第20話 趣味は人間観察
「ほら見てください、めっちゃいいね来てますよ~」
『一人モスド。休日も孤独を噛みしめる』という文言が、テーブルの上の写真とともに投稿されている。今もちょいちょいリアクションがついている。
たしかにこの写真だと一人でいるように見える。がしかしこれは……。
「いや、ていうか嘘じゃん」
「え? いやその嘘っていうのとは違いますけど」
「ん? それはつまりあれか? 俺のことを一匹とかってカウントしてるってことか? 人として認識されてない?」
「だからこれはブランディングですから」
「ブランディング~?」
「キャラ作りみたいなものです。ぼっちの陰キャを装ったほうがウケがいいんです」
「またそれかよ。装うっていうかぼっちの陰キャじゃん」
黙った。茉白は黙ってスマホに視線を落とす。
「でもそれさ、でけえハンバーガーめっちゃ食うやんみたいに言われない?」
「ふふ、そこもギャップ狙いですよ。むしろそういうツッコミ待ちです」
「ほえ~」
いろいろ考えてるんだなあ。そうまでして何がしたいのかはようわからんが。
感心していると、またもうれしそうにスマホを見せびらかしてきた。
「ほら今フォロワーの人に無料クーポンもらっちゃいました~」
「おお、物乞いか」
「ちがいます支援です」
ムスッとしてスマホを引っ込められる。
また険悪になりそうだったので、ここは一度褒めてみることにした。
「わぁ茉白ちゃんすごーいフォロワーいっぱ~い」
「ふふん、そうでしょうそうでしょう」
「シェイクいいないいな~」
「いいでしょ~?」
急に得意げな顔だ。
さらに「シェイク飲みたーい」と言ったらクーポンで交換してきてくれた。
「わぁ茉白ちゃんありがと~。ぱちぱち」
「……ていうかなんでまた私がおごってるんですか」
席に戻ってきたときには茉白は真顔に戻っていた。途中で我に返ったらしい。
「だって僕お金ないもん」
「何を開き直ってるんですか。そんなんで情けないと思わないんですか?」
「今ないものを嘆いてもしょうがない。それよりも今あるものに目を向けようぜ」
「誰の財布に目向けてんですか」
ここは真人間らしく超ポジティブ思考だ。
お互い注文したものを食べ終わって、残りは俺がちびちびシェイクをすするだけになった。茉白のスマホいじりも落ち着いたようだ。対面で頬づえをつきながら、微笑ましく俺の様子を見守っている……ということはなく、視線はあさってのほうを見ている。
「さっきからなにをあっちこっち見てんの?」
「いえ別に……人間観察です。ただの趣味です」
で、出た~陰キャ特有の痛いやつ~と口からでかけるがこらえた。またどうせ不機嫌になる。茉白は奥のテーブルへ目配せをしながら、ぼそりと言う。
「さっきからヤバくないですかあのカップル。人前でベタベタして、ああいうのほんと無理」
何かと思えば若いカップルがポテトをあーんして食べさせあっている。
ちょっと前までの俺とみつきのことを言われているようだ。やったことあるのは内緒である。
「……ま、まあいいだろ。本人同士が幸せなら」
「いやいやTPOわきまえろって話ですよ」
「おい俺にケンカ売ってんのか」
「え? なにをキレてるんですか?」
ダメだキレてはいかん。今はもうやってないんだ。それに俺のことを言っているわけではない。
茉白のトレーの上には少しだけポテトが残っていた。手にとって鼻先に突きつけてやる。
「とかいってなんだ羨ましいのか? じゃあ俺があーんしてやるから。ほらあーん」
「ち、ちょっとや、やめてもらえます!?」
急に顔を赤くして声を荒らげた。そのまま席を立たんばかりの勢いだ。相当な拒否反応。ジョークジョークと落ち着かせる。
「……そういうの縁なさそうなくせに、なんか妙に手慣れてますよね」
ヤバイ熟練者だということがバレそうになっている。ていうか誰が女子に縁のない陰キャだよ。
残っていたポテトをかわりにむしゃむしゃ食らう。茉白は人間観察とやらに戻ったかと思えば、またも目配せをしてくる。
「あそこの二人、パパ活っぽいですよねなんか」
「いやいや、お父さんと娘かもしれないだろ」
「え~あれはそうは見えないですね絶対」
「将来パパ活してそうな人がよく言うよね~」
「今してるようなもんですけどね」
「誰がおっさんだよ」
というかむしろ俺が払わせてるんだが? ゴミ男なんだが?
