第26話 みつきとうどん
『明日何時にします?』
金曜の夜に茉白からラインが来て、みつきと映画に行くのと日にちがかぶっていることに気づいた。びっくりだった。
生まれてこのかた複数人と同時に予定を組む、という経験がなかっただけに起きたミスだ。
とはいえ失敗を嘆いても仕方ない。失敗こそが成長の糧である。今回の失敗で、またひとつ真人間に一歩近づいた。喜ばしいことだ。
さしあたっての問題は、この失敗をどうフォローするかということだが……。
まずなんとしても映画は見たい。なので茉白との予定をブッチするという手もある。
それか日にちをずらす……にしてもあさって日曜は杏奈の家に遊びに行くことになっている。みつきも一緒に。まあまた今度……にすればいい話だが、ドタキャンじみたことをしたらめっちゃ文句言われそう。
熟考の末、俺は時間をわければいいという結論に達した。
つまり午前中にみつきと映画を見て、午後に茉白と会えばいい。それだけの話だ。ちょいハードスケジュールかもしれないが、真人間は分刻みのスケジュールも難なくこなすのだ。
「面白かったね~」
「よかったよなぁ、薄い本が捗るわ~」
ニコニコ顔のみつきとともに映画館を出る。
最高だった。やはり見に来てよかった。今度イラスト集が出るらしいのでうまいことみつきに買ってもらおう。そして貸してもらおう。
ここまでは特に問題もなかった。みつきが起床からのタイムスケジュールを管理し、無事予定通り鑑賞を終えた。
「お昼、どうしよっか」
茉白との約束は午後二時からと遅めにとってある。ここは抜かりなし。
一度帰宅することも考えたが、みつきはどこかで昼を済ませる気満点だ。というか俺も腹が減ってきた。みつきは周辺を見渡しながら首を傾げていたが、
「ん~……おうどんにしよっか」
「うどん~? 安い女だな」
「だって泰一お金ないでしょ」
「はいすみません」
俺の懐具合をしっかり勘定に入れている。さすがだ。
近場にあるセルフ方式のうどん店へ。みつきと出かけるときはちょいちょい来る。手軽に安く済むため御用達である。入り口でトレーを取ってカウンターの列に並ぶ。
「やっぱ男は黙ってぶっかけうどんだよな」
「うん安いもんね~」
「やっぱぶっかけだよなぶっかけ」
「うるさい」
怒られた。意外にもわかっているらしい。
俺は一番安いうどんを注文し会計を済ませると、無料の天かすを大量にぶち込んで席につく。先に席についていたみつきは、大きめのかきあげを四苦八苦しながら箸で裂いた。俺のどんぶりの上にのせてくれる。
「はい、はんぶんこ」
「わ~みつきちゃんありがと~」
一応はしゃいでみせるがそれを見越しての注文である。
みつきは手を合わせていただきますをすると、静かにうどんをすすり始めた。ひとくちめを飲み込んで、へにゃりと笑顔になる。
「おいしいね~」
ぽわ~んとゆるい空気が漂う。ひさかたぶりのぽわぽわタイム発動。
いつもいつもこんな調子だとあれだが、たまには悪くない。
「やっぱみつきはいいよな」
「え? なにどうしたの急に~?」
謎の不機嫌オーラを発したりしないし。スキあらば人をディスってこないし。いきなりキレて帰ったりしないし。変なエロネタも振ってこないし。
「安牌だよな」
「どういう意味?」
「超かわいい最高っていう意味」
一瞬不穏になりかけたのでなんとかごまかした。
「てきとーに言ってるでしょそれ」
ごまかせてなかった。最近ちょっと鋭くなってきている。
あっという間にうどんを腹に流し込み、みつきが食べ終わるのを待つ。毎度食うのがクッソ遅いが優しい俺は文句一つ言わない。が、いい加減長い。いつまでちんたら食ってんだよと口から出かけると、みつきの箸が止まった。
「お腹いっぱいになってきちゃった……」
「少食アピールいいから。お前絶対残すなよそれ」
「ん~……」
どんぶりを見つめてぐずっている。アピールではなく本気で食いきれないらしい。大きい胸してるくせにどんだけ胃袋小さいんだよ。
俺はみつきの器ごと奪い取って、残りのうどんを一気にかきこんだ。みつきが「ありがと~」と小さく拍手をしてくるが本当はあまり甘やかすのはよくない。自分の食べる量ぐらい自分で調整しろと。
やっとのことでお互い完食。「ごちそうさまでした~」とみつきは愛想よくトレーを返却する。向こう側で店員のおばちゃんもにっこり。これでガッツリ残してたらおもろいなと思いながら店を出る。自動ドアを出たところでみつきが尋ねてくる。
「これからどうしよっか?」
「じゃあ、解散で。おつかれっした」
手を上げて立ち去ろうとすると背後から襟首を掴まれた。いや襟首つかむのやめろ。
振り返って手をほどくと、ぶすっと見上げてくる顔と目が合う。
「なんで解散?」
「悪いけど次の約束があってね」
「約束ってなに?」
「いろいろとね。真人間は忙しいんだよ」
ここでしっかりアピール。余計なことは言わずに押し切る。
「じゃあわたしも行く~」
「いやいやいや私も行くとかないから。お気をつけてお帰りください」
「なんで? 約束って誰と? なにするの?」
怒涛の質問攻め。
ここは空気を読んでいただきたい。というか空気を読ませるべきか。
「それはえっと……美少女と遊ぶから?」
自分でも疑問形になってしまった。そもそも今日って、茉白と何をする集まりなんだっけ?
案の定みつきにも首を傾げられる。
「美少女……? って誰?」
「いやそれはあの、学園のジェニファー的存在の……」
「……じぇにふぁー? どうせそれ、嘘でしょ?」
「い、いや嘘じゃねーし? 向こうから誘われてるから」
「う・そ」
満面の笑みで人を嘘つき呼ばわりしてくる。そんなことあるわけないとでも言いたげだ。たしかに俺自身嘘くさいとは思う。というか半分ぐらい嘘である。しかしここは一度わからせてやる必要があるだろう。スマホを取り出して茉白にラインを送る。
『今日幼なじみも一緒でいいですか?』
自分で文字うってて何言ってんだこいつと思ったが、すぐに「全然OKです!」と返ってきた。意外にも全然OKらしい。案外あるのかもね、幼なじみ同伴っていうの。
待ち合わせ場所には時間より少し早めに着いた。例によって駅前謎オブジェの前。
そしてマジでついてきてしまったみつきは不機嫌なのかなんなのか、さっきから一言も発しない。傍目から見るとなぜか待ち合わせスポットでただ立ちつくす男女ペア。
どういうわけか時間になっても茉白は姿を現さなかった。周辺をうろついてみるが見当たらない。野郎まさかバックレか。前回の復讐か。
もとの位置に戻ると、みつきが気持ちドヤ顔になって俺を見た。
「もう時間でしょ? 誰も来ないねぇ?」
「あ、あれぇ? おかしいな~……」
「いいんだよ? 意地悪言ってごめんね~?」
みつきが急に甘やかしモードに入ってしまった。なにがいいんだかよくわからんが、このままだとまるで俺が強がり虚言野郎のようになってしまう。
一度電話をしようかとスマホを取り出す。履歴からたどっていこうとすると、どん、と背中を押された。
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