第21話 サンドバッグ役

『私のほうこそ、ごめんなさい』


 意外や意外、ちゃんと謝れる子だったらしい。

 こちらも返信を急ぐが、あんまり文字を打ちなれてない。予測変換におっぱいとかでてきてうざいので電話をする。

 コール音が途切れてやや間があったあと、受話口の向こうで低い声がした。


「……すいませんでした、勝手に帰って」


 そうやってガチで謝られるとなんだかすごい罪悪感が。

 こちらも床に正座をして、スマホを耳に当てながら頭を下げる。


「いえ、こちらこそ申し訳ございません」


 変な間になる。お互い黙ってしまいめちゃめちゃ気まずい。これならいっそガンガン罵倒してくれたほうが気が楽なのだが。

 しばらくして、受話口からか細い声が聞こえてくる。


「もう話すこともないだろなって思ってたんで……謝ってきたので意外でした」


 ついキレちゃったあとにちゃんと謝罪する。それ俺の得意技だから。そうしないと真奈美の息子とかやってられないからね。


「まあ俺は優しさが服着てるようなもんだからな。いやもう服すら着てない、全裸だな」


 ここで笑いが起きて一気に和む。

 という俺の脳内ト書きに反して無言。あまりふざけるのはやめたほうがよさそうだ。


「……でもあんなふうに面と向かって、怒られたことなかったから、びっくりして……」

「いやこちらこそあんなふうにキレてしまうなんてびっくりで……」


 女の子にはあんまりない。たぶん。

 女の子としゃべる機会があんまりないんだけど。


「まあその、たまにタイジっていう第二人格が目覚めることがあるんだけど気にしないで……」

「自分でもいけないとは思ってるんですけど……SNSでもおもしろおかしく毒をはいたりすると、結構反応がよかったりするから……くせになってるんだと思うんです」


 俺が平謝りして終わりかと思ったら、だんだん真面目な話になってきている。


「黒野さんの言うとおり私、本当にクズで汚いんです。だからそんな、天使とか言われるのすごい嫌で……」

「それは周りが勝手に言ってるだけだろ? あんまり気にすんなよ」

「でもなんか、変に取り繕っちゃうっていうか……」

「じゃあいいよ、毒吐きたくなったら赤の他人じゃなくて俺をいじって笑い取れよ。俺は慣れてるからなんとも思わんし。たまにキレるかもしれんけど、そしたらキレ返してくれればいいから」


 一番長い沈黙があった。

 あれ、勢いで言っちゃったけどもしかしてお前何言ってんのパターン?

 おそるおそるうかがいをたてようとすると、


「……あのぉ、また今度……デート、やり直ししてもいいですか?」

「は? デート?」

「あっ、い、いやデートじゃなくて! その、遊ぶのとか!」


 茉白の声が上ずった。だいぶ取り乱しているようだ。

 まさか向こうからそんな申し出があるとは。ということはこれは……?


「そんな俺とデートしたいって? あ、もしかして今ので惚れたか?」

「は、はぁっ!? そ、そんなわけないじゃないですか何言い出すんですか!? そ、それは要するに、私のストレス解消にです! 黒野さんには毒吐いてもいいんですよね!?」


 ですよねー。

 こんなチョロかったら苦労しない。今頃とっくにリア充の仲間入りしてるって。

 なぜかサンドバッグ役を自ら買って出てしまったが、今の俺は真人間を目指す身であるからして、こういうダメな輩の面倒だってちゃんと見てやるのだ。多少、いやものすごくダルくてもな。


「まぁいいや。んじゃ次の休み? いつか知らんけど適当に決めといて。じゃね~」

「え? ち、ちょっと!」


 なんとか機嫌を取り持つことに成功したので、早々に通話を切った。というかお腹いっぱいでなんか眠くなってきちゃった。

 その後すぐに、「勘違いしないでくださいよね!」とベタなツンデレみたいなメッセージが来たので「ん? なんのこと?」と鈍感主人公っぽく返しておいた。あほくさ。

 スマホを放ってベッドに乗る。横になってスヤろうとすると、半開きだったドアが動いた。


「ひょこっ」


 不審者――みつきがドアの陰から顔をのぞかせた。自分で変な擬音をつけている。

 無視していると顔を引っ込めてまた出すを繰り返しだした。


「ひょこひょこっ」

「なんだようるさいな」

「入っていーい?」

「ダメ」


 結局勝手に入ってきた。言葉というものは本当に無力である。

 テーブルの上に凪が食いかけたお菓子の袋が置いてあるのが目にとまる。手にとってみつきに渡す。


「ワンパンマングミやるからあっちいけ」

「わーい」


 みつきはベッドのふちに背をもたれてグミを食べ始めた。

 本当に話を聞かない子。口をもぐつかせながら、振り返って尋ねてくる。


「今日どこ行ってきたの?」

「友達とちょっとね」

「何してきたの?」

「ちょっとね」


 意外に乗り切れた。なぜか深く突っ込んでこない。

 みつきは袋から取り出したグミを見せてきて、


「泰一もグミ食べる~?」

「いらない」

「あーん」

「あーん」


 条件反射的に口を開けてしまった。

 すかさずみつきがぽいっとグミを放ってきた。鼻にグミがぶつかった。


「いてっ。どこ投げてんだよへたくそ」


 みつきは無言で落ちたグミを拾った。また投げた。

 べちっと俺のほっぺたにぶつかってグミが跳ね返る。


「だからいてえよ」

「きゃはは」

「いやきゃははじゃねえよ」


 無邪気に笑っている。なんなのこの人逆に怖い。

 みつきはグミを拾って腕を振りかぶった。


「ダメでしょちゃんと食べないと」


 急に真顔に切り替わってこの無茶ぶり。いや無茶がすぎる。

 ……え? もしかしてなんか機嫌損ねてる?


「おやおや、みつきちゃんもしかして相手にしてもらえなくてすねてるのかなぁ~?」

「ち、違うし! 別にそういうんじゃないし!」

「そっかそっか~。じゃあ頭ナデナデしてやるからおいで~」

「やだよ~だ」


 やけに反抗的である。みつきは無理やり俺の口の中にグミを押し込むと、鼻息荒く立ち上がって部屋を出ていった。

 なんとか撃退した。引いてダメなら押してみろ作戦が功を奏した。いやほんと、近頃の幼なじみはよくわからんわ。

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