第33話 静かな夜2

 どきりとした。

 杏奈ちゃんに「ふたりって付き合ってるわけじゃないんでしょ?」って言われたときと一緒だ。けど泰一から直接、こんなこと聞かれたことなかった。なんで急にそんなこと聞くんだろう。やっぱりこの前杏奈ちゃんの家に行ったときのことが、関係してるのかな。

 変な空気。このまま黙ってると、気まずい。やばい、なんか言わないと。


「そ、それは、ど、どうなんでしょうねぇ~?」


 とりあえずそうやって言って、間を持たせる。わたしは泰一の目を見れなくなっていた。

 けどそれは本心でもある。実際どうなのか、自分でもよくわからない。

 泰一が他の子と話しているともやもやする。距離近いな、嫌だなって思ったりする。


 これまではそんなことなかった。けどそれは泰一が女子と仲良さそうにしているのを、見たことがなかったから。場に居合わせたことがなかったから。

 やっぱりこれって、そういうことなのだろうか。その感情が、そのもやもやが、異性としての好き、ってことなのだろうか。


「た、泰一こそ、わたしのこと、す、好きなんじゃないの~?」


 とっさに考えたわりには、うまく返せた。

 おちょくるような口調で、でも内心すごくどきどきしていた。口に出してから恥ずかしくなって、顔が真っ赤になる。

 泰一はなんて言うだろう。なんて言われるだろう。じっと待つ。


「そ、それは……ど、どうなんでしょうねぇ~?」


 真似された。ずるい。からわれてるのかな。

 でももし、泰一がそうだよって言ったら、わたしは……。


「まぁ俺は、もはやみんなに愛を振りまく側だからな」


 なんかやな言い方。それっていっぱい浮気するってこと?

 そういうのは絶対ありえない。けれど、なんでそんな自信たっぷりに言えるんだろう。


「うん、そうだよね……泰一は」

「いやいやそこはツッコめよ。真顔でボケ潰すのやめてもろてね」


 わたしのリアクションが違う、ってよく言われる。泰一も泰一で変なこと言うけど、根本的にズレてるのはきっとわたしだ。だからそれは、泰一が悪いんじゃなくて……。


「でも、泰一はさ……」




 初めて会ったときからいつもへらへらしていた。

 口を開けばくだらないことばっかり言って、悩みなんてなさそうだった。

「お隣さんがあいさつに来てくれたから」ってお母さんに呼ばれて、玄関口に出ていったときもそうだった。


 お母さんたちが話し込む横で、にやにやしながらわたしのことを見ていた。

 すごく嫌で、感じが悪かった。お母さんに促されて最初のあいさつはしたけど、そのあとは口をきいてやらなかった。そしたらいきなりほっぺたをひっぱられた。ぐいーぐいーって。痛かった。


「ほっぺた伸びるやつってエロいんだよな」


 人の顔を勝手に引っ張って、笑ってた。

 もう最低。ぜったい仲良くなれないと思った。ていうかなりたくない。顔も見たくない。


 でも学校の登校班とかは一緒で、まったく顔を合わせないわけにはいかなかった。向こうはちょっかいを出してきたけど、わたしはむすっとして相手にしなかった。


 学校で泰一はしょっちゅうけんかしていた。転校生転校生って言われていじめられているみたいだった。けれどわたしの前だと、いつも平気な顔だった。全然けろっとしている。


「このへんはクソガキばっかりで民度が悪い。つるむぐらいならひとりを貫くね」


 強気にそんなことを言っていた。意味がよくわかんなかったけど。

 でもあとで、全部真奈美さんの受け売りだって知った。わたしの見てないところで、泰一もお母さんに泣きついたりしてたみたい。


 それを聞いたとき安心した。親近感がわいた。初対面から、すごく変な子……わたしとはわかり合うことができない人なんだと思っていたから。

 本当は怖いけど、強がってるんだ。そう考えたら、かわいく思えてきた。ちょっとずつだけど、話せるようになっていた。


 それでも泰一はわたしに対して、ずっと当たりがきつかった。

 のろまとかぐずとかさんざん言われた。けど動きがとろいのはそのとおりだった。周りのみんなにペースをあわせられないことがよくあった。先生にも注意されていた。勉強も運動も普通……よりかは、ちょっと遅れていた。


