第22話 イケメン逆ナン

『超見せたいものあるんだけど!』


 その夜、いきなり杏奈からラインが来た。

 夜遅くにかなりハイテンションである。


『なに? またパンツ見せたいのか?』

『違うわ』


 変な性癖に目覚めたわけではないらしい。

 立て続けにメッセージが届く。


『明日いいでしょ? 午後から。どうせヒマでしょ?』


 突然の呼び出し。かなり強引である。

 具体的に何をするのかはお楽しみ、ヒミツだという。なぜか杏奈が言うとそこはかとなくエロい予感がするのは完全に初回のパンツ見せに毒されている。


 正直明日は家でゴロゴロのんびりしたかったが、ここらでみつきにもはっきり見せつけてやろうと思う。ちょっと俺が本気を出したら、このように土日両方予定が入ってしまうという超絶リア充だということを。




 昨日同様、駅の駐輪所にチャリで乗り付け、駅前の広場へ。

 さすがの俺も昨日の今日でまた遅刻とかいうベタなことはしない。待ち合わせの時間より五分ほど過ぎていたが、この程度は遅刻に入らない。


 待ち合わせ場所はこれも昨日と同じ謎オブジェ付近。というか変な場所を指定されるとめんどいので俺が決めた。

 到着してあたりを見回すが、杏奈の姿は見当たらなかった。俺より遅刻とはずいぶんいい度胸だ。鬼電かましてやろうとスマホを取り出すと、


「こ、こんにちは……」


 何者かに声をかけられた。

 面をあげると、見覚えのない顔が不安げに俺を見つめていた。見るからにお姉さんからかわいがられそうなかわいい系のイケメンである。美少年である。身長も175の俺よりちょい低い。

 ……え? これってもしかして、逆ナンとかそういうやつ? やだどうしよう。


「な、何か用ですか?」

「あっ、ぼ、僕恭一です。相川恭一……」


 いきなり名前を名乗ってくるという新手のやり口。

 昨今のナンパはわりと礼儀正しい……と思ったが恭一? ってまさかあのキノコ頭の?


 いやこの毛先遊ばせたイケメンが恭一なわけがない。メガネだってしていないし、ダボダボズボンのよれよれチェック柄シャツでもない。しゅっとした無地のシャツを着ている。これは間違いなく同姓同名の誰かだ。


「すいませんあの、人違いでは?」

「えっ、いやえっと……く、黒野くんだよね?」

「き、貴様誰だ!? 組織のものか!? 恭一をどうした!?」


 頭が混乱しだした。ネタに走る。いやそうでもしないと間が持たない。


「あははは!」


 そのとき背後からけたたましい笑い声がした。この品のない笑い方は聞き覚えがある。振り向くと案の定キラキラ頭の女……杏奈が立っていた。


「きゃはは、ウケる! 黒野のリアクション!」


 ひとの顔を指差しながら腹を抱えている。

 かたや恭一は恥ずかしそうに頭をかくばかりだ。どうやら本物で間違いないらしい。


「えっと……もしかしてこれってあれですか? 学校では陰キャごっこしていたっていうオチ?」

「違う違う、恭一が『変わりたい!』っていうからさ。あたしがいろいろと手助けしてあげたわけ。昨日一日でこれよ、すごいっしょ? といっても髪型と、メガネ外してコンタクトにしただけだけどね」


 杏奈が早口でまくしたてる。そうは言うがこの変わりようには驚きを禁じえない。

 もともと顔のパーツ自体が整っていたせいか、普通にイケメンオーラがある。

 正面から恭一がじっと見つめてくる。


「あ、あの……ありがとうね、この前は」

「い、いや、そんないいって、全然……」


 やだなんか緊張する。何もかもイケメンなら許される気持ちもわかる。

 ついメス顔になっていると、邪魔者が茶々を入れてくる。


「なにそのノリ、ウケるんだけど」

「……ってことは見せたいものって、まさかこれのことかよ?」

「そうそうこれ。どう? びっくりした?」

「びっくりはびっくりだけど……あーあー、にしても量産型イケメンになっちゃって。どうすんだよこれ明日から学校でいじめられるぞ」

「なんでよ、みんな見直すパターンじゃなくて? まずは見た目からっていうでしょ」

「現実はそんな甘くねえんだよ。中身が陰キャ丸出しだったら余計怒りを買うだろ」

「もしかして羨ましいの? あ、じゃあ黒野も改造してあげよっか?」

「いや俺すでにイケメンだし? 必要ないし?」


 杏奈がまた笑い出した。いや笑うとこじゃないんだが?

 束ねて結わえた杏奈の髪が揺れる。こちらは学校だろうが休日だろうが派手さは変わりない。うちの制服ではない制服っぽい服を身にまとっている。でかいリボンの付いたブラウス、短いスカート。それっぽく着崩していて、並ぶと俺のかっこいい服が浮く。


「コスプレみたいな服だなそれ下手すっと……」

「かわいいっしょこれ~?」


 身をかがめて顔をのぞきこんでくる。ちょい開いた襟元が気になる。

 非常に防御力の高い格好で現れた茉白さんを少しは見習ってほしい。


「で、これで気がすんだか? 帰るぞ俺は」

「え~? せっかくだから遊ぼうよ」

「じゃあ恭一と二人でデートするからお前はいらん」

「なんでよ。じゃあダブルデートしよダブルデート」


 いや意味違うだろそれ。と言いかけた矢先に、いきなり杏奈が近づいて腕を絡めてきた。

 柔らかい感触がして、は? と思わず目を見開く。胸が当たっている。二の腕に押し付けられている。意外にある。


「っておい!」

「んふふ、今の反応~! 黒野って意外にピュアだよね」


 誰がピュア童貞だよ。

 でもこういうの悪くない。むしろいい。

 慌てて手を振り払ってみせると、恭一が強めの口調で言う。


「杏奈ちゃんやめなよそういうの」

「え~別にネタじゃん。恭一にもやってあげよっか?」


 そっぽを向いて無視。恭一はあきらかに不機嫌さを隠さない。これこそ模範的ガチ童貞の反応では?

