第29話 天使ちゃん

「みつき、服買ってやるから好きなの選べ」

「え、いいの?」

「おう、今までお世話になった感謝の気持ちだ」

「お世話になった?」

「おう、過去系だよ」


 男らしく言い切るが、みつきはどこか釈然としない表情。

 さらに茉白からも不審げな視線を浴びる。


「……なんか偉そうにしてますけど、おかしくないですか? プレゼントするなら自分で買ってあげるべきですよね」

「しーっ」

「いやしーっじゃなくて」


 真人間秘技ゼロコストプレゼントは失敗のようだ。

 まあ一応ダメ人間野郎との手切れの品として、980円とかだったら今の手持ちでギリ買えないこともない。まっしーに半分ぐらい出してもらおうかな。


「う~ん……好きなのって言われてもなぁ」


 みつきがあれこれ吟味しながら歩くのを、黙ってついていく。

 にしても動きがとろい。そして長い。これいつになっても決まんないやつだろ、と脳内でツッコミを入れると、隣で黙っている茉白からも似たようなオーラを感じた。


「な、なんですか?」

「いや……」


 早くしろよって顔してるぞって言おうかと思ったけどやめた。俺が対立を煽るようなことをしてもしょうがない。

 みつきに優柔不断なところがあるのは知っているので、なだめる側に立つ。


「まあ彼女、いつもあんな感じだから、ね?」

「……本当に、幼なじみなんですね」

「え? なに嘘だと思った?」

「はい」


 はいってあんた。なんかまた不機嫌そうなんだが。


「でもその、幼なじみって……どういうあれなんですか?」

「ん? いや幼なじみって言ったらそりゃあれだよ、隣の家に住んでて前から学校が一緒で……」


 ちょっと前まで朝起こしてもらってて耳かきしてもらって……とか余計な情報は付け足さないでおく。俺たちのことは同学年の間ではそこそこ有名っぽいが、茉白はそういうネットワークというか人と関わりがないのか知らないみたいなので。


「でも幼なじみって、どこから幼なじみって言うんでしょうね」


 やけにつっこんで聞いてくる。いやそんなマジ顔で聞かれても。

 返答に迷っていると、服を選んでいたみつきがいきなり振り返ってきた。


「やっぱりわたし、買ってくれるなら泰一に選んでほしいな」


 何を言い出すのかと思えば優柔不断の極み。

 俺に選ばせるとか正気か? ネタか? ネタフリなのか?


「そ、それは、やめたほうがいいんじゃ……?」


 このように茉白さんも引いちゃってる。みつきにというか俺のセンスにだが。俺がふざけるであろうことを読んでいるのかもしれない。じゃあもう逆に超かわいいの選ぶわ。本気で。


「ならほら、あそこにぶら下がってるメイド服みたいなやつよくない?」

「やめてあげてください。見ててかわいそうなんで」


 茉白にガチトーンで怒られた。

 え、なんで怒られた今? ふざけてないよ? 真面目だよ?

 みつきは「え~似合うかなぁ~」と乗り気だ。この場合どっちを信じたら?


「……えっ、あれって、もしかしてそうじゃない?」

「……え、そうなの? 噂をすればじゃん!」


 するとそのとき、背後から騒がしげな声が聞こえてきた。

 店の外の通路に立ち止まった女子の集団が、しきりにこちらをチラチラしている。見た感じ同年代っぽい。そろって似たような格好をしている。髪型とかメイクとかアクセサリーとか、ちょい垢抜けているふうだ。なかなかかわいい子もいる。