 でもそういう泰一だって、家でも学校でもしょっちゅう怒られていた。それはわたしの比じゃなかった。人のことばっかり言うけれど、自分だって同じのくせに。自分のほうがよっぽどダメなくせに。


「真奈美は悪魔にとりつかれている。もう手遅れなんだ」


 いつだったか泰一は真奈美さんに怒られて泣きべそをかいていた。学校で先生に怒られてもいじめられても平気なのに、真奈美さんに怒られるのだけはこたえるらしい。


 そんな泰一を見て、どうしてかわたしは安心していた。なんでかはわからなかった。ただ一緒にいると、落ち着く。公園のベンチで、泰一が泣いている隣で、わたしは無言でちょこんと座っていた。なだめることもしないで、ほったらかし。周りから見ると、ちょっとおかしな光景だったと思う。


 さらにおかしなことに、わたしは泰一のほっぺたを引っ張って伸ばしていた。なぐさめるつもりとかはなくて、さんざんやられたお返しだった。ここぞとばかりに。鬼畜。

 けれどどうしてか、びっくりするぐらい優しい声で、ありがとうって言われた。そのあと泰一はすぐに泣き止んだ。


 たぶんそれからだったと思う。わたしが泰一に手を貸すようになったのは。

 教科書忘れた、宿題忘れた、体育帽子忘れた、習字道具忘れた。ずっと違うクラスだったから、なにかあると泰一はすぐに頼ってくる。リコーダーは嫌だったから断ったけど。

 ゲーム欲しいけどおこづかい足りない。お金折半して一緒にやろうぜ、で一人用のゲーム買う。わたしが難しいのできないの知ってるくせに。


 マンガ貸してあげる。まだ返ってきてない。いつ聞いてもまだ読み終ってないって言う。

 ソシャゲのガチャ引きたいってわたしに言ってくる。直球ストレート。他にも数え切れないほどいっぱい。


 朝起きられない。真奈美の飯がまずい。おっぱい触ってみたいはビンタで撃退。だんだんエスカレートしていく。今思うとただの冗談もあったのかもしれないけど、わたしはどんどんこなしていく。


 すると次第に、周りから褒められるようになった。あいつはダメだけど、みつきちゃんはしっかりした子。ちゃんとしてる。えらい。すごい。わたしの評価が変わった。

 泰一といるとき、わたしはだめな子じゃなくなった。泰一がいるから、わたしはしっかりものになれた。泰一がいるおかげで、わたしは……。


 ――もうお前の助けはいらん。


 けど、もしそうでなくなったら。

 わたしは、どうなるんだろう。

 わたしが泰一に抱いている気持ちの正体。

 もしかしてそれって、本当は……。




「ん? なんだよ、俺がなんだって? 正直に言ってみ」


 少し心配そうな目が、わたしの顔をのぞきこんでいた。

 急に時間が今に戻った。我に返って、わたしは慌てて首を振る。


「……ううん、なんでもない」

「なんだよ意味深にタメ作ってやめるなよ、気になるだろ」


 そう言って、泰一はゆっくりなわたしを待ってくれた。話を聞こうとしてくれる。

 やっぱり泰一は優しい。優しいくせに、優しくするのがかっこ悪いと思ってる。

 それなのに、わたしは……。


「ごめん、なんでもないから。わたし、戻るね。おやすみ」


 くるりと身を翻す。なにしに来たんだか、もう忘れちゃった。

 背後で泰一がなにか言いかけたけど、わたしは立ち止まらなかった。そのまま部屋を出ていった。

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