第23話 チョロイン
期せずして杏奈と二人残された。
いろいろ唐突だったが、杏奈はさほど気にしていないようだった。何事もなかったかのように、近くで映像の流れるモニターを眺めている。
「いいのか? あいつ怒ってたぞだいぶ」
「うーん、まあいつものことだよ。恭一はちょっと神経質なとこあるからね」
「そうか? お前が触れちゃいけないレベルの爆弾触れたんじゃねえの?」
結構な勢いで怒ってた。代わりに俺が謝ろうかと思った。
「んー……そう? でもさ、そんな怒ることなくない?」
そう言うけど実際怒ってたからね。
たとえば女の子とデートなのに変なやつがくっついてきて横からごちゃごちゃ言われたらイラッとくる……うん? 女の子? 今のたとえは変だな。
「あとでちゃんと謝っとけよ? なんか知らんけど」
「まあ、うん……」
俺に負けじとこの女も謝罪案件が多い。
後先考えない言動するから……いや俺のは計算づくだから。すべて計画通り。
「でもさ、恭一変わったでしょ?」
「変わったのは変わったかな。なんで急にって感じだが」
「黒野に言われたのが効いたんじゃない? あたしに頭下げてくるって相当だよ」
僕を男にしてください! とか言って土下座でもしたのかな。
一瞬変な想像が頭をよぎった。がそんなわけない。
「あたしは、よくなったと思うよ」
「ああ、そうかい」
「そう。ありがとね」
杏奈はまっすぐ俺を見てニコっと笑った。
曇りのないきれいな目だった。白い歯が見えた。さわやかだ。これぞ屈託のない笑顔というのだろう。不意打ちを食らってちょっとドキっとした。チョロインの気持ちが少しわかった。
杏奈がペンタブとやらを見たいと言い出して、上の階に移動する。
見るからににわかっぽいギャルが一丁前にペンタブとは。と思いながらもあとに続く。杏奈は階段を登るとき、しっかりスカートを手で押さえていた。なんでや。
画材のあるフロアに到着する。ペンタブの展示品を見つけるなり、杏奈がはしゃぎながら近づく。慣れた手付きでお絵かきを始めた。
すっかりお絵かきに夢中だ。前のめりになってお尻を突き出すような姿勢。熱心なのはいいが、なんというか無防備すぎる。ヘタすると見える。ていうかうしろでしゃがんだら普通に見えそう。こころなしか周りの黒の組織からの視線を感じる。
「おいスカート、気をつけろよ」
「えっ、何? ……あ、見えてた? やだぁスケベ」
杏奈は笑いながら片手でスカートを押さえつけた。
が、またすぐにお絵かきに集中して守りが薄くなる。
「だからスカート」
「まあいいじゃん、減るもんでもないし」
「減るよ。パンツは見られると価値が下がるんだよ」
つい泰一くん名言が飛び出してしまった。
そんな安売りするような真似をされると言いたくもなる。杏奈は一度顔を上げて不思議そうにしていたが、にんまりと笑ってみせた。
「へー、何? 気にしてくれてんの? 優しいじゃーん」
「まあ一度見たものとしてはな、その価値がむやみに下がるのはよろしくない」
杏奈がベシっと肩を叩いてくる。やけに楽しげだ。
しかたなしに壁として杏奈の背後に立つ。こうすればうっかり見せつけてしまうこともない。黒の組織からは恨まれるだろうが。
つっ立っていると、メイド服のコスプレみたいな格好をした女子が目についた。取り巻きみたいな野郎共を二、三人引き連れている。コスプレメイドもどきは杏奈を一瞥したあと、なぜか俺にガンつけて素通りしていった。怖い。謎の縄張り争いでもあるのか。
「できたー! 写真撮っとこ」
杏奈がスマホを向けている画面をのぞきこむ。
アニメ調の女の子がVサインをして笑っていた。簡素な線だけだが、しっかり顔の造形が取れている。ちゃんと絵っぽくなっている。
「えっ……これ今お前が描いたの? 嘘だろ」
「嘘じゃないって、ずっと描いてたでしょ」
どうせヘッタクソな落書きだと思って見てなかった。
「いまイラストの練習しててさー。美術の成績は良かったんだよねー昔から。なんかよくわかんない市の賞? とか取ったことあるし」
「ふーん……。このキャラは何? 自分のデフォルメ?」
「え? 自分のっていうか……今はこれ、ゆずはちゃんリスペクトだから」
「はい? 誰だって?」
「んーっと……」
スマホをさらさらとやって、画面を見せてくる。
映っていたのはゴリゴリの二次元キャラだった。何やらアイドルを育成する的なゲームの画面。サイド一箇所で髪を縛っていて、なるほど杏奈と同じような髪型をしている。杏奈が描いたのもこのキャラらしい。
「めっちゃかわいいでしょ、この髪型とか服とか」
「え? もしかして君、これのマネしてんの……?」
「そうそう」
漠然とギャルっぽい格好をしていたわけではないらしい。
しかしよりによって二次元キャラとは。
「そういうのってある種中二病に近いよな」
「違う違う。好きなものに一途なの」
中二病をめちゃめちゃ好意的に言うとそんなふうになる。
どうやら俺は杏奈のことを勘違いをしていたようだ。ひどい勘違い。思ったより痛い人だった。
「じゃあ黒野はさ~なんかさ、推しとかそういうのいないの?」
「特にないな。俺って熱しづらく冷めやすいタイプだから」
「黒野って自分が主人公だと思ってそう」
「それが何か? 俺の人生の主役は俺で間違いないが?」
杏奈はさもおかしそうにケラケラと笑い出した。
今超かっこよく返したんだけど失礼すぎない?
「自分のほうがよっぽど中二病じゃん」
「黙れアクティブオタクに言われたくない」
「いやオタクっていうけどさ、あたしもそういうのも全然興味なかったんだけどさー」
またもスマホの画面をちょいちょいとやって見せてくる。今度はちゃんとした三次元の写真だ。Tシャツ姿の女の子の上半身が映っている。
「これだいたい一年前ね」
「え? これあんた? なんでバスケットボール持ってんの?」
「そりゃバスケやってたから。ずっとガチ勢でさ、あとちょっとで全国行けたんだけど、なんか燃え尽きちゃって」
なんか聞いててムカついてきた。さっきから市とか全国とかなんなんだよ。
グレて道を外れたヤンキーギャルじゃなかったのかよ。
「え? マジでこれ? 同じ人?」
「そだよ」
写真はだいぶ別人に見える。健康そうな肌色。黒髪のポニーテール。笑った口元にのぞく八重歯が非常にかわいらしい。
こっちのほうが好みなんだが。ていうかガチで正統派美少女なんだが。正直こういう真面目に頑張ってそうなタイプに弱い。
「こっちにもどして」
「え、えぇ? やだよ、なんか芋っぽいじゃん」
「じゃあ写真だけ送って」
「やだって恥ずい」
杏奈は顔を赤らめてとっととスマホをしまった。
この女パンツは見せるくせに恥ずかしがりポイントがよくわからん。
というか本格的にどういう人間なのかよくわからなくなってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます