第15話 もう放っておいて
ぐいっと肩を持ってかれる。振り向かされる。胸ぐらをつかまれる。すごいデジャブ。
思った通りだった。いつの間にか現れた杏奈が、鬼の形相で俺を睨んでいた。
「手ぇ離しなよ!」
「アッ、こ、これは違くてですね……」
ビビって陰キャ丸出しの弁解を始める俺。
しかしその矢先、べちん! と音がして視界がブレる。鼻先がツンとなる。
ぶ、ぶたれた……? 親父にもぶたれたことないのに。母親にはぶたれたことあるけど。
ヒッ、殺されると感じたそのとき、横合いから甲高い声が飛んだ。
「やめてくれ杏奈ちゃん!」
意外にも恭一くんが体を張って止めに入ってきた。
しかしすっかりボルテージの上がった杏奈に「どいて!」で簡単に押しのけられている。弱すぎ。
やばい今日こそ蹴られる、足で踏まれる……と覚悟を決めると、
「や、やめてくださいー!」
突然何者かが、杏奈の背後から腕を回して抱きついた。
慌てているようで間の抜けたなんかすごい変な声。めちゃめちゃ聞き覚えのある声。
「えっ、え? ちょっと!」
何者かの乱入にさすがの杏奈も焦りだした。
腰にしがみつく不審者を振りほどこうとするが、バランスを崩して床に倒される。
「痛っ、ちょ、ちょっと危なっ、だ、誰!?」
「んんん~~!!」
いったい誰かと思ったらみつきだった。ぎゅっと目を閉じて杏奈の腰元にしがみついている。イメージはなんとなく暴走する牛。そこはかとなく総合格闘の動き。にしてもいきなり出てきて何をやってるんだこいつは。
「おいみつき、危ないからほら、離れろ離れろ!」
「ん~~!!」
いや「ん~!」じゃなくて。どうやら周りが見えてないっぽい。危険だし引き剥がそう。
めくれそうになっているスカートを戻しつつ、背後からみつきの腰を引っ張る。
ちょうどお尻が下腹部に当たってしまう。服越しでも形がわかるほどの弾力。
らちが明かないので羽交い締めにしようとすると、はずみでもろに胸を揉みしだいてしまいフルパワー痴漢しているように見えなくもないがこれは不可抗力。やっとのことで引き剥がしに成功。したかと思うと、みつきが猛烈な勢いで振り向いた。顔が真っ赤……と思った瞬間、ベチン! という音がして、顔面に痛みが走った。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
杏奈が俺に向かって平謝りをする。
教室で注目を浴びてしまっていたので、人目のない廊下まで逃げてきた。恭一が経緯を説明すると、すぐにこの有様。杏奈が首をうなだれる横で、一緒に恭一も頭を下げてくる。
「僕からもその……ごめん。ありがとう」
「いやお前に謝られる筋合いはない」
何やら俺がうざ絡みするやつらから助けてくれた、という話をしていたが、それはそれでなにか誤解をしている。残念ながら俺は普通にキレただけだった。これは反省しなくてはいけない。真人間を目指す身としては完全に失格である。
「黒野ごめん。あたし、また早とちりしちゃって……」
「ほんとだよ。今回はパンツ見せるどこじゃすまねえぞ」
真人間は相手の過失を必要以上に詰めたりはしない。
いきなりビンタされてめちゃめちゃビビったが、今はこうして小粋なジョークで場を和ませる余裕がある。
「パンツ見せるって何?」
すかさずみつきが横から口を挟んできた。そういえばいたんだった。
すげえ圧を感じる。顔近い。近い近い。
「い、いやあれだ、俺がパンツを見せて許してもらうんだ」
「……なにそれ?」
なんとかごまかした。
みつきが心配そうに顔を覗き込んできて、俺の頬に手を触れてくる。
「ごめんね大丈夫? いたかったね~?」
「お前のへなちょこビンタなんて全然効いてないから」
「でも手の形に赤くなってるよ? マンガみたいに」
「おっぱい触られて強ビンタとかお前だよマンガキャラは。なにしに現れたんだよ」
「あぁんごめんってばぁ」
どけ、とみつきを押しのける。