「やっぱそうだ天使ちゃんだ! やば!」


 そのうちのひとりがしきりに手を振ってきた。俺のファンかと思ったが違った。視線はかたわらの茉白に注がれていた。

 対する茉白はというと、笑顔を作って控えめに手を振り返した。笑顔ではあるが俺からすると引きつって見える。ぎこちなく見える。

 一応知り合いらしい。手を振りながらひとりが足早に近づいてきた。


「ひっさしぶりー! 元気?」

「あっ、う、うん……」

「学校南陽だっけ? 偶然だね~。エンジェルに遭遇とかあたしついてる~! 運気上がる~!」


 変に手足をばたつかせてはしゃぎだす。肝心の茉白はというと、ひたすら引きつった笑みを浮かべている。

 そのうち奥の女子グループから、さらにひとり近寄ってきた。無遠慮に首を突っ込んでくる。


「あの、中学で100人振ったってマジなんですか?」

「い、いやっ、そ、それは違います、嘘です、絶対。十人もいないはず……」

「えーでも十人? やば!」


 こちらもおおげさなリアクション。ちょっとばかり店内の人目を引く。


「ていうかあたし私服姿初めて見た! めっちゃかわいい! 想像以上なんですけど! ねえねえ一緒に写真撮りたい写真!」

「え? ち、ちょっと写真は……」

「いいじゃんいいじゃん、あ、じゃそのまま一人で! 邪魔なの入らないから!」


 と言いながら勝手にスマホを取り出した。

 茉白は絶対に嫌そうというか性格上絶対に嫌なのだと思うが、すっぱり断れないらしい。仕方なく俺はスマホのカメラを手で制しながら、間に入っていく。


「はいはい写真はやめてね、事務所通してもらって」

「え、何? 誰?」

「通りすがりのイケメンです」


 謎の沈黙になった。「ちょなにこの人~?」みたいになるかと思ったがそれすらならず、急によそよそしい空気になった。ガチの雰囲気になった。俺もこんなふうになると思わなかった。


 写真女はとりあえず引き下がったが、今度は別の女と顔を寄せ合ってヒソヒソ。俺の顔を見て首をかしげてヒソヒソ。連中はそのままずっとヒソヒソしながら去っていった。おい今「ていうか服ダサくない?」って言ったやつ誰だよ聞こえたぞ。

 一団が去っていったのを見届けると、茉白が急に俺に向かって頭を下げてきた。


「あの……ごめんなさい」

「なんで謝ってんの」

「いやその、不愉快だろうなって……」


 やたら陰気臭い表情。

 俺はさほど気に留めてなかったが、そういう顔をされるとこっちも滅入ってくる。ここはひとつ活を入れるため、べしっと茉白の脳天にチョップを落とす。


「あいたっ、な、何するんですか」

「スキだらけだぞ貴様」

「な、何バカなこと言って……」


 茉白は頭を押さえながら詰め寄ってきたが、周りの目を気にしてかすぐにやめる。代わりに小声でぶつぶつ文句を言い始めた。少しだけ元気が戻ったようだ。

 にしてもマジでエンジェルとか呼ばれているらしい。まあ今みたいなノリだと、茉白が嫌がるのもわかるが……。


 そのときふと、かたわらのみつきに気づく。こちらもうつむきがちに黙っている。さっきの騒動をはたで眺めていたようだが、特に口も挟まず感想もなく。


「で、なんでお前も落ち込んでんの?」


 軽くおでこをこづいてやると、みつきは我に返ったように顔を上げた。頭をかきながら、口元を緩ませてみせる。


「えへへ、ごめん、ちょっとぼーっとしてて」

「なんだよおい、大丈夫か~?」


 みつきの頭に手を乗せて、髪の毛をわしゃわしゃとやる。いつもは嫌がるが、みつきは素直にされるがままだ。ちょっと様子が変だなと思いつつもわしゃわしゃしていると、なにか言いたげな顔の茉白と目が合った。


「何?」

「いえ、なんでも。……私、あっちで服見てます」


 茉白はくるりと背を向けると、勝手にふらふらと店の奥へ歩いていってしまった。

 まーたなんか機嫌悪そうだ。コロコロ態度が変わる。知らんうちに地雷を踏んだのか。

 やはり二人同時は真人間と言えど手に余る。相手が相手だけに。次からはスケジュール管理をしっかりしよう。

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