 微妙に空気が悪くなるも、張本人は気にもとめずに勝手に歩き出した。いつの間にか杏奈が先導する形になっている。


「おい、どこ行くんだよ?」

「ん~? てけとーに。あ、行きたいとこあったら言って」


 駅前の通りを杏奈を先頭にブラブラと練り歩く。

 俺が言うのもなんだが自由すぎる。俺が思うぐらいだからなかなかのものだ。

 隣の恭一の様子をうかがうと、ものすごい帰りたそうな顔をしている。俺もだいぶ帰りたくなってきている。

 途中絶対入ると思ったドンキを素通りして、杏奈が立ち止まったのはやたらゴチャゴチャした外観の店の前。軒先にアニメキャラの等身大ポップが立っている。


「あ~やっぱこういうとこ来ちゃうわけね。結局中身は変わってねえな」

「や、僕じゃなくて杏奈ちゃんが……」


 杏奈が恭一の希望を汲んだ、というわけではないらしい。杏奈は「ちょっと寄っていい?」と言って意気揚々と入店。俺もたまにお世話になることのあるオタクショップだが、こういう場所には正直似つかわしくない人種と思う。


 恭一とともに一足遅れて入店。杏奈は慣れているのか一人でどんどん奥へ。あっという間に見失った。恭一は新刊のコミックが並ぶ棚を、ややうんざりした顔で見渡しながら、


「近くの普通の本屋でも買えるのに、わざわざこういうお店に来る人っているよね」

「なんだよ急に? オタクに親でも殺されたか?」


 自分はそうではないと言いたげだ。こいつは陰キャのくせになぜかオタクを下に見ているフシがある。同族嫌悪かな?


「黒野くんもマンガとかラノベ好きなんでしょ? どういうの読むの?」

「エロいやつかな」

「そ、そうなんだ。ジャンルはどういう系?」

「まず女の子がかわいくないと読まないかな。話の中身とかはわりとどうでもいい」


 なんと恭一のほうから歩み寄ろうとしてきた。これは大いなる成長である。しかし趣味がまったく合わないようだ。絶句してしまった。


「だって美少女とイチャイチャするだけなら俺でも書けそうじゃん?」

「いやそれは絶対ないよ。ちゃんと一つの話を書ききるのって大変なことなんだよ?」


 それは絶対ないって俺の可能性全否定かよ。

 ちょっとした軽口なのにそんな真顔で食い気味に言わなくてもいいだろ。どうもノリが合わない。


「いたいた~。なに揉めてんの~?」


 うわなんか変なギャルっぽいのに話しかけられたと思ったら杏奈だった。黒の組織みたいなのが多い客の中では、やっぱりちょっと浮いてる。そのくせ店のロゴの入った袋を手に下げている。


「なんか買ってるし……」

「やー買う気なかったんだけど、実物見たらついね」

「ヤンキーって金払いいいよな」

「何? 悪口?」

「いえおべっかです」


 どんどん媚びへつらっていこうと思う。

 杏奈はかたわらに積まれていたマンガ本に目を留めて、


「あ! ふたりともこれ知ってる? これヒロインめっちゃかわいいの。今度アニメ化もするし」

「……それ、僕が杏奈ちゃんに教えたやつ」

「あれ、そうだっけ?」

「そうだよ」


 恭一が低いテンションで返す。ほっといても勝手に険悪になっていく。こいつら実は普通に仲悪いだろ。また微妙な雰囲気に傾きかけたので、しかたなく横から口を出す。


「あれ? でも恭一は文学青年だからそういう低俗なマンガとかは読まないんじゃ?」

「え? 恭一もバリバリ読むよ」


 杏奈があっけらかんと答えた。

 当然俺は恭一に詰め寄る。


「は? おいお前やっぱカモフラしてんじゃねーかよ!」

「ち、違うよ、僕は手広く読むんだよ!」


 この慌てっぷりは怪しい。きっと俺のような浅いオタクを陰でせせら笑っているに違いない。

 杏奈がフォローするように間に入ってくる。


「そうは言うけどさ、恭一だって小説書いてるんだよ。でさ―すごいんだよまじで。ネットに投稿してて、もしかすると本になるかもって……」

「な、なんで勝手に言うんだよ!」


 女の子みたいな甲高い声が遮った。声を上げたのは恭一だ。

 聞いたこともないテンション。だいぶハッスルしている。

 近くの黒づくめの男性数人がこっちを見た。顔を赤らめてうつむいた恭一は、額を手で抑えながらため息を吐く。


「あーもうダメだ、なんか頭痛くなってきた。……僕、今日家庭教師あるからそろそろ帰るね」

「え、でもまだ時間……」


 杏奈が引き止めかけるが、恭一はそちらを見ずに、


「ごめん黒野くん。また今度二人で遊ぼう」

「ああ、まあいいけど。家庭教師なんてやってんだ」

「あ、家庭教師ってそんなたいしたあれじゃないよ。親のつながりで、近所の大学生のお姉さんが勉強見てくれるってだけで。あーでも髪こんなふうにしちゃったから、今日絶対からかわれそう……はぁ」


 恭一はため息をついて肩を落とす。「それじゃあ」と手を上げると、身を翻してとぼとぼと店内をひとり出ていった。

 ……えっ、ていうか何その楽しそうなの。俺もそっち行きたい。ていうか代わってくれ。

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