第17話 ファッション陰キャ

 数分後、俺たちは昨日と同じ階段上の謎スペースに集合していた。たぶんここだろうと思って来てみたらいた。

 最上段の踊り場に腰を落ち着け、弁当箱を膝に乗せた茉白と改めて昼食を取る。


「はぁ~もう、いきなり教室来るとかありえないんですけど……」


 茉白が何度目かのため息をつく。

 そうは言うが俺としてはこんな大事になるとは思っていなかった。

 ぼっち陰キャ同士がこそこそ隅っこで飯を食ってようと、誰も気にしないだろうと思っていたのだ。

 俺はおにぎりを頬張りながら言う。


「あんだけ話しかけてくる人いるなら、別に教室で食えばいいじゃん」


 茉白はうんともすんとも言わず、箸を口に運ぶ。階段に対して斜めに腰掛けており、微妙にそっぽ向かれているのがポイント。

 ずいぶんな間を置いて、茉白はやっと口を開いた。


「いやあの、私って、その……結構、かわいいじゃないですか」


 いきなり自画自賛を始めた。

 即否定してやりたいところだが、先ほど窓際でたそがれている姿はだいぶ雰囲気があった。あくまで見た目だけはだが。


「こう見えてモテるんです。前からずっとモテてきて……周りから勝手に天使とか女神とかって言われてました」


 吹き出しそうになったが真面目にしゃべっているっぽいのでやめておく。


「……何笑ってるんですか?」

「え? うそ笑ってた? そう見えたらごめんね」


 こらえきれてなかったらしい。先を促す。


「でも私本当はそんな、天使とかっていうガラじゃなくて……」

「うん、そうだね!」


 睨まれた。さわやかに相づちを打っただけなのに。


「みんな勝手な幻想をいだいて勝手な想像してるんですよ。ろくにしゃべったこともないのに告ってくる人とかいて。もちろんそんな人、振るしかないじゃないですか。そしたら俺も玉砕した、俺も玉砕した、ってなんか、ネタみたいにされて……嫌で」


 話しながら気分が乗ってきたのか、だんだんと声に感情がこもっていく。


「だから今はもう、そういうの巻き込まれたくないんで。話しかけないでくださいオーラを出してるんで」


 つまりあれか、さっきは俺が話しかけたことにより様子をうかがっていた奴らがぞろぞろ来たパターンか。たしかに俺ですらやっぱり帰ろうかと思ったぐらいには結界強めだった。


「まあだいたい話はわかった。つまり学園の天使だか女神だかマドンナだかジェニファーだか言われてるのかしらんけど、高校生活のスタートに失敗してひねくれていると」

「いやあの、スタートからっていうか、中学からの持ち上がりで、もう勝手に噂されてて……。それと学校始まってすぐ、五月病ならぬ四月病が発生しまして……学校休みがちで」


 四月病とか俺より重病じゃねえかよ。

 しかも天使とか女神とか中二病も入ってるじゃん。


「ていうか俺の中では最初っからまったく天使感がないんだが?」

「そ、それは……だってなんか、私もスマホなくして焦ってて、素だったっていうか……。あと、それと……」

「それと?」

「……いえ、なんでもないです」


 その微妙に含みをもたせる感じは何? 俺が見るからにクズだったから気兼ねなく素を出せた、とか言うんじゃないだろうな。


「だいたい何が天使だよ、うぬぼれるな。ていうか俺はそんなの知らんから。それって、単なる被害妄想みたいなもんだろ?」

「ひ、被害妄想……?」

「俺の中でお前は、しょーもないエロ垢もどきでおっさん釣ってるぼっちの根暗女だから。で、あとちょっとかわいいからってイキってマウントとってくる勘違いちゃん。これでいいか」


 それ以上でも以下でもない。俺の中ではそういう評価だ。

 じっと見つめると、茉白は驚いたように瞳をまたたかせた。そして頬を緩ませて笑った。


「……いいです、それで」

「いやいいんかい」


 よっぽどブチ切れられるかと思ったが、近頃の若い娘はよくわからん。

 今までの俺ならこれではいさよならなのだが、真人間たるもの理解不能だからと言って見捨てたりはしない。俺は真人間説得モードに入る。


「まあしょうがないさ。俺もお前もダメ。今はそれを認めよう。そこから始めよう」

「黒野さんと一緒にされるのは心外なんですけど」

「わかるよ、うん。これから一緒に真人間を目指そう。なあまっしー」

「だからなんですかその真人間って。ていうかまっしーって言うな」

「要するにちゃんとした友達がいないんだろ? じゃあ俺が遊んでやるからさ」


 あっとこれはお前が言うなの真人間右ストレート。

 俺に休日に遊びに出かけるような友達と呼べる友達はいない。みつきがいるから必要がなかったのだ。

 しかし友達と遊びに行くというのは、真人間として当然乗り越えるべきハードルであるからして。


「あ、遊ぶって……い、いつですか?」

「んー? まぁ休みならいつでも……明日とか?」

「あ、あした? いきなり明日って……けどふ、二人で遊ぶって、そ、それってつまり……」

「まぁそう堅苦しく考えんなよ。嫌ならいいけど」


 俺としては「お~いまっしー野球しようぜ!」みたいなノリだと助かる。

 茉白は急にスマホを取り出して、何やらいじり始めた。ぼっちのくせにスケジュールを確認しているのか。いや確認するふりでもしているのか。


「いきなり明日とか、ふつーはありえないですけど……明日はちょうど、たまたま偶然空いてたんで……」

「はいはい、たまたまね」

「ま、まあそこまで言うなら、しょうがないですねえ~……」


 半分冗談だったが通ってしまってびっくりだ。

 どうやらこの子も真人間を目指したかったらしい。ならば多少煽られようが、そう邪険にすることもないだろう。仲間はいるに越したことはない。

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