第25話 またやったね

 帰宅後、俺はひとり自室で首を傾げていた。

 ……うーんこれやったね。またやったね。

 最初は半分ネタでキレていたのだが、いつのまにかガチギレっぽくなってしまったようだ。なんだか俺のほうが生真面目な女の子みたいになっていた。


 にしてもいきなり軽くべそかきだすとか、あんななりしてるくせにちょっとばかり情緒不定なのでは。いや単に俺が杏奈という人間を見誤っていたという説もあるが。

 しかしいずれにせよ、俺は今や真人間を目指す身であるからして以下略。


 通話アプリを起動し、精一杯かわいいスタンプを吟味する。

 とりあえず杏奈に向けて、謎生物が壁からひょこっとするやつを送りつけるが、何も反応がない。腰抜けムーブを見透かされたか。意を決し、「先ほどは申し訳ございませんでした」と送る。

 今度はすぐに反応があった。というか電話がかかってきた。


「あたしのほうこそ、一人でテンパってごめん」


 杏奈は開口一番にそう言った。


「前に恭一にも言われたことあるんだ。デリカシーがないって。でも自分からパンツ見せるとか……そういうことはしてないから。ホントだよ?」


 というか面と向かってパンツ見せろとかそんなこと言うやついねえよな。どこにいるよ。

 見せろと言っておいて見せられたら見せられたでキレると。これ完全にマッチポンプじゃないですか。


「すいませんでした。僕も二度とそういうくだらないギャグは言わないようにします」

「や、そういうギャグ自体は嫌いじゃないんだけどさ……」


 え? どうしろと?

 せっかく人が反省しているというのに。


「さっきはむかっときたけど、ちょっと冷静になったらさ。そういうの、気にしてくれてるんだなって……なんかうれしかった」

「そうか、じゃあ今からパンツ写真に撮って送ってくれ」

「うん、わかった」

「いや冗談だからね?」


 けらけらとひときわ大きな笑い声がする。からかわれたらしい。

 一瞬焦ったがこれでなんとか丸く収まったようだ。

 なんかよくわからんところに地雷が埋まってるからイマドキの子は難しいよね。


「そしたらさ、また今度デートしてくれる? 今日のやりなおしっていうか」

「え?」


 突然振られて間抜けな声が出る。やり直しというかそもそもがデートという話じゃなかった気がする。話がすり替えられている。

 同時にさっきカノジョがどうたら言っていた話が頭の片隅に浮かんだ。思考が停止しかけていると、


「ねえ聞いてる?」

「あ、いや……と言っても、これといって行くとこもないというか……」

「じゃあウチくる? いろいろ見せてあげる」


 いろいろ見せてあげる……?

 意味深にとらえてしまうような言い方はちょっと。


「や~でも、いきなり家っていうのも……」

「あ、じゃあ恭一も呼んで三人でゲームとか!」

「あ、あ~なるほど。そういうのね! OKOK」


 それならいい。それなら健全である。

 勝手に変な妄想をしたあげく俺がチキンムーブをしたとか、それは気のせいだ。

 恭一にも聞いてみるね、ということでひとまず通話が終わった。すぐに恭一といっしょに勝手にグループに入れられる。


 う~ん、軽くOKしたものの家どこなのかも知らんし、やっぱりちょっとめんどいかも。

 と思ったが考え直す。やはり真人間となるからには、少しばかり品行のよろしくない同級生を正すのも責務かと。


 それはそうとして、なんだかどっと疲れた。俺はベッドの上に身を投げて、目を閉じる。

 ――あたしとか、どう?

