第16話 ムダに美少女

 昼休みになる。さあ昼飯だ。

 俺は今日も今日とて、人がいなそうな場所を探して……などという情けないことはもうしない。一応恭一とはそれなりに仲良くなったので、同じく教室でぼっち飯を食らっている彼のところに行けばとりあえず昼飯問題は解決だ。


 ……が、俺はそうはせずに手作りのおにぎりを持って教室を出た。

 向かうは昨日のぼっち飯女……茉白のいる教室だ。

 彼女は今日もあのほこりっぽい臭い場所でひとりボッチ飯をするのだろう。昨日はなんやかやバトったが、かわいそうなので俺が行ってやることにした。このように真人間は弱者にも優しい。


 茉白はたしか三組と言っていた。俺は躊躇なく乗り込んで行って、姿を探す。

 もう教室から逃げたあとかと思ったが、いた。窓際の真ん中らへんの席だった。

 茉白はひとり、物憂げに窓の外を眺めていた。こうして遠くから見ると、ムダに美少女感があって別人のようだ。茉白の周辺だけ空気感が違うというか。そして話しかけるなオーラがすごい。なのでこちらはテンション高めのギャルJKで行くことにした。


「茉白ちゃんお待た~」


 笑顔で手を振りながら席に近づく。しかしガン無視されている。というか気づかれていない。茉白は頬杖をついてずっと外を眺めている。こうして見ると、横顔のラインが美しい。そしてやはり肌が白い。


「茉白ちゃーん?」


 もう一回呼んでみる。わずかに茉白の視線が動いた。かと思うと、目を大きく見開いて固まった。


「……は?」

「や~話しかけんなオーラすごいからやっぱ帰ろうかと思っちゃった~」

「え……え?」


 茉白は俺を見つめたまま呆然としている。

 言葉が出ないぐらいに驚いているようだったが、


「なっ……な、な、なんです、か?」

「いやぼっちでかわいそうだから俺が一緒にご飯食べてあげようと思って」


「は? 余計なお世話なんですけどウザいんですけど」とか辛辣に返されるかと思ったが、茉白は顔を真赤にして口をあうあうさせている。急に萌えキャラ。


「えっ、いやっ、あのちょ、ちょっと……」


 黒目をキョロキョロとさせて、やたらと周りを気にしているようだ。

 どうせぼっちなら周りのことなんてどうでもいいと思うのだが。

 俺はちょうど空いていた前の席に腰掛けると、茉白の机の上に持参したおにぎりを置く。アルミホイルに包んだデカめのやつ二つだ。


「今日は自分でおにぎり作ってきたんだぞい」


 泰一くんえらい。その代わり今日はみつき弁当はなし。

 みつきに見つかったら栄養偏りすぎとか絶対に文句言われそうだが。


「今日弁当? 食わんの?」


 おにぎりを頬張りながら尋ねると、茉白は黙ってカバンから小さめのランチバッグを取り出した。しかし終始動作がぎこちない。そして表情が固い。バッグを机に置いて、めちゃめちゃなにか言いたげな視線を向けてくる。


 そんなふうに見つめられるとさすがの俺もどきりとしてしまう。明るい場所で改めて見ると、恐ろしいまでに顔つきが整っている。癖がないというか、透明感のある美人とでも言おうか。正直なぜぼっちをやっているのか首を傾げるレベル。


「桜木さん、あのさ……」


 そのとき唐突に横合いから声がかかった。

 クラスの男子らしい。黒縁メガネのちょっと頭良さげな感じである。なんとなく委員長とかやってそう。


「連休前もけっこう休んでたみたいだけど……ノートとか大丈夫?」


 若干俺にケツを向けながら茉白に話しかけている。

 俺が朝バトりかけたじゃんけん後出し野郎とは違い、普通に真面目な人っぽい。

 茉白は一度顔を上げたが、すぐに目をそらしてうつむいた。


「え、えっと……大丈夫です、すみません」


 同級生にも敬語がデフォ。

 どうやら俺が神々しいあまりに敬語になっていたわけではないらしい。

 それに聞き取れないぐらい声が小さい。昨日はわちゃわちゃ騒いでいた気がするのだが。


「あ、桜木さん気をつけてね、こいつ親切そうな顔して悪いやつだから」


 別の男子がさらに横から口を出してくる。お仲間のようだ。


「ノートだったら俺も貸すよ~? ラインID付きで」

「ふはは、お前のとかいらね~」


 なんか知らんが男子が続々と集まってくる。リアルフォロワーも多い人だったらしい。なんだボッチじゃなくて本当にキャラ作りだったのか。

 中身はともかく、見た目は美人だしカーストレベルも高いに違いない。それもそうか。おかしいとは思った。心配して損した。

 これなら俺の出る幕はなさそうだ。おとなしく立ち去ることにする。


「じゃ僕はこれで」


 おにぎりを回収して席を離れようとすると、ぐっとつっかかりを覚える。

 振り返ると、茉白が腕を伸ばして俺の上着の裾を掴んでいた。


「ち、ちょっと、いかないで、ください」


 そんなふうにされると俺のほうにみんなの注目が……。と言うかがっつり視線を浴びている。俺は目立ちたくない系の陰キャなのでこれは困る。


「やめろよ目立っちゃうだろ目立ちたくないのに」

「な、なんですか急にそのキャラ。自分から来たくせに……」

「友達いるなら別にもういいかなって。じゃあなファッション陰キャ」

「や、だから、これはっ……」


 振りほどこうとするが、茉白はなぜか手を離そうとしない。

 すると先ほどのノート男子がいきなり俺の前に立ちふさがった。


「ねえ、やめない? 桜木さん困ってるけど」


 え? なんで俺がキレられてるん?


「いや俺のほうが困ってるんですけど?」

「そっちが押しかけてきたんだろ」

「あ、失礼しました。もういいです。どうぞどうぞ、さしあげますので」


 茉白の手をほどくと、体をどかしてポジションを譲る。

 当の茉白はなにか言いたげにじっと上目遣いをしてくる。が、俺はエスパーではないので何をどうしてほしいのかわかるはずもなく。

 俺は茉白の目に向かって言う。


「なんなの? 言いたいことあるならはっきり言えよ」

「おいだからやめろよ、お前知ってるぞ黒野ってやつだろ」

「は? だからなんだよ? ていうかお前は誰だよ」


 横槍がしつこくてキレかけてしまう。我ながら沸点低すぎるぅ。

 俺のことをクソゴミダメ人間だと聞いていてイチャモンつけてきているのか知らんが、俺はこんな奴知らん。


 謎のにらみ合いになっていると、周りがざわつきだしていよいよ注目を浴び始めた。

 もはや目立ちたくない陰キャとか言っている場合ではない。このノート貸したい黒縁メガネくんに人望があるのか、なんとなく周りからも敵意を向けられている気がする。


「ちょ、ちょっと、で、出ましょう……」


 茉白がランチバッグを抱えて突然席を立ち上がった。俺に向かってこそっと言ったのがかろうじて聞こえた。茉白は脇目もふらず、足早に教室を出ていった。

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