第12話 サービス精神旺盛
帰宅した俺は、チャリを庭に引っ張り出してきてメンテを始めた。明日からチャリ通に切り替えるためだ。中学の時は毎日のように乗っていた自転車も、ここしばらくほったらかしだったせいか埃がすごい。ほうきで全体を払っていると、どこからともなく現れた凪がスマホをかざしてきた。
「ごらんください、たいちが自転車とたわむれています」
「おいなに撮ってんだよ。まーたしょうもない動画ばっか撮って」
こんなもん撮って何も面白いことはない。この前も容量いっぱいになったスマホを見せてきて「こわれた」とか言ってくるので、ゴミ動画は全部消した。
凪は期待を込めた眼差しでスマホを向けてくる。こうされるとなにかギャグの一つでもやらないと、どうも落ち着かない。なんだかんだでサービス精神旺盛なよき兄なのだ。
「見とけよ、俺が鬼ピストンでパンパンにしてやっからよ」
倉庫から取り出してきた空気入れを前輪にセット。
スピード全開で持ち手を上下させる。しゅこしゅことタイヤに空気が注がれていく。途中で取り付け部分が外れて、ぶしゅうううっと音がして線がのたうった。凪はきゃっきゃとうれしそうだが無駄に疲れた。
「なにやってるの~?」
座って休憩していると、みつきがどこからともなく現れた。Tシャツ一枚に短パンサンダルというだいぶラフな格好。生足に目がいきつつ胸で止まりかけつつ顔を見上げる。
「お前さ、こっそりストーカーするのやめろよ怖いから」
「何が?」
「何がじゃなくて。朝見てただろ」
「なんのことでしょーか?」
バレてないとでも思っているのかすっとぼけようとしている。
そういうのは基本ど下手くそなのですぐにわかるのだ。仮に先ほどの杏奈とのくだりも見られていたらヤバイと思ったが、この感じだとそれはないらしい。
「自転車空気入れてるの? やってあげよっか?」
「いいよ自分でやるから」
「結構タイヤふにゃふにゃになってるね~」
聞いてないのか日本語が通じなくなったのか、みつきはタイヤの感触を確かめたあと、勝手に空気入れに取り付いた。
だからいいから……と止めに入ろうとする。が、その寸前で俺は固まった。
取っ手を握った両腕によって、挟み込まれている。膨らみが、寄せて上げて盛り上がっている。
激しい上下運動が始まった。空気入れが下へ、上へ、下へ、上へ。
揺れている。寄せて揺れている。ばいんばいんと跳ねている。
「そろそろ固くなってきたかなぁ?」
みつきが身をかがめて、タイヤに手を触れる。
「ん~もうちょっとかなぁ?」
まだ十分ではないらしい。みつきは立ち上がって、またも揺らし始めた。今度は控えめに、ゆっくり動く。
数回上下運動を繰り返した後、ふたたび身をかがめてタイヤをチェックする。
「もう大丈夫、固くなったね」
ふにゃふにゃだったが固くなったようだ。タイヤが。よかった。
「撮れた」
ぽんぽんと肩を叩かれ振り向くと、凪がスマホを見せてくる。
動画だ。みつきが映っている。初めから再生してみる。空気を入れるところからだった。画面のみつきが動き出した。ここでもとても揺れている。非常に揺れている。暴れまわっている。
「凪、お前……」
「だめ? 消す?」
「才能あるわ。天才だよ」
「やった」
これはバズる。とりあえず俺が再生する。
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