第8話 ギャルに睨まれた陰キャ

 朝のHRが終わって準備時間になった。教室内ががやがやと騒がしくなる。

 さて、泰一くん真人間計画の第一歩として、手始めに友達を作ろうと思う。

 みつきにも友達がいないコミュ障だと思われていて、それが余計なおせっかいを誘発しているフシも無きにしもあらず。


 俺に友達がいない原因はだいたいわかっている。たまにやってくるみつきと話すだけで、高校生活始まってからこのかたクラスではほとんど誰とも会話をしていないせいだろう。それでヤバイ奴認定されているのだと思う。

 しかし実のところ俺はかなりのコミュ強である。本気を出せば友達を作ることなど朝飯前。

 かといっていきなりクラスの中心でウェイしてるグループに入っていくのはちょっと難しい。


 なのでまずは近場から攻めていこうと、隣の席に視線をやる。隣の陽キャっぽい女子は、横と後ろの席同士でなにやらおしゃべり中である。

 なぜかこの女は基本的に俺に背中を向けるように横向きに座る。見るからに拒否感が半端ない。

 意地でもこいつに話しかけることはないだろうが、そもそも女子に話しかけようとする時点で間違いなのだ。もっとふさわしいターゲットを選定する必要がある。なので俺同様に孤立気味の弱そうなやつに声をかけることにする。


 まず目をつけたのは、席を四つまたいだ最前列で一人読書中の小柄な男子だ。今流行のマッシュルームカットをダサくした髪型に、銀縁のまじめくんメガネをしている。見た目は今や絶滅危惧種の、いわゆる昔ながらのオタク少年だ。

 実はカーストレベルを見分けるのに手っ取り早い方法は、ずばり髪型を見ることである。俺の無造作ヘアーをダサいと抜かしたうちのババアのことはとりあえず置いておく。


 キノピオ少年は騒がしい周りに我関せずと、じっと手元の文庫本に集中している。カバーをしているので本の表紙は見えないが、きっと陰キャが美少女とイチャイチャするやつとか異世界転生してハーレムするやつを読んでいるに違いない。まぁ要するにお仲間なわけだ。それ俺も読んでるよデュフフ、みたいなノリでいけばきっと仲良くなれるはず。

 意を決した俺は、キノピオくんの机に近づいて声をかける。


「やあ、何読んでるんだい?」


 俺の第一声は無視された。

 たぶん気づかれてないだけだ。焦りつつも追撃する。


「あ、あの、もしもし?」

「うわっ」


 メガネくんは驚いて顔をのけぞらせた。

 まさか自分が声をかけられていると思わずビビったっぽい。


「な、なんですか?」


 警戒心ゴリゴリの敬語である。

 その不審者を見るような目は、クラスメイトだというのに他人行儀ではないか。


「本、好きなのかい?」

「ま、まあ……」

「ああそうかい」


 俺ともあろうものが緊張しているらしい。少年に不思議な力を与えるおじいちゃんみたいな口調になってしまっている。

 ここはもうちょっと普段どおり、ノリよくフランクに行くべきだ。


「なに読んでるんだよ見せろよぉ~」

「え、ち、ちょっと……」


 得意のウザキャラっぽく絡んでいく。本のカバーを軽くめくると、表紙には予想通りアニメ調の美少女が……でもなんでもなかった。


「なんだこれ、エロラノベじゃねえのかよ。なになに? 吾輩はネコである? ちょ、いきなりカミングアウト!」

「漱石だよ、変な読み方するのやめてもらっていい?」

「は? ソーセキってなによ」

「いやなんで知らないんだよ」


 おとなしいやつかと思いきや意外にキレられた。

 こうなると逆に怪しい。ネコに嫌なトラウマでもあるのかとすら思う。


「ああ夏目漱石か。何をカッコつけて漱石とか略してるわけ?」

「べ、別にいいじゃないか僕の勝手だろ」

「ほんとは異世界ハーレムばっかり読んでるんだろ? カモフラすんなって」

「ち、違うよ僕はそんな……」


 このグイグイ懐に入っていくコミュ力。案外いけんじゃね俺。傍からしたらクソウザいやつに見えるかもしれないけど、かなりいい感じだ。


「ちょっと」


 そのとき、背後から急にぐっと肩をもっていかれた。そのまま振り向かされる。


「何? 恭一に何か用?」


 鋭い眼光。形の整った眉。妙に長いまつげ。

 完全にアウトだろっていうぐらいの茶髪。いやゴールドに近い。派手なリボンでサイドに縛り上げている。

 タイが緩んでいて、ボタンがひとつ多めに開いている。腕まくり。スカート短い。

 ギャルだ。ギャルが俺にガンつけている。すごい剣幕で。かなりの近距離で。


「ねえ、黙ってないでなんとか言いなよ」


 え、怖い。

 この人あれじゃん、クラスの後ろの群れの真ん中で笑ってるやつじゃん。絶対陰キャいじめてるやつじゃん。

 もうひと目見た瞬間に関わらんとこってなる人種なわけだが、なぜそんなお方がいま全力で俺にガンつけてきているのか。

 俺はまさにギャルに睨まれた陰キャのようにテンパってしまう。


「えっあっ、そ、そのえっと……」

「嫌がってるでしょ? やめなよ」

「い、嫌がってる? そ、それはキノピオ少年が?」

「は?」


 やばいなんかどんどん険悪になっている。いきなりのことで状況が掴めない。

 テンパっていると、メガネくんが横から止めに入ってくる。


「いいって、杏奈(あんな)ちゃんやめなよ」

「でも絡んできてたでしょ? 今」


 あれ? この二人なんか知り合いな感じ?

 どう見ても接点なさそうなんだが。


「そ、そうだよ杏奈ちゃん落ち着いて落ち着いて」


 俺も一緒になって杏奈ちゃんをなだめていく。という苦し紛れのボケ。

 しかし逆効果だったらしく、杏奈ちゃんはぐわっと俺に向き直ると、いきなり胸ぐらを掴んできた。片手で。


「あんまりふざけたことしてるとぶっ飛ばすよ?」


 そしてこのバイオレンスすぎる発言。

 ぶっ飛ばすとか生まれて初めて言われたんですけど。昨日も言われた気がするけど母親から言われるのはノーカンだから。


「大変失礼いたしました」


 きっちり腰を曲げて45度。真奈美によって鍛えられた謝罪スキルを発動。

 これぞ一撃で相手の戦意を喪失させる奥義。


「いや失礼しましたじゃなくて、どういうつもり?」

「杏奈ちゃん、ちょっとやめてって言ってるでしょ」

「や、でも……」


 キノピオくんが立ち上がってなだめだすと、杏奈ちゃんはやっとおとなしくなった。


「はあまったく、すぐそうやって……」

「ご、ごめん恭一……そんな怒らないでよ」

「僕のことは放っておいてって言ったよね?」

「いや、だけどさー……」


 俺そっちのけで二人でごちゃごちゃとやりだした。なんだかよくわからんが、いわゆる陰キャとギャルがいちゃつく漫画みたいなことになっているのかもしれない。俺はいったい何を見せつけられているのか。

 けどなんかあれ系って一定の需要あるよな。ということはそこに茶々を入れる俺って完全に脇役なわけだが。


 モブ顔で棒立ちしていると、ふと視線を感じて振り返る。すると教室の戸口の陰から、こっそりこちらを覗き見ている顔と目があった。

 みつきだった。どうやら一部始終見られていたらしい。目が合うなり、ささっと逃げるようにいなくなった。

 ……なんなんだよどいつもこいつも。

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