「あーでも、今なんか思い出したんですけど……」
茉白は苦々しい顔になる。
「中学のとき一回だけ断りきれなくて、先輩の人とデートらしきものをしたことあるんです。その人俺が出すよ、とか言ってカッコつけてたんですけど、でもバイトしてるわけでもないし、それって親からもらったお金じゃ? とか思っちゃって」
「まぁ親から金がもらえるだけステータスだからな。小遣いカットされてるやつとどっちがいい?」
「……それって誰のことですか?」
「いや特に誰っていうアレはないけどたとえでね?」
茉白は黙ってしまった。
どうやら論破したようだが自分で言ってて悲しくなってきた。
そしてついにシェイクも飲み終わってしまった。さてこのあとってどうしたらいいんだろう、と顔色をうかがう。茉白はまたも人間観察中のようだったが、突然うつむいて口元を抑えた。
何事かと振り返ると、手を繋いだ男女がカウンターの列に並んでいた。片方が制服で片方が学校ジャージというなかなかに目立つ組み合わせだ。よくよく見ると俺が通っていた中学のものだ。
茉白が声をひそめる。
「ちょジャージ? やば、ラブラブじゃないですか、どこ中ですかあれ。くすくす」
「まあまあ、微笑ましいじゃないの」
「いやウケるんですけど、『ちょなんか入ってきたんですけど』って写真撮って上げたいぐらい……」
「おい、お前それやめろいい加減」
気づけば話を遮っていた。あっけにとられた顔に向かって言う。
「さっきからあれがダメこれがダメって……なんだって別にいいだろ、お前になにか迷惑かけたか?」
茉白の表情から笑みが消えた。視線が泳いで、テーブルの上で止まった。
「迷惑っていうか……視界が汚れるじゃないですか」
「別に見なきゃいいだろ。勝手に陰口たれてるやつのほうがよっぽど汚えだろ」
正面から罵倒されるぶんには構わない。俺に余計な気遣いはいらない。だけど陰でコソコソ言うのはどうも気に入らない。
「な、なんですか、そこまで、言わなくても……」
その今にも消え入りそうな声で、俺は我に返る。
うつむいた茉白は、テーブルの上で組んでいた指をぎゅっと握った。口元が歪んで、わずかに震えている。
あっ……これは、ヤバイ。
「な、なーんて、みたいなことを思う人もいるかもしれないからね!」
とっさにごまかすが、時すでに遅し。
茉白は無言で立ち上がっていた。そして一言も発せず、そのまま足早に店を出ていった。
それから約一時間後、俺は早くも帰宅していた。
もしかしたら茉白が戻ってくるかと思ってしばらくそのまま席で待っていたが、一向にその気配はなかった。マジで帰ったらしかった。しょっぱなからずっと怪しい雰囲気ではあったがまさかガチで帰るとは。なので俺も帰ってきた。ちょっと早めの昼飯食べてきただけ。
「あれれ? 早かったね~?」
「まぁ途中でうんこしたくなってね」
リビングにいたみつきに声をかけられた。適当にごまかして部屋に戻る。
ていうかなんで我が物顔してうちのリビングでのほほんとお茶してんだよ。
自室にて、真人間反省タイムに入る。
自分から遊びに誘うも当日ガン遅刻しノープランで現れ、あれこれおごってもらいつつも突如ガチギレするという、字面だけ見るとかなりヤバイ。
いやキレたというか本当は「お前そういうのもうやめろよ~ハハハ」みたいなノリのつもりだった。ちょい反論されたからこっちも火がついちゃったというか。
とはいえ向こうにもまったく非がなかったとも言い切れない。割合で言えばだいたい7・3……まあ6・4ぐらいかな。しかし真人間はたとえ自分が悪くなくても折れなくてはいけない。ここはなんとかアフターフォローをな。
先程はたいへん申し訳ございませんでした。とラインでメッセージを送る。
これも前回俺が半ば強引にIDを交換したものだが、もしやすでにブロックされているかもしれない。
ビビりながら画面を見つめて待っていると、わりとすぐに既読がついて返信があった。
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