第13話 義理なじみ
日が暮れて三人とも家に引っ込んだ。
キッチンではエプロン姿の深雪さんが甲斐甲斐しく夕食の準備をしていた。家に引っ込んだというのはみつき宅ではなく俺の家である。目の錯覚でも妄想でもない。やはり俺の本当の母親は深雪だったらしい。
「泰一、ちょっとお皿とか持ってってよ」
隣の真奈美おばさんが声をかけてきた。
こちらも何やら準備に奮闘中であるが、赤の他人に呼び捨てにされる筋合いはない。
今日はたまに行われる黒野百瀬両家の合同食事会の日だった。両家合同と言っても、ウチの食卓に深雪さんとみつきが加わるだけだが。
晩飯のメインはすき焼き。おのおの膝を向き合わせたテーブルの上で、カセットコンロに乗った鍋が湯気を立てる。他にはスーパーで買ってきた刺し身だの寿司に、酒のつまみが並んだ。普段はしょっぱい晩飯も、この時だけはそれなりにいいものが出る。
「もうそれ煮えてるから、早くとっちゃって」
真奈美が鍋奉行よろしく、食材をガンガン鍋に投入していく。
それを深雪さんとみつきが取り皿によそっていくのを尻目に、俺はスマホゲーに興じる。
「はい、泰一くんの分」
深雪さんが取り分けた皿を俺の前に置く。
言うまでもなく俺の嫌いな春菊としいたけをよけてくれるという、完全なるみつきの上位互換。
「熱いから気をつけてね」
「はぁい」
深雪さんに嫌そうな素振りは全くなく、むしろ楽しげである。
これでふーふーしてあーんまでしてくれたら最高なんだけど。
俺が取り皿に手を付けようとすると、横から伸びてきた凪の箸が肉をかっさらっていく。
「なんでお前は俺んとこから取ってくんだよ。自分で取れ」
「にくうめえ」
「はいはいケンカしないの。凪ちゃんのもよそってあげるから」
「うにゅーんごろごろ」
凪は口をもぐつかせながら、みつきの膝元に寝転んで甘えていく。
みつきに対してはことあるごとに赤ちゃんムーブをする。もういい年になって恥ずかしいやつだ。
「こら凪! ちゃんと座りな!」
真奈美の怒号が飛ぶと、凪は起き上がってしぶしぶ座り直す。
深雪さんが苦笑しながら、
「そんな怒鳴らなくても……凪ちゃんにちょっと厳しくないですか?」
「いやぁ、一人目のときに甘やかして失敗したからね」
誰が失敗作だよ聞こえるように言うな。やっぱり育成失敗してんじゃねえかよ。
にぎやかというか、やかましく飯が進む。
鍋の世話が一段落すると、真奈美は一度キッチンに引っ込んだ。グラス片手にこちらに向かって声を張り上げる。
「深雪本当に飲むの?」
「あっ、いただきます」
深雪さんが笑顔でうなずく隣で、すぐにみつきが心配そうな顔をする。
「えっ、お母さんお酒はやめたほうがいいんじゃ……」
「大丈夫大丈夫、ちょっとだから」
深雪さんはこう見えて大のお酒好きなのだ。普段は控えているらしいが、ウチで食事をする際は毎度真奈美と一緒になって飲む。
みつきが心配しているのは、深雪さんの体を気にしてのことだろう。深雪さんは昔から体が弱い体質で、ときたま体調をくずすことがある。数年前に大きな病気をやったこともあった。
大人二人が缶ビールをグラスにあけ始めて、一層場は賑やかになった。
徐々に母親たちの声のトーンが上がる。一方で食事を終えたみつきと凪が、昔の写真が入ったアルバムを引っ張り出してきてああだこうだと騒いでいる。
「見てみて、このころの泰一かわいい~~」
みつきが袖を引いてくるが、見たところで面白くもないので無視。
「このときの泰一に会いたかったなぁ~」
実は俺とみつきは生まれてこのかたずっとガチの幼なじみ同士、というわけではない。
俺がたしか小学三年ぐらいのときにこの家に越してきて、そのときにお隣さんになった。出会ったのもそのときが初めてだ。
みつきと深雪さんは基本二人ぐらしで、たまに親戚の人が顔を見せる程度。
俺たちが越してきたときにはすでに今の状態だった。旦那とは離婚していて、いわゆる母子家庭というやつだ。過去のいきさつとか詳しい事情まではよく知らない。真奈美は知ってるっぽいが。
