第31話 罰ゲーム

 対面に杏奈が腰を落ち着ける。軽くみつきの両肩に手を添えながら、チョコレートのついた先端を口に含んだ。

 二人がじっと見つめ合う。ここにきてやっと意図することに気づいたのか、みつきの頬が赤くなっていく。


 なぜか俺が緊張してきた。いつしか隣で恭一も固唾を飲んで見守っていた。

 いや真人間なら止めろよというところかもしれないが、真人間だからこそ空気を読むみたいなとこもある。


 少しずつ、杏奈の唇が一方的に近づいていく。

 みつきはただ待つだけで、明らかに別のゲームになっている。僕たちは何を見せられているのでしょうか。

 残りは半分ほど。すると笑いをこらえられなくなったのか、杏奈の頬が少し緩んだ。唇同士は目と鼻の先……まで来たところで、みつきが動いてポッキーは途中で折れてしまった。棒は中折れした。


「あーあ、みつきダメじゃーん動いたら。でもなんか、めっちゃドキドキしたかも」

「今のって……何?」

「みつきのせいで失敗だよ失敗。最後まで行ったらクリアーだったんだけど」


 いやたぶんそういうゲームじゃないと思う。


「じゃ次、黒野と恭一」

「いややらねえよ。なんのためにやるんだよ誰得だよ」

「え~? 黒野ってノリがいいようで悪いよね。そんなんじゃリア充になれないよ?」


 リア充にとっては野郎同士で棒をくわえ合うのも日常茶飯事らしい。あいつらすげえな。

 しょうもない流れをぶった切って、別のゲームをプレイする。今度は多人数が参加できる対戦型のアクションゲームだ。は、いいのだがやる前から絶対に無理だとわかるのが約一名。

 またもみつきがボコられる。というかろくに操作もおぼつかない。決着。


「じゃあビリのみつきには罰ゲームね」

「やだやだ罰ゲームやだ!」


 さっきのでこりたのか、みつきはあからさまな拒否反応を見せる。

 対する杏奈はいたずらっぽい笑みを浮かべながら迫っていく。


「やだやだ~? かわいいなこのやろ~。じゃあくすぐり罰ゲームだ!」

「や、あぁんっ、もぉっ」

「逃さんぞ~」

「やぁ、やめてっ、あぁん」


 杏奈がみつきの体をまさぐりだした。みつきは壁のほうに這いずって逃げるも、追いすがって追撃。


「そういうつもりなら……わたしも黙ってないからね!」

「あんっ……あ、触ったなおい!」

「杏奈ちゃんだって脇の下弱いんじゃないの~?」

「べつに弱くないし? じゃやってみ? 効かないから~」


 きゃっきゃっきゃっきゃと嬌声が聞こえてくる。

 う~んこれは止めるべきか。しかしどことなく楽しげである。こころなしかエロい声がする。ていうかエロい。

 どうやら同じことを思っているらしい恭一が、やや動揺気味にテレビ画面を指差す。


「く、黒野くん、僕らは二人で対戦しようか」

「お、おう。そうだな。俺結構ガチだから負けねえぞ~」


 などと言って対戦をはじめるが、背後の声が気になって集中できない。

 それは恭一も同じようで、お互いいまいちキャラの動きに精彩を欠く。


「ぁんっ……ちょ、ちょっとみつき胸は反則でしょ!」

「そっちだってやったじゃん!」


 俺と恭一は無言でゲームを続けた。

 かなり雑な戦いだったが勝った。


「あ、負けた」

「勝った」


 正直勝ち負けとかどうでもいい。声が気になってしょうがない。

 ちょっと様子を盗み見ようと振り返ると、ちょうど杏奈が戻ってきた。なぜか困惑顔。


「どうしよう、なんかエロい気分になってきちゃった」


 いや俺に言われても。こっちのセリフなんだが?

「ちょっと来て」というので、コントローラーを置いて立ち上がる。壁に背をもたれているみつきに近づく。

 いやまあそんなね、ちょっと声がエロいからってね。たかがくすぐってる程度だろ。


 みつきは頬を上気させながら、自分の体を手で守るようにして、上目に見つめてきた。若干目元がとろんとしてる。Tシャツがずれてブラジャーの紐が見えている。裾がまくれて肌が見えている。

 俺は杏子を振り返った。


「うん、やめよう」


 非常によろしくない。健全な青少年には不適切な映像である。くすぐりは危険だということがわかった。

 振り返った拍子に、こっそりのぞきみているムッツリ野郎――恭一と目があった。恭一はあわてて視線をそらしながら、


「じ、じゃあそろそろ僕はこれで……。ちょっと今日は、家庭教師の日だからうちに戻らないと……」

「またかよ。そういえば先週、お姉さんのリアクションはどうだった?」

「もう散々だったよ、『恭一くんイケメンになっちゃったね~?』ってさんざんからかわれて……」

「で?」

「で? って別に、それだけだけど……」

「とか言いながらやることやってんじゃねえだろうな」

「や、やることって何さ。勉強はやってるよ」


 挙動不審なのが怪しい。

 今日だけ恭一くんになって俺が行こうかな。

 

