第7話 派閥
千秋と冬華はお弁当を持ってきているため――千秋に関してはお弁当の包みから察するに重箱のようだ――史季と夏凛は購買で適当にパンを買ってから、どこか落ち着いて食べられる場所を探す流れになる。
「ところでりんりん、はるのんは?」
そう訊ねる冬華に、先頭を歩く夏凛はパインシガレットをピコピコと上下させながら答える。
「入学してまだ半月も経ってねーからな。ちゃんと同学年のダチもつくっとけって釘刺したから来ねーよ」
「えぇ~~っ」
「『えぇ~~っ』じゃねー。あたしらと表立ってツルんでたら、あいつだってダチつくりにくいだろが」
「それはそうだけど~……」
残念がる冬華をよそに、史季は夏凛に訊ねる。
「今の話、もしかして桃園さんのこと?」
「ああ、そのと――」
「そのとおりよ~」
食い気味に割って入りながらも、冬華は背後から夏凛に抱きつく。
夏凛は若干鬱陶しそうな顔をしながらも、
「冬華。わかってるとは思うけど、いらんとこ触ったら肘入れっからな」
「あら? いらんとこって、どこのことかしら~?」
「チチ。ケツ」
「ということは~、こっちは触ってもいいってこ――ぶっ!?」
どことは言わないが、
このやり取りだけで、三人の間で冬華がどういう立ち位置なのかを理解した史季は、苦笑を浮かべるしかなかった。
抱きつかれたまま冬華を引きずって歩いていく夏凛を尻目に、後ろを歩いていた千秋が補足する。
「ちなみに『ちーちゃん』がウチで、『りんりん』が夏凛のこと言ってっから。たぶんそのうち、テメェにも何か渾名つけんじゃね?」
「じゃ~『しーくん』で~」
いきなり渾名をつけてくる、冬華。
突然すぎる復活に史季も大概に驚いたが、千秋はそれ以上だったらしく、ビクリと震え上がる様は、見た目と相まって小動物そのものだった。
「いきなり復活すんなダアホっ!」
目の前にある冬華のお尻をベチンと
その際、やばいくらいに短いスカートが揺らめいたせいで、やばいくらいに透け透けの下着が一瞬だけ見えてしまった史季は、
(僕は何も見ていない僕は何も見ていない)
と、心の中で念仏のように繰り返した。
「つーか、いい加減自分の足で歩いてくんねーかなー。さすがにしんどいんだけど」
「はいは~い。ごめんね~」
冬華は言われたとおりに自分の足で再び歩き出すも、背中から夏凛に抱きついた状態はそのままだった。
慣れているのか、夏凛はそのまま状態で平然と廊下を歩いていく。
生徒も教師も問わず、すれ違う人間全員が、あの小日向派が男を連れ歩いていることに驚いていたが、やはり夏凛は気にする素振りすら見せることはなかった。
だが――
廊下の向こうからやってきた
千秋はフンスと鼻息を漏らしながらも腕を組み、冬華は一つ息をついてから夏凛から離れた。
身長が二メートル近くもある、巨漢の不良が率いる集団を前にして。
その不良を目の当たりにした瞬間、史季は心の中で恐怖に引きつった声を上げた。
(荒井先輩!? ということは、後ろにいる人たちは川藤くんたちと同じ荒井派の!?)
一〇人近い不良どもを率いる巨漢の三年生――
そして、史季を散々いじめた川藤たちが属している派閥が荒井派であり、彼らも含めて派閥に属する不良の数は五〇人を超えていた。
言うまでもないが、学園最強の派閥である小日向派も四大派閥の一角を担っている。
数の上では圧倒的に負けてはいるものの、夏凛のみならず千秋と冬華も学園内においてはけっこうな人気を誇っているため、実際には派閥に属していないものの夏凛たちを支持する、隠れ小日向派とも呼べる生徒の数が相当数存在している。
それゆえに、数においても小日向派は最強の派閥であるため、学園の頭である〝女帝〟の地位はなおさら確固たるものになっていた。
もっとも目の前にいる巨漢は、小日向派をその地位から引きずり下ろし、〝女帝〟に代わって学園の頭になることを虎視眈々と狙っているという話らしいが。
相対距離が三メートルほどになったところで、荒井たちは立ち止まる。
「おい。そこの」
荒井が、夏凛を無視して史季に話しかけてくる。
ドスの利いた声。
睨むだけで人を殺せそうな凶悪な眼光。
そして、同じ高校生とは思えない、プロレスラーを想起させるまでに圧倒的な巨躯。
それらの要素が渾然一体となって醸し出された威圧感が、史季の心胆を凍えさせる。その一方で、喉は炎天下に長時間晒された後のようにカラカラに干上がっていた。
(川藤くんたちとは何もかもが違う……違いすぎる……!)