「みつきは幼なじみって言っても中途半端な感じだからな。ギリ幼なじみみたいな。つまりギリなじみ。義理なじみ、ふははっ」
「なにそれ全然おもしろくない」
「すみませんでした」
急にキレられたのですぐ謝っておく。
笑うときは笑うくせにあいかわらず沸点がよくわからん。
「え? あ、そう、そりゃあ残念でしたね!」
真奈美がクソでかい声で、かかってきた電話に出ている。
どうやら親父が残業になって間に合わないらしい。いなくても誰も困らないので親父のことには誰も触れてなかった。
「凪は眠いんだったらもう風呂入って寝な!」
みつきの膝に頭を乗せてうとうとし始めた凪が、また真奈美にキレられている。凪はむくりと体を起こすと、
「じゃあみつきちゃんといっしょに入る」
「ん? いっしょに入る?」
いっしょに入るは今でもたまにやる。凪は真奈美よりよっぽどみつきに懐いている。凪はスマホを手にして、
「お風呂で動画とっていい?」
「動画?」
みつきは首を傾げる。
よし編集は任せろ。ていうかBANされるぞそれ。
撮影許可は下りなかったが、一緒に入ると言って二人はリビングを出ていった。
「あ~これあのときのか~。懐かしい」
今度は真奈美がブツブツ言いながらアルバムを眺め出した。年をとるとやはり過去にすがりたくなるらしい。深雪さんがビール片手にアルバムをのぞき込む。
「泰一くんかわいいですね~」
「まぁこの頃はまだかわいげがあったねぇ~。この頃は」
なぜわざとらしく二回言うのか。
つまり今の俺全否定ということでよろしいか?
「いえいえ泰一くんは今もかわいいですよ~」
「ふははは!」
ババア爆笑しとるやん。そんな笑うとこか?
「これ、女の子と撮ってる写真多いですね」
「なんかね、妙に集まってくんのよ」
「へえ、泰一くんモテモテだったんだ~」
「ストレス解消にちょうどいいんじゃない」
俺はひとり余った鍋の中身をすくって食べていたが、横で人の噂をされると嫌でも気になる。というか単純に深雪さんの感想が気になる。
「ほら、泰一くんも見る?」
正直微塵も見たくなかったが、深雪さんに言われると拒否できない。酔っているせいか普段より声がエロい。
まず目に入ってきたのは女の子とツーショットの写真。なぜか俺がほっぺたをつねられている。
「あらかわいい子……この子は誰?」
「やー覚えてないっす」
真奈美が横から口を出してくる。
「あんた覚えてないの? 幼稚園ずっと一緒だったでしょ。なんだっけほら、あー名前出てこない……」
自分だって覚えてねえじゃねえかよ。
真奈美が別の写真を指さしながら言う。
「この子も覚えてないの? 団地にいるときよく遊んでたじゃん」
「いや覚えてねー」
俺は過去にはこだわらない男だ。というかほぼほぼ黒歴史しかないので無理矢理に記憶を封印している。うわあああとベッドで一度転げ回れば、すべて抹消する事ができる特殊能力を持っている。
「なんかこの頃から女の子に媚びうるのうまかったよね」
この俺が媚びへつらう要素などない。むしろ俺がうまいこと操っていたのだ。
まあまあかわいかったから下手に出てやっていたが、今だったらこいつら全員ワンパンだから。
深雪さんがアルバムをさらにめくっていくと、やっとみつきが一緒に写った写真が混じってくる。
今のニコニコ笑顔とは違って、やたらテンション低そうな顔をしている。そういえばあいつ、出会ったときはこんな感じだったか……。
「どうしたの泰一くんそんなじっと見つめて。やっぱりみつきが一番?」
「深雪さんが一番です」
「うふふ、じゃあ一緒にお風呂入ろっかぁ」
「まったくしょうがねえなぁ」
酔っているのか深雪さんの目がとろんとしている。えっろ。
「ふたりともバカなこと言ってんじゃないよ。深雪ちょっと飲み過ぎじゃないの」
「いえいえそんな、全然ですって~」
おばさんがごちゃごちゃ口を出してくる。俺たちの仲に嫉妬しているらしい。
まぁなんにせよ、深雪さんが楽しそうで何よりだ。
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