第11話 放課後呼び出し

「ねぇ黒野」


 僻地から帰還した俺が教室へ入ろうとすると、戸口の前で何者かに呼び止められた。

 誰かと思えば、朝俺の胸ぐらをつかんだギャル女だった。色の抜けた毛先を指でいじりながら立っている。たしか杏奈……いや杏奈さんとかいう名前だった。いつのまにか俺の名前を覚えられている。


「ちょっと放課後さ、裏庭来てよ。あのでかい木があるとこ」


 杏奈さんは一方的にそれだけ言うと、「んじゃ」と俺の肩を叩いて去っていった。

 ……ヒッ、ヤバイシメられる。きっとギャルの集団が待っていて囲まれて指さされて罵倒される。

 そして壁に追い詰められて転ばされて足で踏みつけられてケラケラ笑われて……ふぅん? ちょっと行ってみようかな。




 そして放課後。

 みつきが一緒に帰ろーとやってきたが、友達と用があると言って追い返した。

 杏奈の呼び出しをバックレる事も考えたが、明日何を言われるかわかったものではない。実はやつとも同じクラスであるからして、逃げ場はないのだ。


 校舎を迂回して裏庭に向かう。裏庭には希望の木とかいうたいそうな名前のついた、ただのうす汚ない大木がある。ここで告白すると恋が実る、とかいう噂も一切ない。

 遠目に木の周辺を確認する。野郎が待ち伏せしていたら速攻逃げようと思っていたが、予想に反して杏奈さんは一人で待ち構えていた。人気のない大木の傍らで、キラキラの頭がスマホをいじっていてやたら目立つ。


 しかしこの時点でまだ安心はできない。どこに伏兵が隠れているやもしれない。

 しゃがみステルス移動に移行し、近場の植木の陰に身を隠す。さらにそこから様子をうかがうと、思いっきり杏奈と目があってしまった。何やってんだこいつと言わんばかりの顔をされた。

 諦めて正面から出ていくと、杏奈はスマホをしまうなり突然頭を下げた。


「あの……朝はごめん」


 一瞬なんと言われたのかわからず聞き返す。


「はい?」

「いや、恭一に怒られてさ……ちゃんと謝ってきなよって」


 ん? キノピオくん実はいいヤツ?

 俺がちょっかいをかけていたのは本当で、冷静に考えると別に謝られるいわれはない。まぁ胸ぐらをつかまれたのはビビったが。


「えっと、どうかな……? 許してくれる?」


 杏奈は不安げな顔で上目遣いをした。

 しおらしくしていると案外いい。今まで怖くてあまり直視できなかったが、目鼻立ちがはっきりしていて整った容貌をしている。髪こそ派手だが化粧はそこまでガッツリではない。

 謝罪スキルを極めた俺からすると杏奈の謝罪はまだまだだったが、真人間を目指す俺の器はでかい。俺は余裕たっぷりに真人間スマイルを向ける。


「いいよいいよ、そんぐらい気にすんなって」

「あ、ほんと? 許してくれる?」

「おう、今ここでパンツ見せたら許してやるよ」

「そう? じゃこれでいい?」


 杏奈はいきなりスカートの裾を片手でまくり上げた。

 ちょっとめくったレベルではなく、へその上ぐらいまでがばっと。まったくためらいもなく。

 もちろんパンツ丸見えである。俺は目を見開いて絶句する。


「え、ちょっ……」

「なーんちゃって。スパッツ履いてまーす。へへっ」


 杏奈は得意げに笑う。が、どこにスパッツが?

 どう見ても足の付け根まで丸出しで、ピンク色のかわいらしいパンツが丸見えである。

 思わず目をそむけると、杏奈は自らの下半身を見下ろして、


「あ、やべっ。今日履いてなかった」


 慌ててスカートを下ろす。頭をかきながら「てへへ」と笑った。


「いや『てへへ』で済ますんかい! 何やってんだよ!」

「まあいいじゃん、パンツ見れてラッキーじゃん。てか見せろって言ったのそっちでしょうが」

「ギ、ギャグに決まってんだろ! こっちは空気を和ませてやろうと……」

「えーでも顔そむけちゃって、かわいいとこあるじゃーん」


 杏奈は恥ずかしがるどころか、にやにやと楽しそうである。

 俺としたことが不意打ちをくらって取り乱してしまった。予定だと「は? 死ね変態」ってなってお互いチャラのはずだったのだが。新しい性癖に目覚めたらどうしてくれんだよ。


