第19話 論破デート

 翌日はあいにくの空模様だった。今にも降り出しそうな重たい雲の下を、俺は全速力でチャリをこいで、駅前の駐輪場へと乗り付けた。自宅を出てから約十分。過去最高記録が出た。


 変なオブジェの立っている駅前広場へ。茉白との待ち合わせの場所だ。

 天気が悪いせいか人の影はまばら。あたりを見渡しながら歩くと、それらしい姿を見つけた。細っこいズボンにパーカー。そしてキャップをかぶっている。だいぶイメージとはかけ離れた格好だ。律儀にも約束通り謎オブジェの前にたたずんでいる。

 近づいていって顔を確認する。むすっとした表情の茉白と目が合った。

 やれやれ、なんとか間に合わなかった。


「よっ、待ったか?」

「『よっ、待ったか』じゃないですよ。あと五分遅かったから帰ろうと思ってたとこですけど」

「ごめんなさいゆるして」


 時間より計30分ぐらい遅れた。ていうか茉白に電話で起こされた。

「今ってどのへんにいますか?(半ギレ)」「えっと……べ、ベッドの上?」みたいなやりとりをした。


「なんかあれね、思ってたのと違うね」


 茉白のなりを見て、素直な感想を口にする。似合ってないわけではないのだが予想と違うというか。

 俺の視線に気づいたのか、茉白はわずかに顔をうつむかせて、


「……あ、あんまりじろじろ見ないでください」

「わ~髪きれ~さらさら~」

「ちょ、ちょっと! な、何勝手に触ってるんですか!」


 ご機嫌を取ろうとしたらめちゃめちゃ怒られた。みつきにやるノリでいるとこうなるらしい。

 茉白は身を翻して後ずさりをすると、手で帽子のつばを下げながら、


「そういうのやめてもらえます? まったくもう……」

「なんていうか、まるで俺と一緒のところを見られるとまずいみたいな格好ね」

「ええまあ、おいしくはないですね」


 やはり遅刻がまずかったのか、しょっぱなから険悪な雰囲気である。

 茉白は一定の距離を保ちながら、いぶかしげな目を向けてくる。


「そっちこそ、その格好……」

「母親がかっこいい服を全部洗ってしまってね」

「なんですかそのかっこいい服って。てかその靴もどうなんですか? そういうのって足元を見ればだいたい分かるんですけどね」

「いや俺うんことか踏んでないから」

「そういう次元の話はしてませんが」


 ダン○ップの靴が陰キャとか偏見もいいとこだろ。

 ちなみにダン○ップっぽい靴だが実際はダン○ップですらない。どっかで真奈美が買ってきたやつ。


「なんかもう全体的にセンスが……」

「いやセンスっていうか、俺が自分で選んだやつじゃないから」

「もっとタチ悪いやつじゃないですか」


 あんまりみつきと真奈美の悪口を言うな。俺の服を選んだのは主にあいつらだ。


「それで……どこに連れてってくれるんですか?」

「えっ、どこに? 別にどこっていうあれはないっすけど……」

「は?」


 あ、これちゃんと考えておかないとダメだったやつ?