 恭一が出ていって、いったんゲームの電源を落とす。急に静かになる。

 俺が一人でスマホをいじるのをよそに、杏奈とみつきが本棚の前でああでもないこうでもないとやっている。


「これわたしも好きー」

「みつきも? いえーい」


 杏奈の持っている漫画の話らしい。

 俺も本棚はさっきちらっと見たが、いかにも流行っているもの新しいものばかりでにわか感丸出しだった。


「これどこで知った? アプリ?」

「あ、それもともと泰一が読んでて……」


 みつきはやることなすこと、基本的に俺のマネだ。

 俺が読んでいるのを横から見て自分もハマる、というパターンがたいてい。自分の好みはあまり出さない代わりに、人の影響を受けやすい。


「じゃこういうのは?」

「え、えっ? これって……」

「みつきにも貸してあげるよ」

「おいそこ、なにを勧めてんだよ」


 怪しい本を勧めようとしているのですかさず止めた。

 まぁ好きにすればいいけど一応真人間としてはね。俺は止めたぞ、と。

 口を挟んだのが気に入らなかったのか、杏奈は意味ありげな表情を浮かべながらにじり寄ってきた。俺のすぐそばに腰掛けると、みつきを手招きして同じように座らせる。


「んふふ、女子二人に挟まれちゃったねぇ黒野くん」

「な、なんだよ……?」


 にやにやしながら顔を近づけてくる。はずみでワンピースの裾がまくれて太ももが見える。

 さっきので体があったまったのか、だいぶ熱っぽいご様子。二人して寄られるとなんだか圧をかけられているような感じがする。3P始まりそうな予感がする。


「ねえ、今なんかエロいこと想像したでしょ?」

「は、はあ? してねえよお前だろそれは」

「わ、なんかキョドってる~。ウケるんですけど~」


 杏奈がべしべし肩をたたいてくる。やはりこれはちょっと変なテンションだ。なにを言い出すか読めない。

 なにやら嫌な予感がして身構えていると、


「ねえ、みつきってカレシとかいたことないの?」


 矛先が俺ではなく唐突にみつきに向かった。みつきは慌てて顔の前で大きく手を振る。


「ないない、ないって!」

「そうなんだ? みつきかわいいしモテそうだけどね。コクられたりしないの?」

「そ、そういうのはあんまり、な、ないかなぁ~?」


 幼なじみだからなんでもあけっぴろげ、なんてことはなく、みつきは結構俺にいろいろと隠しごとをしたりする。昔っからそういう性格。仮に告白とかされたとしても、いちいち俺に報告とかはしなさそう。というか聞かされたことはない。

 ずっと変な男がくっついてたから、誤解されて寄り付かなかった可能性もある。いや誰が変な男だよ。


「へ~? じゃあ逆に好きな人とかは?」

「そ、それは……ど、どうかなぁ~……」


 みつきは視線をさまよわせながら言葉をにごらせる。この手の話題は苦手そう。それはかくいう私もそうですが。

 なので変な方向に行く前に軌道修正を試みる。


「めっちゃ質問するじゃん。修学旅行の夜かよ」

「なんで~? 別にいいじゃん。……てか黒野さ、なんだかんだでみつきには結構優しいよね」

「は?」

「だって今もみつきが困ってるから助けたんじゃなくて?」


 杏奈が急に真面目顔になって俺を見る。

 俺は誰もいない背後を振り返って視線を受け流す。

 というか困らせてる本人がそれ言うか?


「でもさ、ふたりって付き合ってるわけじゃないんでしょ?」


 杏奈は俺を無視して、みつきのほうを向いて尋ねた。


「え、えっと、それはぁ~……」


 口ごもりながら、みつきがチラチラ俺を見てくる。

 何を言いよどんでいるのかしらんが、さっさと即答すればいいものを。代わりに答える。


「前も言ったろ? そういうんじゃないって」

「じゃあどういうの?」

「どういうのってそれは……だから、幼なじみ?」


 そう答えると、杏奈は腑に落ちないような顔をした。


「ふ~ん……? じゃあみつきの片思いってこと?」

「そ、そんなこと言ってないじゃない!」


 みつきが遮って声を荒らげた。

 なるほどみつきの片思い……と言われても全然しっくりこない。みんなが羨む人気者のイケメンに片思い、とかだったらわかるが。というか否定されてるし。


「じゃあもし、あたしが黒野と付き合うって言ったら? どうする?」

「えっ? つ、付き合う? ど、どうするって、別に……」


 いよいよみつきの目の泳ぎ具合が尋常でなくなる。まーたなにを勝手なことを。

 さすがの俺もここは真顔になる。


「お前さ……前も言ってたけど、それマジで言ってる?」

「なんで? ヤなの? なにが不満?」

「いやなんか、急すぎだろっていう……」

「そう? でも直感でいいなって思ったからさ。黒野といるとなんか楽しいしさ、笑えるし。あとはもう実際付き合ってみないと、わかんなくない?」

「それ絶対すぐ捨てられるやつじゃないですか」

「あはは。でもまあ、それはそんときじゃん?」


 うーんなんというか考えが大人というか、合理的というか……その前に恥ずかしいとか思わんのかな。普通は誰が好きとか口にするのも恥ずかしい年頃じゃん。

 女のくせに言動がやはりイケメンである。男女逆だったらもう落とされてるね。


 俺はちらりとみつきの様子をうかがう。みつきはただただうつむきがちに黙っている。何とも言えない微妙な空気感。なにか思うところあるなら言えばいいのに、と思うがそういうタイプでもないか。

 そしてそんな空気を読めない、読む気がないのがこの女。


「そんだけ渋るってことは……もしかして実は、他に好きな子いるとか?」

「え? えっとそれは……ヒ・ミ・ツ☆」

「はーだめだこいつ」


 秘技真人間ぶりっ子によりなんとかごまかすことに成功。

 杏奈は呆れたようにそっぽを向くと、みつきに「一緒にUtube見よ」と言ってテレビのリモコンを操作し始めた。


 俺はなんとか窮地を脱して一息つく。

 そう、やはり真人間を目指す身としては……いやこういうとき、真人間はどうするんだ? どうするのが正解?

 ていうか真人間ってなに?

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