第24話 こう見えてモテる勢

 ペンタブはもうちょっと検討する、ということで買わずに外に出た。またブラブラ歩きを再開する。

 今度こそドンキかと思ったがまた素通り。代わりに杏奈は喫茶店の前で立ち止まった。ちょっと疲れたから休もう、と提案してくる。


 しかし入り口に立って俺は躊躇してしまう。というのは小遣いをカットされているためろくに金がないのだ。こんなとこで優雅にお茶をする余裕などない。これからどうやって生きていくのだろうか。みつきに媚びへつらって恵んでもらったりするしかないのか。

 ここは正直に言おう。


「あのね、僕ね、あんまりお金ないの」

「いいよおごったげるー。今日はあたしが無理やり呼び出したしね」


 ラッキーまたおごってもらった。

 杏奈のおすすめということで、奇しくも昨日と同じようなフローズンドリンクを飲むハメになった。カップには生クリームとチョコチップが乗っかっている。絶対に俺は頼まない感じ。すっかりJKになった気分だ。

 店はめちゃめちゃ混んでいる。杏奈がかろうじて席を見つけてくれた。向かい合って座る。


「ちょい思ったんだけどさ。これってなんかデートっぽくない?」

「えぇ?」

「だってそうじゃん。二人でさー」


 杏奈はカップの中をかき混ぜながら、ニコニコとうれしそうだ。

 昨日の絶対に認めようとしなかった人とは真逆。


「まぁ似たようなことなら昨日もしたけどな」

「……へぇ? それってもしかしてカノジョ? いたの?」

「いや違うけども」


 そういうのとははるか遠い存在のように思う。

 精神的人間サンドバッグ的な。茉白は根本的に男嫌いとか言い出しそうなタイプだし。


「あ、そっかわかったほらあの……みつき! みつきと?」

「違う違う」

「幼なじみなんでしょ? 別に付き合ってるとかじゃないんだ?」

「違う違う」


 この前の一件で勝手に知り合いになっているらしい。

 みつきが何をどこまでどう話しているのかは知らん。杏奈に一方的に絡まれているっぽいが。


「えーでも、みつきって、黒野のこと好きなんじゃなくて?」

「そうか? そういう感じでもないだろ」


 向こうがどういうつもりかしらないが、そういうたぐいの話はいっさいしない。

 どっちかが告白して付き合う? とかそういうふうになる想像は全然つかない。もうすでに付き合っているようなものだと言われたら、そうなのかもだが……。


「へー違うんだ? てっきりそうなのかと思ってたから。じゃあ何? 別の子とデートしたってこと? へー黒野ってモテるんだ、意外に」


 何も言ってないのだが勝手にいいように解釈されている。告白されたこととか一回もないけど、ここでわざわざ否定することもないだろう。真人間となる俺がいずれそうなのは確定なわけだから。


 黙って飲み物に手を付ける。杏奈が「一口ちょうだい」と言って、スプーンでチョコレート付きのクリームをすくっていった。しばらく無言が続いたが、杏奈がふと思い出したように言った。


「でもあたしもねーこう見えて結構モテんの」


 なんかこう見えてモテるパターン多くね?

 今は知らんがあの写真を見せられたらそりゃそうだろうなとは思う。


「ふーん。ご経験豊富な感じで?」

「や、中学まではバスケ一筋だったから、告られたりしてもそれどこじゃないって感じだったんだけど……。今はすごいカレシ欲しいんだよね~なんか。周りがそういう話しだすとさ、入っていけないし」

「そういう話?」

「エッチの話とか」

「ぶふっ!」


 不意打ちに吹き出してしまう。カップから飲み物がわずかにテーブルにはねた。テーブルを拭いていると、杏奈が顔を近づけてきて耳元で囁いてきた。


「ねえ男子もさ、乳首で感じるの?」

「いきなりセンシティブな質問はやめてください」

「あとさ、アレって、毎日しないとだめなの?」

「どのアレのことを言ってるのか僕にはわかりません。恭一くんに聞いたらどうですか」

「恭一はそういう話できないから。ていうかするとキレるから」


 いやこんなとこでいきなり変なこと聞かれたら俺もキレるぞ。

 ていうか女子っていっつもそういう話してる感じ? 俺だからまだいいものの、みつきだったら顔真っ赤にして暴れそう。いや、あいつも俺がいないところではしているのか? ちょっと想像がつかない。

