、今のところはまだ大人しくしているようだが、ほとぼりが冷めた頃はどうなっているのかはわからない。


 ……いや、


 仮に夏凛たちが本当に後ろ盾になってくれたとしても、四六時中彼女たちに守ってもらうというわけにはいかない。

 そもそもそんなこと、あまりにも彼女たちの負担が大きすぎるので、してもらうつもりもない。

 川藤が報復に動いた時に備えて、自衛できるくらいの力は欲しいと史季は思う。


 それに、川藤たちにいじめられていた生徒を庇った時や、川藤たちが春乃をどこかに連れ込もうとしていた時のように、自ら首を突っ込んでおきながら自力では何も解決できないというのは、情けないを通り越して愚かしいというもの。

 暴力はよくないけれど、暴力に対抗できるくらいの力も欲しいと史季は思う。


 だから、


「迷惑じゃなければだけど……ケンカのやり方、僕に教えてください!」


 深々と頭を下げる史季に、夏凛は苦笑する。


「そんなかしこまらなくていいって。春乃のこと助けてくれた礼だと思ってくれりゃいい。その方があたしとしても気が楽だしな。つーか、どうせなら春乃も一緒に教えてやりてーところだけど……」

「やめとけ夏凛。最悪死ぬぞ。……春乃が」

「アレは、不幸な事故だったわね……」


 三人揃って遠い目をしているところを見るに、春乃は史季よりも前にケンカのレッスンを受け、その際に何かやらかしたようだ。


「ま、まー……とにかくだ。やるってんなら早い方がいい。今日の放課後から始めるってことでいいか?」


 今日から!?――と、口に出そうとしたけれど、川藤がほとぼりが冷めたと判断するタイミングがわからない以上、夏凛の言うとおりやるなら早い方がいいと思った史季は、ぎこちないながらも首肯を返した。


「……うん。わかった」

「で、ケンカレッスンの場所なんだけどさー……」


 夏凛は部屋の隅にあるサンドバッグを横目で見やりながら、こんなことを訊ねてくる。


「ここ、めっちゃ良くね?」

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