 閉じたまぶたの裏で艶のある唇が動く。写真のバスケ美少女が脳裏に浮かぶ。手でスカートをまくり上げた映像が蘇った。体が近づいてきて、胸が二の腕に当たる。柔らかい。いい匂い。


 俺は目を開けてむくりと上半身を起こした。時計を見ると五時。一眠りするにも中途半端な時間だ。というかこのままだと眠れそうにない。飯までもちょっと時間はあるし……。


 コンコン、の音でギクッと背筋が伸びる。

 ややあってゆっくりとドアが開いて、陰からみつきが顔を出す。なぜか無言でこっちを見ている。いやだから、もっと入念なノックと返事を待ってだな……。今マジで危なかった。

 みつきはわざとらしくそろそろとした足取りで部屋に入ってくると、ベッドのふちに腰掛けた。と同時に尋ねてくる。


「なんかしゃべってた? さっき」

「え、ええまあ、電話?」

「誰と電話?」


 間髪入れず掘り下げてくる。が、誰と電話しようが俺の勝手だ。

 ここで杏奈としゃべってたとか、バカ正直に言う必要はない。


「ちょっとドラえもんと電話をね」

「わたしとは電話しないよねあんまり。めんどくさいとかって」

「お前はこうやって乗り込んでくるんだから、わざわざ電話することもないだろ」


 みつきはいっと一瞬変顔をした。

 それからスマホを取り出してみせて、


「あのね、さっき杏奈ちゃんからラインが来て。今度遊ばない? って誘われたの」


 あっちこっち誘うなあの女。ていうかラインも交換してたんかい。


「へ、へ~? そうなんだ。いつの間に仲良くなったん?」

「ちょっとだけ」


 あっ、これそんな仲良くないやつだ。杏奈の一方通行っぽい。いやこの二人は合わないだろたぶん。


「杏奈ちゃんうち来なよって言ってるんだけど」

「へ、へ~? 仲良しじゃん」

「泰一も行くんだってね」


 どこまでしゃべりやがったあの女。というかどういうつもりなのか。

 ノリでみつきも一緒に誘ったのか。あいつの性格からして、おそらく何も考えてない説が濃厚。


「あ、あぁ、そういえばそんな話したかな……」

「今日も泰一と遊んだんだってね」


 全部しゃべっとるやん。

 みつきさんもその逆順で情報開示してくるのやめてもらっていいですか。


「友達って、杏奈ちゃんと恭一くんのことだったんだ」

「え? ま、まあ……」

「よかったね、友達できて~」


 と言いながらも、どこか口調に棘のある感じ。

 俺が頑なに黙っていたのが気に入らないのか。


「いや友達できてって言うけどさ、お前もそんな友達多くないだろ」

「うーん、そうなのかなぁ?」


 俺のように学校で孤立している、というわけではもちろんない。

 集団に混じってニコニコしているのをたまに見かける。ただ休日に友達と、はまったくないわけではないがあんまり見ない。


 仮にグループで出かけたとしても、ただニコニコしているだけの毒にも薬にもならない存在としてみんなに忘れられそうではある。

 ダメ人間といると輝くが、そうでないと空気、みたいなところはある。まぁ本人は何も考えてなさそうだけど。

 一緒になって首を傾げていると、みつきは思い出したように突然ぽんと手を打った。


「あ、そうだ、今度久しぶりに映画見に行こっか」

「は~? 映画~? パス」

「ほら、泰一が前見たいって言ってたやつ。五等分の幼なじみ」

「え? あっ! あれもう始まるのか!」


 すっかり忘れていた。お気に入りのアニメの劇場版だ。


「絶対いっしょに見に行こうねって言ってたでしょ」


 まず俺がウェブで読んでドはまりし、みつきに勧めてうまくマンガを買わせて全部借りるという荒技を駆使した。今もそのまま全巻俺の部屋にある。こうなるともはや大魔術……イリュージョンである。

 という手前、みつきをないがしろにするわけにはいかない。


「行くに決まってるじゃないかみつきちゃん、早く言ってよ~」

「やった。じゃあ来週の休みね」

「うむ、よきにはからえ」


 段取りはみつきに任せておけば間違いない。本来なら真人間たる俺がスケジュールを組むべきかもしれないが、ここ数日のマルチタスクに疲れぎみだ。しばらく真人間タイムはお休みしようと思う。なにをなすにも休息というのは大事だ。

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