第27話 幼なじみ同伴

「おわっ」

「遅れてすいません!」


 前のめりになりながら振り返る。

 半袖の襟付きブラウスからは白い腕が伸びている。フリルのついた長めのスカートからわずかに細い脚がのぞく。


 唐突な美少女――茉白の登場に思わず見とれてしまう。

 前回の暗めのモノトーン一色とは違って、全体的にだいぶ明るみが増している。帽子もかぶっていなかった。肩下まで下りた髪が陽光を反射し、きらきらと小麦色に光る。

 半分ネタで美少女と遊ぶ、と言ったがこれは文句なしに美少女。中身は置いといて見た目とても美少女感ある。


「ち、ちょっと、あんまりじろじろ見ないでください……」


 茉白は前髪を手でいじりながらうつむいた。仕草もかわいい。

 さらにガン見しようと近づこうとすると、かたわらで呆けているみつきに気づいた。茉白を見つめたまま固まって動かない。ついさっきまでニコニコしていたかと思えば笑ってない。真顔である。


「あの……みつきさん?」


 顔の前で手を振ってやる。するとみつきは我に返ったように慌てて茉白へ会釈をした。


「どっ、どうも……」

「え、あっ……? ど、どうも……」


 茉白も同様にお辞儀を始める。なぜかお互いへこへこと恐縮している。愛想笑いするばかりで何もしゃべらない。コミュ障かこいつら。

 俺の視線に気づいた茉白が、近づいて耳打ちしてくる。


「……え、えっと、どなたですか?」

「いや、幼なじみ……」

「はい?」


 茉白はじろりと俺の顔を睨みつけてきた。

 まるでお前頭おかしいんかと言わんばかりの目だ。しかしここはきっちり反論させてもらう。


「いや、幼なじみも一緒でいいですかって聞いたじゃん? そしたら全然OKですよって……」

「え……あれって、いつものしょうもないギャグじゃなかったんですか?」

「俺がそんな微妙なギャグ言うわけないだろ」

「微妙なギャグしか言わないじゃないですか」


 さもありなん。

 つまりあれか? はいはいしょうもないしょうもない全然OKっすと流したということ?

 茉白はみつきを振り返って、またもぺこぺこと頭を下げていく。


「す、すみませんその、て、手違いがあったみたいで……」


 俺にはガンガン上からなくせにやたらへりくだっていく。

 対するみつきも慌てて手を振って、


「あ、あっ、ごめんなさいわたしも勘違いしてて……」


 またもぺこぺことお辞儀合戦が始まる。

 よかった勘違いが解けて。と胸をなでおろすが、すぐにふたりとも黙りこんでしまった。予想に反してとんでもなく気まずい雰囲気が漂っている。


 俺的にはみつきがへにゃへにゃしながら天然ボケをかまし、茉白がみつきの胸に嫉妬して「乳牛ですか?」と毒を吐いていくのだと思っていた。なんだかんだでいい感じに打ち解けていくのだと思っていた。

 それが変にリアル路線である。初対面同士だと普通こうなるらしい。


 かたや俺に向かってみつきのなにか言いたげな視線が向けられる。茉白のうらめしげな視線が突き刺さる。行き場のなくなったもやもやを全部俺に向けてくるのやめてもらっていいですかね。まあ俺のせいなんだけど。

 ここは俺だけでもと笑顔を作って、茉白に尋ねる。


「そもそも今日って何する予定だったんだっけ?」

「……今日はその変な服をどうにかするっていう予定」

「あ、ああ~そうそう。このクソダサ野郎をなんとかね」


 そんなふうなことをラインで言ってたかもしれないが「服ダサくないですか? どこで買ってるんですか?」と言われて返信をやめた覚えがある。ママが買ってくるの、と正直に返すのはさすがの俺もどうかと思ったのだ。


 茉白のねちねちファッションチェックを避けるため、今日は黒いTシャツ一枚で来た。前と後ろに「YOU ARE SUPER HERO」と虹色の文字ででかでか書いてある。クソだせえ。


「俺の格好がクソださいってさ。みつきちゃんどう思う?」

「え? そんなことないよ~?」


 マジかこいつ。別にそこは甘やかさなくてもいいんだが。でもみつきが言うならしょうがないな。


「そんなことないって」

「そ、そうかもですね……」


 そのまま茉白に振ってやるとなぜかおとなしい。みつきに気を遣っているのか。

 俺には強気に来るくせに。ダサいダサい連呼してくるくせに。


「ていうか服どうにかするって言うけど、言っとくけど僕お金ないからね」

「わかってますよ。安物でもそれっぽくしてみせます」

「いや安物っていうか、そんな服にかけるお金とかないから。一銭も」


 茉白は黙った。どうやら怒ったり困ったり呆れたりすると逆に黙るらしい。絶句しているとも言える。


「いいです、上下一式ぐらいだったら私が……」

「え? マジ? なんでそこまでしてくれんの?」

「え、えっとそれはその……スマホ拾ってくれたお礼です。借りを作ったままなのもいやですから」

「あれ? でもそれって前飯食ったときにチャラにしなかったっけ?」

「まあ、たかが数百円でチャラっていうのも……。このスマホ15万はしますから」

「たっか! じゃあ15万払ってもらっていいですか」


 睨まれた。いちいち冗談が通じない。

 よさげなスマホを使っているとは思っていたがそこまでとは。スマホに限らず、よく手入れしてそうな髪といい服といいやたら小綺麗に整っている。


「なんかお高そうなバッグも持ってるしな」

「こ、これは別に……ただのおさがりなんで」


 茉白は肩にかけたカバンを隠すように手で覆う。

 俺でも見たことがあるようなブランドのロゴが入っている。横でみつきがバッグを見て目を丸くする。


「そ、そのバッグって……」


 みつきがちらりと俺に目配せをした。耳打ちしてくる。


「あれ……たぶん何万とかするやつ」

「……マ?」

「お母さんの仕事のやつで見たことある」


 深雪さんの仕事とは家でパソコンをカタカタすることである。

 具体的に何をやっているかまではよく知らないが、ネットでものを売り買いしてたりもするらしい。小遣い稼ぎが高じたというが、かなり稼いでいる疑惑がある。みつきの言うことも本当らしい。茉白に確認してみる。


「もしかして……お嬢様陰キャの方で?」

「い、いやこれはあの、見せびらかすとかじゃなくて、他にバッグなくて……」


 俺は一歩後ずさって距離を取る。服とかバッグにうっかり鼻くそとかつけてしまったらヤバイ。

 俺が疎いだけでもしかしたら前回もお高い服だったのか。謎にフォロワーがいるのも、その辺に理由があるのかもしれない。


「でもキャラ崩壊してない? 大丈夫? 前はクーポンもらったってはしゃいでたくせに」

「……あれは、私の力で手に入れたものですから」


 ちょっと言ってる意味がわからないけどまあいいだろう。

 どんどん茉白の表情が曇っていくので、そのへんあまり触れられたくないのかもしれない。


「じ、じゃあなんかわからんけど行こうぜ!」


 いつまでもグチグチやっていてもしょうがないので二人を促す。

 といってもどこに行くかは茉白に丸投げだ。とりあえず駅中のショッピングモールへ、というので向かって歩き出す。てっきり帰るのだと思ったがみつきも当然のごとくついてきた。そして勝手に茉白に話しかけ始めた。

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