第35話 クソガキ

 最後の授業が終わった。

 ほぼ空のカバンを担いでさっさと帰ろうとすると、するすると近づいてきた影が前に立ちふさがった。


「あのさ、クレーンゲームで取りたいのあんだよね。駅んとこのゲーセン一緒に行かない? どーせヒマでしょ?」


 杏奈が勝手に人をヒマ人扱いしてくる。

 またそういうことをすると勝手によからぬ噂をたてられる……と思ったが本人は気にしなさそうだ。まあ俺も気にしてないが。


「ヒマじゃねえよ。今日クソ忙しいからパス」


 今日じゃなければ付き合ってやってもよかったが間が悪い。

 よけて行こうとすると、杏奈はしつこくまとわりついてくる。


「えー忙しいってなに~? なんかあんの~?」

「はいはいまた今度ね」

「ちぇー。なんだよドスケベ」


 去り際に謎の暴言を吐かれた。

 教室を出て急ぎ足で廊下を通り過ぎていく。下駄箱で靴を履き替えていると、近くに影が落ちた。そのまま微動だにしない。不審に思って顔をあげると女子生徒と目があった。茉白だった。


「おわびっくりした、なにやってんの?」


 尋ねるもむすっとした顔で答えようとしない。なんだというのか。

 首をかしげつつ見つめていると、茉白は自分の髪を触りながら目をそらした。


「なに? どうしたん?」

「どうしたっていうか……ライン、めちゃめちゃスルーするじゃないですか」

「ああスマホぶっ壊れてさ。ぜんぜん見れてないわ」


 さらっと返すと茉白は目を見張った。


「あっ、そ、そうだったんですか……。……えっとスマホ、ちょっと古いのでいいなら、私が使ってたのあるんで……」

「あぁ悪い、今日用事あるから帰るわ」


 長くなりそうだったので手を振って身を翻す。

 自転車置き場に直行し、チャリを飛ばす。途中コンビニで立ち読みすることもなく、まっすぐ帰宅。


 みつきの家の前でチャリを止めた。門の扉はぴっちりとしまっている。いつものようにチャイムを鳴らしても反応がない。脇の小さいガレージには深雪さんの車が置いてあった。塀から中をのぞき込むも、人の気配がない。


 家は不気味に静まり返っていた。空を覆っているどんよりとした暗い雲が、気味の悪さに拍車をかける。

 塀をよじ登って庭に回る。やはり無人。

 深雪さんがリビングにいるときは、こっち側のガラス戸が開いてたりする。だが閉まっていた。カーテンで締め切られていて中は見えない。


「深雪さーん?」


 呼んでも反応なし。

 代わりに手の甲にぽつりと小さい雨粒が落ちた。もう今にも降ってきそうだ。

 もしかしたらみつきはうちにいるかもしれないので、ひとまず自宅に戻ることにする。

 庭の生け垣には一部分ぽっかり穴が空いていて、俺の家の庭につながっている。みつきはいつもここを通ってやってくる。


 俺も同じように生け垣の隙間を抜けて、うちの縁側にたどりつく。網戸を開けてリビングに足を踏み入れると、真奈美がシャツを着替えているシーンに出くわした。誰得の最悪だ。真奈美は俺の顔を見るなり、


「ああ、帰ってきた。お前ケータイは? ライン見てない? 持ってかなかったの?」

「いやスマホぶっ壊れたって言ったじゃん」

「え? ほんとに壊れたの?」


 壊れてないのに壊れたと言って新しいスマホをねだっていると思っていたらしい。

 どんだけ息子を疑うかね。まあ前科があるせいだろうが。


「もう、今日大変だったんだから」

「なにが?」

「深雪が倒れてさ。午前中車で病院に乗せてって、今帰ってきたとこ」

「は?」


 一発で思考が停止した。

 呆然と立ちつくす俺に、真奈美はおかまいなしにペラペラとしゃべり続ける。


「きっと軽い貧血だからって、深雪が救急車はいいって言うから。びっくりしたよ~もう。みつきちゃんが真っ青になって呼びに来てね、一緒に連れてったんだけど。みつきちゃんも体調悪いからって学校休んでたって言ってたけど……」


 勢いで話すため、話がゴチャゴチャで要領を得ない。遮って聞く。


「深雪さんは? どうなったんだよ?」

「大事ではないけども一応検査入院するって。ほら病歴あるでしょ? だから念のため……」

「なんだよそれ、大丈夫なのかよ」

「だから大事ではないって言ってるでしょ」


 お互い口調が荒くなっていく。

 いまいち頭の整理がつかないでいると、真奈美は思い出したように言った。


「あんた最近、みつきちゃんとケンカでもしたの?」

「別にしてねーよ」


 これだけみつきが顔を見せる頻度が減ったら、真奈美も嫌でも何か感づくだろう。それかみつきがなにか言ったか。どのみち変な誤解をしているようだが。

 真奈美は珍しく真剣な顔で言った。


「学校でなに言われたのか知らないけどさ……いちいち気にすんじゃないよ。そんなの言うほうも言われるほうも、まだまだクソガキなんだから」

「別に気にしてねえよクソババア」

「あっそ」


 真奈美の言うとおりだ。だからちょっとぐらい反抗したっていいだろ。クソガキに反抗期はつきものだ。

 これ以上ここでクソババアと見つめあっていてもしかたない。


「そんでどこだよ病院は? いつものとこ? 部屋は?」

「なに今から行くの? 外雨降ってくるよ」


 病院もろもろを聞き出すと、ごちゃごちゃ言う真奈美を無視して庭に出る。

 やってきたルートを逆戻りし、百瀬宅の門の前まで戻ると、俺は再度チャリにまたがった。

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