第30話 怒涛のハードスケジュール二日目
怒涛のハードスケジュール二日目。翌日の日曜。
午後一で俺はみつきとともに杏奈の家に向かった。わざわざ電車に乗って隣町くんだりまでやってきた。
恐ろしいものでラインのグループというのは嫌でも他人の会話が送られてきて、気づけば外堀が埋まっている感じ。やっぱだるいからやめるとか言い出せる雰囲気でもなくなっていた。ちょっとゴネてみたら電車賃も出すからと杏奈が言い出してマジかと思った。どんだけ自分の家呼びたいんだよ。
駅を出て十数分。
すぐ着くから、という杏奈の先導に従い、俺とみつきはよくわからん細い路地を歩かされていた。
「おい、いつんなったら着くんだよ~」
「だからもうちょっとだって。もうちょっと」
杏奈が隣で楽しげに笑う。
今日は家で遊ぶだけだからか、髪を下ろしていてちょっと印象が違う。シンプルなノースリーブのワンピースに変なサンダル。メイクも控えめ……なのか俺にはよくわからないが、目元がいつもよりおとなしい。
「なあ、こっちってなんもねえぞ言っとくけど」
「いやなんもなくないし、あたしのうちあるし。黒野このへん知ってんの?」
「ああ、俺小学校のとき向こうの総武の団地住んでたから」
「え? そうなん? じゃあ同じ北見小……あ、でもあそこって学区違うんだっけか」
この土地自体には特にこれと言って思い入れはないが、団地に住んでいた頃はまだ俺にも友達らしきものはいた。しょっちゅう男女混合のグループで集まって遊んでいた。その頃の俺はいたって普通の好少年だったのだ。
このへんは国道をちょっとそれると畑ばっかりになる。徐々に視界がひらけ、影となるような建物もなくなって、直射日光が照りつける。
今日はおもっくそ晴天で暑い。俺は少し遅れて歩いている背後のみつきを振り返る。
「おいみつき、大丈夫か~?」
「ん? へいきだよ?」
全然会話に入ってこないので、暑い中の行軍でダレているかと思ったが、そんな様子はない。
まぁ杏奈みたいにもともとそんなペラペラおしゃべりするタイプではない。三人以上になると急に口数が減るとか、まさにそれかも。
やがて到着したのは、趣のある平屋だった。周りは田んぼ。
敷地は広く、母屋の他にトラクターなどがしまってある屋根付きの建物が並ぶ。
杏奈は100メートルほど先に見える二階建ての家を指さして、「あれが恭一の家ね」と言った。そういえば親戚なんだっけか。
それにしても、「うちに来なよ」と言われたときの予想を全く裏切ってきた。なんだかおばあちゃんちに遊びに来たイメージ。
杏奈が引き戸を開けて中に入っていく。広いわりにがらんとしていて、静かだ。家の人は出払っているらしい。
鍵かけてねえのかよと思ったが、通された和室には恭一が待ち構えていた。ここが杏奈の部屋らしい。やたら広く、ゆうに俺の部屋の倍はある。
結局集まったのは俺、みつき、杏奈、恭一の四人。ほとんど杏奈の思いつきみたいなものだったが、強引に成立させてしまった。杏奈は一人っ子で、ふだんからわりと好き放題しているらしい。そこはまんまイメージ通り。
「でこれが、そのときの大会のやつで~」
さっそく杏奈による自分のお部屋案内が始まる。
部屋のあちこちには、トロフィーだの賞状だのがところせましと飾られている。他には授業で描いたらしい絵とか、創作物とか。習字まで貼ってある。
「そんでこれは……なんだっけ?」
杏奈は金メッキの謎物体を手に取りながら首をひねっている。自分でも覚えてないらしい。
「よくもこんなにまぁ……」
「へへ、どう? すごいっしょ」
「はいはいごいすごいす~」
杏奈は得意げに胸を張ってみせる。なんかいろいろとハイスペックなのはわかった。
これだけ自分を晒しだすのは俺には理解できない感覚だが、まあひとそれぞれだろう。
「すごいなぁ~……」
みつきは部屋を見渡しながらすごいしか言葉がない。圧倒されているようだ。
恭一はというと、またか、という顔で若干呆れている。部屋に呼んだ相手にはたいていやるらしい。
「この写真……杏奈ちゃん?」
みつきが身をかがめて、コルクボードに貼ってある写真に目を留める。
バスケのユニフォーム姿。杏奈の昔の写真だ。変わり果てていて、ぱっと見ではわからないだろう。
俺もいっしょに思わず見入ってしまう。やはり美少女。