「マジで心臓に悪いわ……」

「まぁまぁ細かいことは気にしなさんなって。じゃあこれで許してくれるよね~?」

「いや、もともと許すも許さんもないけども……そんなん見せたらまずいんじゃないですか? 他の男に……」

「他の男? ってなに?」

「あれ? あの恭一くん? とデキてるんじゃなくて?」

「デキてるって……何が?」


 お互い顔を見合わせて固まる。

 が、杏奈はすぐに体をのけぞらせて吹き出した。


「あはは! なーんだそういうことか! 違う違う、そういうんじゃないよ全然」

「え? 違う? なんか接点なさそうな感じだけども」

「恭一はいとこなんだよね。ちょっと頼りないところがあるから、おばさんとかにもよろしくねって言われてて」


 なるほどそれであの陰キャとこのギャルが……杏奈が気にかけてあげてる感じか。見るからにコミュ力がなくて孤立してそうだもんな。

 でもそれってなんとなく既視感が……。いや気のせいだろう。


「恭一入学してからずっとあんな感じで、友達もいなくて……。特に群れる必要を感じない、とか言っててさ……」

「はは、痛い陰キャだなぁ」


 それ俺やん。ちょっと前の俺やん。


「帰ってきてもずーっと家にこもってるらしいし」

「はは、おいおい引きこもりか~?」


 それも俺やん。ゲームやって動画漁ってマンガ読んで……ってやってるとあっという間に時間って過ぎてくよね。

 急に彼に親近感が湧いてきた。やはり同類だったか。最初に声をかけた俺の見立ては間違いではなかった。


「でさ、こういろいろと……あたしはよかれと思ってやってるんだけど。なんかすごい、嫌がられてるみたいで……。最近気づいたんだけど、もしかしたら恭一に友達ができないのは、あたしが余計なおせっかいをしてるせい……」

「そうだお前のせいだ。お前がやつをダメにしている」


 俺が恭一くんの代わりにここぞと言ってやる。

 そりゃ美少女に守られてイチャつく陰キャとか周りからしたらムカつくわな。

 あれ? でもやっぱりそれってどこかの誰かさんと既視感が……。


「やっぱそうなのかぁ……」

「いや違う、今のは冗談だ。それはあんまり関係ないと思うぞ。やつに友だちができないのは見た目がゴリゴリの陰キャだからだ。夏目漱石さんを漱石と呼び捨てにしてるからだ」


 ということにしておこう。

 俺のボケに対し半ギレで突っ込んできたあたり、奴はマジで友達がいないのだろう。たしかになんかこう、あんまりシャレの通じない感じはする。それにあの見た目。

 例によってお前が言うなかもしれないが、俺の友達いないはネタだから。中学の時は三人……二人ぐらいいたから。卒業したら一切連絡来なくなったけど。


「けど心配なんだよね。いじめられてる、ってわけじゃないと思うんだけど、たまーに変なのに絡まれてたりするから……」

「それ俺のこと言ってんのか?」

「ごめんごめん、早とちりしちゃって……」

「まあ当たってんだけどな」


 俺が杏奈でも止めるわ。ガンガン止めに入るわ。

 杏奈はむっとした顔で俺の肩を軽く小突くが、すぐに歯を見せて笑った。


「でもなんか黒野っていいやつっぽいよね。あたし誤解してたわ」


 え? この流れで俺のどこをどう見てそう思った?

 ……あ、違う違う、まあ当然だな。きっと俺から溢れ出る真人間オーラに気づいたのかもしれない。


「恭一に話しかけてたってことは、仲良くなろうって思ってたってことでしょ?」

「そこを邪魔されたんですけど……」

「だからそれはごめんって。そしたらさ、黒野が友達になってくれたら解決じゃん!」

「いや友達っていうのはそうやって人から頼まれてなるもんでもないだろ。お前だって親戚だか親に頼まれたのかしらんけど、結局そういうのもそいつ自身の問題だろ」


 友達を熱く語るボッチ。

 俺の真人間説教により杏奈は沈黙してしまった。少しヘコんでいるようだ。

 まあ俺の意見が正しいかどうかはよくわからん。なんかドン! ってやる麦わらの人もそんなふうに言いそうじゃん?

 説教かまして気持ちよくなってきちゃったが、ここは救いの手を差し伸べてやるのが真人間というもの。


「しょうがないな……じゃあおっぱいもませてくれたら協力してやる」

「えっ、ほんと?」

「いや冗談だからね?」


 えっ、ほんと? はこっちのセリフだよ。

 ほんとに冗談が通じない……え、もしかしてそういうのありだった感じですか?


「任しとけ、俺に付いてくれば彼もイケメンリア充になれるさ」

「おお! やっぱ黒野なんだかんだでいいやつじゃん! イケメンじゃん!」

「今頃気づいたか。惚れんなよ」

「きゃはは、うぜー。あ、ねえねえラインとか教えてよ」


 真人間はこうやって欲しくもないギャルのラインを軽々ゲットしてしまうのである。

 正直あんまりグイグイ来られるのもね……。なんかちょっと褒められて調子乗っちゃったけど大丈夫かな?

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