どうやらまた俺のことを陰から観察していたようだが……。しかし立て続けに顔面張られてもうほんとご褒美だよ。二人して左頬ばっか狙うんじゃねえよ。
「……杏奈ちゃんも僕のことなんて赤の他人だと思ってさ、もう放っておいてくれればいいよ」
「や~でも、いとこだってもうみんなにバレてるし。ま、それはあたしが言っちゃったのが悪いんだけど……」
「僕のせいで、杏奈ちゃんまで変なふうに言われて……」
かたや恭一と杏奈がやたら湿っぽい雰囲気になっている。
無関係のはずのみつきが、隣で感慨深げにうなずく。
「……いや、なんでお前こっち側で頷いてんの?」
「え? なんかいい話だなぁって思って」
別にいい話ではない。やっぱりわかってないっぽい。
けどそれがいい話だというのならこちらもかぶせていく。
「みつきちゃんだって僕のことなんて放っておいてくれればいいよ」
「今日大丈夫だった? 自転車」
「いやそれがマジで途中で変な道入っちゃってさ、どこだよここって泣きそうだったわ」
「そうだったんだ~。怖かったねよしよし~」
手を伸ばして頭を撫でようとしてきたので、スウェーで身をかわす。するとみつきは「おっ、やるか~?」と両手をパーにして身構えた。なんとかして頭を撫でようとじりじり迫ってくる。完全にふざけはじめた。
「で、なんで隣でイチャイチャしてんの?」
杏奈が冷めた視線を送ってくるが、おかまいなしにみつきの手が頭をなでてくる。腕をつかんでのける。
「ねえ誰なの? 紹介してよ」
この前まで教室でしょっちゅう俺と飯を食っていたが、あんまり見ていなかったらしい。視界狭そうなタイプだからな。
杏奈は無理やり間に入ってきて、
「みつきちゃんっていうの? かわいいね。てかおっぱい大きいね。さっき抱きつかれてめっちゃ柔らかかった」
セクハラ発言はNG。
案の定みつきは顔を赤くしながら、警戒心をあらわにする。
「あの……あなたはなんなんですか?」
「え? なんなんですかって言われても……」
「あの、暴力的なのはよくないと思います!」
「……それあんたが言う?」
いきなり背後からテイクダウン取ったり俺にビンタかましたりと、よほど荒ぶっている。
正直杏奈よりみつきのビンタのほうが重かった。
「まあまあいいじゃん、仲良くしようよ仲良く~」
「そ、その髪とか、校則違反ですよね! そういう人とは仲良くなれないです!」
みつきは意外にガンガン突っぱねていく。
そのへんの陰キャなら、「あ、は、はいフヒヒ……」みたいに媚びへつらっていくところだ。しかしそれが変なポイントを刺激してしまったのか、杏奈はうれしそうににじり寄っていく。
「すんすん、はぁ、いいニオイするぅ~……」
「ち、近寄らないでください!」
「まぁそう嫌がりなさんなって~」
ベタベタ体を触っていく。みつきは顔真っ赤にして抵抗。杏奈は手慣れているのか、いい感じに背後から腕を回して顔を近づけていく。これは目の保養。いいぞもっとやれ。
視聴モードに入っていると、その横でじっと床を見つめたままの恭一が目に入る。この落差。近づいて辛気臭い背中を叩く。
「あの二人いい感じだぞ。目に焼き付けておかないと損だぞ」
「黒野くんの言うとおりだよね。僕、口ばっかりで……」
「もういいよシンジくんかよお前は。ケンカ強くなれとは言わないけどさあ、せめてメンタルで負けんなよ」
「う、うん……」
かっこよく決まった。さすが真人間を目指す男の言葉には重みがある。恭一くんからもなにやら尊敬したような眼差しを向けられる。
これでみつきもちょっとは俺のことを見直したかもしれない。一応友達っぽい感じになったし、杏奈からの頼みもそれなりに果たした。ちらりと女子たちのリアクションを伺う。
「ち、ちょっとやめてください! だからなんで触るんですか!」
「いいじゃんいいじゃーん」
全然こっち見てねえし。
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