心の底から恐怖を覚えながらも、心の底からそう思う。
いじめられていたこともあって、川藤たちに恐怖を覚えたことは幾度となくあった。
けれど、荒井に対して抱いた恐怖は、川藤たちから覚えたものとは次元からして違っていた。
比較することすら馬鹿らしいレベルだった。
「聞いたぞ。下の
下の者が川藤たちのことを指した言葉であることは理解できた。
理解できたから、返事をかえすことができなかった。
ガクガクと足を震えさせながら、意味のない吐息を漏らすばかりだった。
そんな史季に助け船を出すように、夏凛は据わらせた目をそのままに、剣呑とした声音で言う。
「あたしのツレに因縁つけてんじゃねーよ」
途端、荒井の視線が夏凛に移り、史季は心胆が凍えるほどの恐怖から解放される。
もっとも目の前に荒井がいる以上、完全にというわけにはいかないが。
荒井は「ふん」と鼻を鳴らすと、体格相応に大きな顔に嘲笑を浮かべた。
「まさか、貴様が男を囲うとはな」
「はんっ、そりゃてめーが知らねーだけだ。今に始まった話じゃねーよ」
などと言っている後ろで、
「今に始まった話だろ」
「今に始まった話よね~」
千秋と冬華が、荒井たちには聞こえない小さな声でツッコみを入れる。
これには史季も、束の間荒井への恐怖を忘れて苦笑した。
「とにかく、あたしらはてめーらと違って忙しいんだ。だから、さっさとそこを
「俺たちに
「殺されたいだぁ?」
ガリッと噛み砕く音とともに、咥えていたパインシガレットが床に落ちる。
「やってみろよ。やれるもんならな」
それは、挑発ではなかった。
自身の強さに対する絶対的自信。その発露だった。
「…………ちッ」
短い沈黙を経て、忌々しげに舌打ちを漏らした荒井は、廊下の半分だけ道を空けながらも歩き出す。
必要以上に事を荒立てる気はないのか、夏凛は荒井の譲歩に乗り、半分だけ道が空いた廊下を歩いていく。
現れた時と同じようにぞろぞろと歩く荒井たちとすれ違い、向かう先にあった曲がり角を曲がったところで、史季はもう
「大丈夫か? 史季」
こちらの顔を覗き込みながら、夏凛が心配してくる。
その距離の近さがあまり大丈夫ではなかったので、史季は「だ、大丈夫!」と叫びながらも仰け反った。
「ならいいけど。ところで……」
夏凛はなぜか、にやけそうになっていた口周りを掌で隠しながら、こんなことを訊ねてくる。
「男を囲ってるって……今のあたし、そういう風に見えんのかな?」
質問の意図がわからず困惑している史季をよそに、千秋が容赦ないツッコみを入れた。
「それくらいでニヤけてる時点で、全っ然そういう風には見えねぇけどな」
「全然はひどくねーか!?」
「ちなみにね~、りんりんはね~、遊び慣れてそうとか~、経験豊富そうとか~、とにかく悪ぶってる感じに見られたいお年頃なの~」
「
「あーあーあー! うるせーうるせー!」
などと耳を塞ぎながらわめく夏凛の顔は、微妙に赤くなっていた。
そんな彼女を見て、改めて思う。
夏凛は確かに、あの荒井よりもケンカが強いのかもしれないけれど、決して荒井のような恐い存在ではない、と。
「囲ってる囲ってないは脇に置いとくとして……どう見たって冬華の彼氏って感じじゃねぇだろって野郎を連れてるせいか、今日はやけに注目を集めちまってるな」
周囲に視線を巡らせながら、千秋は言う。
ここに至るまでの間、すれ違った生徒や教師たちが、チラチラとこちらに視線を向けていたのは史季も気づいていた。というか、今さらと言いたいくらいだった。
「りんりんが大きな声上げちゃったから、余計に注目されちゃってるしね~」
「あたしのせいかよ!?」
「んなこた、どうでもいいだろ。それよりこの調子じゃ、落ち着いて飯食える場所探してるだけで昼休みが終わっちまいそうだぞ」
「てゆ~か~、ちーちゃんの言うとおり注目浴びちゃってるせいで、ワタシたちが落ち着いて食べられる場所なんてないんじゃないかしら~?」
冬華の言葉に、夏凛と千秋は揃って苦い顔をする。
そんな中、
「落ち着いて食べられる場所なら、一つ心当たりがあるけど……」
史季はおずおずと手を挙げながら、夏凛たちに言う。
そこは、川藤たちのいじめから避難するための秘密の場所だけれど。
不良だけど、他の不良と違って恐くない彼女たちになら知られても構わない――そう思った史季は、夏凛たちをその場所へ案内することに決めた。
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