 とにかく一旦仕切り直しだ。俺は咳払いをして姿勢を正す。椅子に座り直すと、杏奈は両手で頬杖をつきながら、まっすぐに俺を見つめてきた。


「でさ、どう?」

「ど、どうって、何がよ?」

「あたしとか、よくない?」

「な、何がですが?」

「いやほら、カノジョ」


 聞き違いかと思ったがわりとはっきり言った。結構大きめな声で。

 周りにも聞こえるんじゃないかと、なぜか俺のほうが取り乱していた。


「い、いやいやそんなノリで? まだ知り合ったばっかだけど……」

「んーなんかさ、黒野とは初めて会った気がしないっていうか……けどもうなんとなくわかったよ。好きなタイプだなって」

「は?」


 え? これってもう告白ですか? さらっと告られたんですけど?

 そういうのってなんか放課後の教室とか体育館裏とか観覧車の中とかボートの上とかでするもんじゃなくて?


「そ、そうやって他の女にも言ってるんでしょ!」

「んふふ、なにそれおもしろー」


 杏奈は笑ってストローに口をつけた。それきり話は流れた。

 なんとかボケてごまかしたが……いやいやこれ絶対今後意識しちゃうやつじゃん。今日の夜気になって眠れないやつじゃん。なんか向こうがイケメンで俺がチョロインみたくなってるんだが……。いやいや、これはギャル特有のあたしたち仲良しだぜ的な社交辞令だろう。そこまで好かれるようなことをした覚えがない。


 キョドる俺をよそに、杏奈は何気なしな顔で袋から本を取り出した。パラパラと中をめくりだす。先ほど購入したマンガらしいが、表紙では何やらイケメン同士が頬を染めて手を握り合っている……。


「っておい」

「なに?」

「なんて本広げてんだよこんなとこで」

「え? 別に……あ、読みたい? 貸したげよっか」

「いえ結構です」


 横とか背後を人が行き交ったりしてるんだが。丸見えなんだが。ていうか俺に抵抗なく見せつけてくるんだが。スキあらば布教してきそうなんだが。

 性癖オープンすぎる。どうやら周りが見えずに熱くなってしまうタイプらしい。


「そういや恭一と黒野って結構いい感じだよね。案外黒野が受けになったりして……」

「もういいしゃべるな貴様」

「そうだあのね、この前恭一の部屋に入ったらいきなりスマホかくしてさ、なんかめっちゃ挙動不審でさ……。たぶんやらしい動画とか見てたんだと思うんだけど……」

「おいお前、それは言ってやるなよ!」


 ここぞと遮る。

 俺だって数え切れないほどニアミスしたことがある。

 みつきのバカがわきまえず部屋に乱入してくるせいで。あと凪も。


「さっき恭一がキレたのも、たぶんそういう積み重ねだろ」

「そ、そんな怒らなくたっていいじゃん……」

「わかってないだろ、それがどんだけ精神的ダメージを与えるものなのか」


 ここは恭一のためにもきっちり教育してやるべきだ。

 終始押され気味だったがここは俺が上に立たせてもらう。ついでに気になっていたこともきっちり注意する。


「あと言っとくけどノリでパンツ見せるとか、ギャグでもそういう事するんじゃねえよ」

「いやだから、あれは下に穿いてると思ってたんだって!」

「穿いてるにしてもだよ!」


 自分からスカートまくり上げるとかえっちすぎるだろ。もしあっちこっちでやってると思うと胸が痛い。

 いやなんかマンガのキャラとかがやるのはいいのだが、リアルの知り合いが、となるとなんかこうもやっとする。

 被せるように反論を叩き伏せると、急に杏奈の顔が曇った。

「はいはいわかりましたよ!」ぐらいのリアクションかと思ったが……え? 何? なんか急に泣きそうな顔に……。


「違うって言ってるのに……」

「え? いや、あ、あの~……」

「……帰る」


 ぼそりとつぶやくように言う。

 杏奈はそれきり無言のまま、荷物と空のカップを手に取って、荒々しく席を立った。

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