 けど俺は何時にどこどこ、とかそういう時間に縛られるのが嫌いでね。時間を守るのが苦手とも言う。


「そ、それはほら、茉白ちゃんが行きたいっていうとこに行こうと思って」


 とっさに出たが我ながらうまい返しだ。

 かと思いきや茉白ははいそれ地雷みたいな顔をした。


「それなら事前に聞いてください。それにそうやって相手に丸投げするのもどうかと思いますけど」

「ちょ、めっちゃダメ出しするじゃん自分~」


 ここらで明るいノリを見せていこうと思ったのに茉白はにこりともしない。

 黙ったまま真顔で見つめられると変な迫力がある。なんか威厳すら感じる。つい土下座してしまいそうになる。


「ま、まあいいじゃないの、なら試しになんか言ってみて」

「じゃあ……映画とか?」

「うーん、別に俺今見てえ映画ないしな」

「ショッピングとか……」

「金ねえしなぁ。あ、ゲーム買ってくれる?」

「帰ります」


 くるりと背を向けられたので慌てて引き止める。


「ちょ、ちょい待って! 冗談だよ冗談!」

「笑えないんですけど。そもそも誘ってきたのそっちですよね? ならちゃんと自分で決めてもらえます?」

「いやなんかそういう堅苦しいのってあれじゃん? こう適当にブラブラしてさ……」

「適当に~? つきあわされる身にもなってください」

「え? でもOKって言いましたよね? 嫌ならいいけどって言いましたよね?」


 誘った段階ではどこで何をするとか何も言っていない。。

 だからそういうノリでオッケーだと思ったのだ。それなのにここにきてあれこれケチを付けてくるとなると……。


「あれれ? ということは、茉白ちゃんはがっつりデートのつもりで来ちゃったのかな? もしかして泰一くんとデートしたかった?」

「そ、そんなわけないでしょうが! だ、だから! で、デートみたいに見えるじゃないですか周りからは!」

「自意識過剰だろ。そんなんいちいち気にしてないって」

「意外と見られたりしますよ? 変な寝癖立ってるしシャツよれよれだし……あーもうちょっと隣歩くのもキツイんですけど」

「じゃあ後ろ歩けばいいじゃん」


 はい論破。

 仮にデートなのだとしたら、のっけから相手を煽って論破するのはいかがなものかとは思うが。

 こんな調子ではいかん、みつきとしゃべっているのではないのだ。


「いや違うんだこれは、長年のアレというか癖というか、つい論破してしまいたくなるっていう……」

「……まあいいです。いちおうスマホを拾ってくれた恩っていうのがあるんで」

「おお、そうだそれだよ。恩人恩人」

「そうです、だから今日は恩返しでしかたなく来たようなもんです」


 すっかり忘れていたが俺は命の恩人なんだった。

 恩人っぽかったの出会って最初の数分だけだったよね。


「あ、ほら雨降ってきちゃいましたよ、どうするんですか」

「とりあえず腹減ったからなんか食おう。あそこのモスド行こうぜモスド」


 起きてすぐ急いで来たため何も食べていない。

 ここは男らしく俺が先陣を切って近場のファーストフード店へ。一瞬すごい嫌そうな顔をされたが気にしない。


 まだ昼には少し早いせいか、店内はわりとすいていた。カウンターの前に並ぶ。ここでも男らしく俺が先に注文をする。

 しかしお会計……と言われてポケットに手を入れて、はっとなった。俺は茉白を振り返った。


「財布忘れた」

「は?」


 ぽかんと口を開けて固まってしまった。

 前に向き直ると、店員さんが笑顔のまま圧をかけてくる。財布忘れ顔で応戦するも、スマイルを崩さない。なんか怖い、スマイル怖い。

 店員スマイルに恐れおののいていると、脇から千円札が差し出された。茉白は目も合わせずにすまし顔で言う。


「これでスマホ拾ってもらったぶんはチャラですね」

「茉白ちゃん……」

「……その茉白ちゃんっていうのやめてもらっていいですか?」

「やっぱり天使じゃん……」

「こういうときだけそうやって言うのやめてもらっていいですか?」


 前回爆笑しかけたことは謝罪しよう。

 しかし実はこの程度ではまだまだみつきの足元にも及ばない。これで天使ならみつきは神をも超越している。

 注文を終えて席につく。しばらくして頼んだものが運ばれてきた。俺のダブルサイズのハンバーガーセットに対し、茉白は小サイズのポテトと小さいコーヒーだけ。


「大丈夫? それで足りる?」

「そんなお腹へってないんで」


 それきり茉白は無言で食べ始めた。俺が連続で地雷を踏んでいるせいか、なにやらご機嫌斜めっぽい。にしてもこのつんとした感じはだいぶ雰囲気ある。周りを重苦しくさせるオーラを放っている。いつも学校でこんな調子なのだとすると、そのへんの野郎どもでは話しかけることもできないだろう。ここはひとつ小粋な真人間トークで場をなごませることにする。


「あのさ、泰一くんの滑らない話聞きたい? ちょい長くなるけど」

「いいです。……ちょっとスマホ見てもいいですか?」

「え? いいよ全然全然、好きに見てもらって。や~いい子ね~そういう気遣いもできるのね」


 もう無言でスマホかと思ったが意外だ。

 感心して素直に褒めると、ちょっとだけ硬い表情が緩んだ。

 茉白はスマホを取り出して指ですいすいとやりだす。しばらくするとテーブルに向かってスマホのカメラをかざしだした。飲み物とポテトの位置を動かして、何やら思案しているようだったが、


「その箱貸してください」

「へ?」

「あとちょっと下がってください」


 カメラに写らないようにしろ、という。

 茉白はでかいハンバーガーの入っていた箱を自分のトレーに移して写真を撮った。その後またしばらくスマホをいじっていたかと思うと、急にニコニコになって画面を見せてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る