第34話 大物

 最近の昼飯のお相手はもっぱら恭一となった。

 俺が恭一の席に取り付いて、昼休みをともにする。


「僕も最初は何言われるかなってビクビクしてたんだけど、意外とみんないつもどおりで……」


 対面で箸を動かしているのは、以前の陰キャラ丸出しのキノコくんではなく、杏奈によって改造を施された恭一・改のほうである。今や恭一は俺とともにイケメン二人組として、すっかりクラスでのポジションを確立した。俺の中で。


「まあ誰もお前のことなんてさほど気にとめてないからな。自意識過剰だろ」


 残念ながら恭一・改といえど、急にモテモテというわけにはいかなかった。ちょっと見た目変わったぐらいで周りが目の色変えるとか、現実はそんな甘くない。今現在も若干猫背になっているとか周りを気にしておどついているとか、ケチつけるとこはいくらでもある。


「けど隣の坂井さんに急に『何の本読んでるの?』って聞かれて……でもなんて話したらいいかわからなくてさ……」

「そういうときはどぎついNTR読んでるって答えとけばいいよ」


 と言いながらも女子から声かけられるようになったアピールをされる。実はガッツリ変化あるっぽい。結局人は見た目か。見た目なのか。

 見た目イケメンとなった陰キャくんハーレムなるのか? という社会実験に立ち会っている気分である。ここは恭一に媚びへつらって、友人キャラとしておいしいとこを持っていく手もある。そのためには恭一の主人公度をもうちょっと鍛えないといけない。


「恭一くんおにぎり食べる~? あーん」

「やめてよ」

「ハーレム主人公の練習だよ、ちゃんとやれ」

「やらないよ」


 真顔で最低限のツッコミしかしてこない。全然やる気を感じられない。

 飽きたので早々におにぎりを口に放り込んで飯を終える。俺は席を立ち上がると、ゆっくり食べている恭一の耳元でささやく。


「ちょっとうんこしてくるね」

「言わなくていいよ」


 ただまあ悪い気はしない。

 気兼ねなく下ネタを言えて、滑ったら冷たく突き放してくれる。それが友達。




 幸運にもトイレは無人だった。奥の個室に入って扉を閉める。

 何事もなく無事に用を足し終え一息つく。さて出ようかという矢先、どかどかと足音がなだれ込んできた。会話が聞こえてくる。


「だからさ、駅ビルに桜木茉白と一緒にいたって」

「マジ? ホワイトエンジェルが? どうなってんの?」


 話の途中らしいが、いきなり見知った名前が出てきて驚く。なんとなくいつぞやのデジャブ。ホワイトエンジェルとか上級職っぽくなってて吹き出しかけるが、ここでもエンジェルは健在。やはり天使うんぬんは茉白の被害妄想ではなくガチらしい。


「前に柴崎が教室で揉めたって言ってなかったっけ?」

「そうそれな。そんでこの前宮園杏奈とも一緒にいたってよ? 駅んとこのあのオタクビルに。目撃証言あるらしいぜ」


 もしかしてまたこれ俺の話かよ。どんだけ俺のこと好きなんだよ。にしても杏奈と一緒にいたことも広まってるとか世界は狭い。

 あれか、それなりに有名人と絡んでるから有名になるのか。ゴミが目につくのか。


「かわいい子に強引にコナかけて、つまり乗り換えようってことか?」

「なんか弱みでも握ってんじゃね」


 まーた散々な言われようだ。

 実際は杏奈にはからかわれて面白がられている、茉白からはストレス解消に遊ばれてるだけ。まぁでもそんなに悪い気はしない。便所で陰口言う一員になるよりはずいぶんマシ。


「宮園も隠れファン多いって言うぜ? まぁなんかエロいしな」

「ちょ、ちょっと待てよ、冷静に考えろ、茉白ちゃんがそんなわけないだろ」

「声震えてるやん。もしかしてエンジェルガチ勢?」


 話はどんどんそれていく。

 どうやらもともと俺の話ではなく、かわいい女の子うわさ話をしていたようだ。


「あの巨乳と言えど、さすがに桜木茉白相手じゃちょっと分が悪いか。この前もボーっとしてて授業中さされて怒られてたし。調子が悪いのか知らんけど、昨日学校休んでたし……あれ、今日も休んでるよな?」

「ん? 百瀬のことか? いや聞かれても知らんよオレは、そんな小物のことは……」


 話の途中で、俺は扉をぶち開けていた。反射的に体が動いていた。

 外に飛び出すと、一気に野郎連中の視線が集まる。それもおかまいなしに、しゃべっていたやつにまっすぐ向かっていく。


「は? あいつ休んでんの? なんで?」

「え? さ、さあ……?」


 相手は頬を引きつらせて首をかしげた。

 俺の威圧オーラにビビってろくに口もきけないようだった。

 というかいきなり出てきたので単純に驚いているだけっぽかった。


 三人の男子生徒があっけにとられた顔で俺を見る。ぺちゃくちゃしゃべっていたのに静かになってしまった。俺は近くにいたメガネ男子を振り返って、


「みつきのおっぱいでかいだろ?」

「え? ああ、まあ……」

「大物だろ?」


 決め台詞を吐くが、連中はぽかんとしていまいちリアクションが薄い。

 俺は睨みをきかせながら、身を翻してトイレを立ち去った。手を洗うの忘れた。


 みつきのクラスで手近な女子を捕まえて聞いたところ、みつきは昨日今日と学校を休んでいるらしい。知らなかった。

 ここ数日はめっきり俺の部屋にも来なくなっていたし、朝も帰りも俺はチャリだしですっかり顔を合わせなくなっていた。


 連絡を取ろうにも、実は今スマホを持ってきていない。数日前からスマホの調子が悪いというかぶっ壊れたせいだ。最近GPSとかラインとか通話とかめったに使わない機能を酷使したせいか、充電するとめちゃめちゃ本体が熱くなって再起動を繰り返すようになり使い物にならなくなった。

 仕方ない。今日は帰りがけに様子を見に行くか。

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