第14話 リアル路線
真人間を目指す男の朝は早い。
早くも俺はひとりでの登校に成功していた。宣言通り即座にバス通をやめ、学校までチャリをこいだ。心配するみつきをぶっちぎっての出立。
途中道を間違えてみつきに電話しようかと思ったが、俺にはスマホという文明の利器がある。カーナビならぬチャリナビである。ナビをさせているとボロスマホが異様に熱を持ち出し、充電が速攻でなくなりだしてヒヤッヒヤだったがなんとか学校に到着することができた。
本当はチャリ通に切り替えるにはなんか申請とかしないとダメらしいがそれはおいおいすればいい。とにもかくにも行動だ。勢いに乗った俺は、教室に入っていくなり目についた読書少年に話しかけていく。これは昨日の杏奈との約束だ。ここでも有言実行である。
「おっす泰一くんだぞ」
恭一は今日も最前列の自分の席で一人、本を読んでいた。
俺が声をかけると、わずかに目線を上げる。無視されていないあたり、明らかに昨日より前進している。
「今日はどんなエロ本を読んでるんだい?」
恭一は「はぁ……」とわざとらしくため息を吐いた。
せっかく話しかけてやったというのに歩み寄る気はないらしい。まあこのぐらいは想定の範囲内だ。つぎのフェイズに移る。
「そのメガネってどんだけ度入ってんの?」
「え? いや、結構キツイけど……」
「ちょっと貸して貸して」
人のメガネを奪ってかけるという、あえてのクソウザムーブをかましていく。
「ちょ……おいこのメガネ、みんな裸に見えるぞ!」
昨晩練りに練ったネタを炸裂させる。。
冷めた陰キャくんも爆笑間違いなし。これで一気に距離が縮まるに違いない。
「わかったからメガネ返してよ」
かと思いきやこの真顔である。
メガネをかけ直して、「ほ、ほんとだ男子だけ服が透けて見える!」とか乗っかってくれてもいいんじゃないかと思う。
完全に俺が滑った感じになったので、おとなしくメガネを返して自分の席に戻った。つぎのネタを練るべくいったん仕切り直しだ。
充電のヤバイスマホを駆使してネタを探す。途中アイドルが炎上したとかいうニュース記事に気を取られていると、
「右肩鍛えてこうぜ」
「地震だ地震だ~」
いつの間にか恭一が謎の男子二人組に絡まれていた。
ひとりがえんえん恭一に弱めの肩パンを繰り返し、もう片方が机の上に腰掛けてガタガタ揺らしている。一瞬小学生かと思った。
ていうかあの肩パンしてるやつ、委員会決めのときに俺に後出しじゃんけんかましたやつじゃん。
「ちょっと島田やめなよ、相川くんかわいそうでしょ~」
「あ、すいません、ちょっとこいつ机揺らさないとダメな病気なんです」
「なにそれやばいやつじゃん、きゃはは」
とまあ、周りの女子もそんなノリである。本気で助ける気はないらしい。
このクラス、というか高校に入った途端、こういう輩がやたら増えた気がする。女子の視線を気にしてか知らんが、変なノリでマウント取りたがるやつが多い。
最初が肝心なのだろう。振る舞い方でその後のクラスのポジションが決まるのか知らんが、やたらギスギスしてる感があった。まあ俺はそういう争いからは完全に降りていたわけだが。
「よし、今までのダメージ一発返して来い!」
「おっ、やってやれやってやれ。相川くんのガチパンチ見てみたいぞ」
ひとりが恭一に向かって「殴ってこい」と肩を差し出して構える。お寒いノリ。
しかし杏奈もこういうやつらを半殺しにしろよ。ていうかこいつらこそ殺されるぞ。内心おののきつつも教室を見渡すが杏奈の姿がない。どこかに出払っているのか、まだ登校してきていないのか。
「あ、はは……。僕はいいよ、そういうのは……」
当の恭一は変な愛想笑いを浮かべるばかりだ。俺のときと態度が違うんだが。
「相川って宮園と親戚なんだろ? 一緒に住んでるとかって」
「ってことは風呂とか一緒に入ってんのか~?」
マジかよ。俺とみつきですらそんなことしないぞ。
ふたりが親戚、というのは俺が知らなかっただけでわりと知られているらしい。
「そ、そんなことしてないって! 一緒に住んでるんじゃなくて、家が近いだけでふだんは会わないし……」
「めっちゃ早口やん」
「勝手にパンツ盗んでそう」
ぎゃははは、と笑いが起こる。
ずいぶん言われ放題だけども、さあどうするんだ恭一くん。
「や、やってないってそんなこと……」
恭一は聞こえるか聞こえないかぐらいの声で、ボソボソと言う。
……はあ? なんだそれ?
人と群れる必要ないって言ってるぐらいだから、てっきり辛辣に返すのかと思ったら。
ここで陰キャが陽キャもどきを隠された力でボコってスカっとするんじゃねえのかよ。もしくは完膚なきまでに論破するんじゃねえのかよ。リアル路線やめろよ。
「どっちかというと偶然男といたしてるのを見てしまって脳破壊ルートだろ」
「え、宮園ってそうなん? やっぱそういう感じ?」
「いや知らんけどヤってそうじゃね? 見た目からして。え? お前狙ってたの?」
傍で見ていていい加減イラついてきた。
気づけば俺は席を立って、野郎二人に声をかけていた。
「おい」
向こうは一瞬ビビったというか驚いたっぽかった。
が、急に半笑いになって睨み返してくる。
「なんだよ?」
俺も同じく舐められている側なんだろう。陰で何やかや言われているに違いない。態度からも見て取れた。
しかし俺にどんな評価がくだされてようが関係ない。こちらも睨んでいく。
「俺は杏奈の生パン見たんだが?」
そしてこの決め台詞。というかなんて言って割り込んだらいいかわからんくなった。
陽キャもどきたちの顔に?が浮かぶが、とりあえずそいつらは放って恭一を睨む。
「なんか、言うことないんか?」
「え? ぼ、僕?」
「こいつらに」
いくら見た目からしてコテコテの陰キャだとしても、こんなふうにコケにされるのは見ていて面白くもなんともない。面白いわけがない。
「ほら覚醒しろよ、陰キャ神拳見せてみろ」
「え、えっ? なにが……」
「はぁ? なにがじゃねえよてめえこの野郎!」
俺は恭一に向かってキレていた。
こんな陽キャもどきよりも、いいようにされている恭一に腹が立った。
昨日は勢いで杏奈にそれっぽく言ったが、このぐらい自分でなんとかしろって本当にそう思う。
「自分でケツふけねえくせにイキってんじゃねえぞ? 杏奈にあれこれ心配させといて」
俺は恭一の胸ぐらをつかんで言った。
「ほら突き放せよ、うぜーやつを殴り倒してみろ」
無防備に顔を近づけてサービスタイムをくれてやる。
俺で予行練習させてやろうと思ったのに、恭一は目を白黒させるばかりでただされるがままだ。
やっぱダメだこりゃ、とさじを投げかけると、
「おい! 何やってんだよ!」
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