「そうそう、それ中学の時の。黒野がこっちのほうがいいっていうんだよなー」
みつきがなにか言いたげに俺を見た。俺もなにか言いたげにみつきを見返した。これでおあいこ。
「いや俺がっていうか、たいていそうだと思うぞ。なあ恭一」
「どっちがいいっていうか今のその髪はダメでしょ、染めてるし。先生にも注意されてるし」
恭一にピシャリと言われて、杏奈は頭をかく。
「や、そういうことじゃないっしょ~? これだから恭一くんはなぁ……」
「で、お部屋見せ見せタイムは終わりか?」
「うん、まぁあとはパソコンに描いた絵とか……まーそれはまだちょっと見せられないかなぁ~」
とりあえず案内は一段落らしい。
みんなして座布団に腰を落ち着け、テーブルに用意されていたジュースを飲んでお菓子を食らう。しばし休憩。
「じゃゲームやろっかぁ。コントローラー持ってきたっしょ?」
すっかり上機嫌の杏奈がテレビをつけてゲームの準備を始めた。恭一が自分のカバンからゲームのコントローラーを取り出す。俺も持ってこさせられた。と言っても俺は手ぶらで、みつきのカバンに入ってるんだが。
画面に映し出されたのは、順番にサイコロを振って進むタイプのボードゲーム。四人それぞれ同時に参加が可能だ。ときおり細かい操作が必要になるさまざまなミニゲームを行い、ポイントを競う。
俺はふだんこういうパーティゲームのたぐいはいっさいやらない。理由は言わなくてもわかるな?
「んじゃビリの人は罰ゲームね~」
などと杏奈が言いながらゲームスタート。
初めてとは言え、しょせんは子供向けのゲーム。俺はあっという間に要領をつかんでプレイしていく。
「ちょっとやめてよ黒野くん、おかしいでしょそこで僕狙うの」
あえて三位の恭一を狙って攻撃。妙に手慣れていて、なにか狙ってそうだったので先んじて潰す。
実はこのゲームソフトを持ってきたのは恭一らしい。友達いないくせになぜ買ったのかは聞かないでおいてやった。
「あっ、ちがうわたしいま杏奈ちゃんのキャラ見てた!」
「あれぇなんで~? ジャンプ押したのに~」
その一方でひとりグダりまくっているのがみつき。キャラを選ぶ段階からもたもたしていて、たぶんルールもよくわかってない。
じっくりやるRPGとかならまだしも、ちょっとアクションを要求されるとてんでダメなのだ。過去に何度かゲームをやらせようとしたことがあるが、あまりに下手すぎてお話にならなかった。根本的に向いてない。マリオ一面もクリアできないやつ初めて見た。
「イエーイスター取った~! あたしもう一位確定じゃん!」
それとは正反対にノリに乗る杏奈。
バスケで鍛えられているのか、緻密な操作を要求される場面で、ときおり異様なまでの集中力を見せる。
結局杏奈が圧勝し、ゲームは終わった。杏奈はさんざんドヤったあと、
「さーてそれじゃお待ちかねの罰ゲームいきますか~」
「罰ゲームってなにすんだよ?」
「え? えっと、それは~……」
首を傾げながら視線を迷わせる。なにも考えてなかったらしい。この行き当たりばったり感。
やがて杏奈はテーブルの上にあるお菓子の皿に目を留めると、
「こういうときリア充はポッキーゲームとかやるらしいよ」
「ああ、負けたやつの鼻にぶっ刺すやつ?」
「いや怖いわ」
「やるらしいよってお前さんざんやってんじゃないの? リアルポッキーゲームやってそう」
「それどういうゲームよ、人のこと何だと思ってんの?」
リア充って誰のこと言ってるのか知らんが、自分もそっち側の人間じゃないのかと。
話にはよく聞くがそういうの実際にやってるやつって意外に少ないのかも。
「あたしがトップでみつきがビリだから……じゃみつきあたしとやろーか」
その決め方おかしくね? と思ったが自分がやってみたいだけらしい。下手に口出して黒野やりなよとか言われるのは勘弁なので黙っておく。
杏奈はポッキーを手にとって、みつきに詰め寄っていく。
「ほら、みつき口開けて」
「な、なにするの……?」
「これ、くわえて?」
「ん……」
字面だけ追うとエロい。みつきはよくわかってないのか、言われるがままに細い棒を口にくわえた。
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