第3話 無自覚危険行為

 昼休みになると、みつきが弁当持参で俺の教室にやってきた。

 昼めしは基本、俺の席でみつきが作ったものを一緒に食べる。いわゆる幼なじみの手作り弁当だ。みつきは弁当だけでなく、教室からわざわざ自分の椅子を持ってくる。なので二往復する。


「今日のおかずは何でしょう~?」


 対面に座ったみつきがご機嫌で机に弁当を広げる。弁当箱は全部で三つ。

 二つは昆布と海苔が乗った白米。もう一つは余すところなく敷きつめられた色とりどりのおかず。おかずは二人で共有する。


「わ~みつきちゃんお料理上手~。ぱちぱち」


 うわほうれん草入ってるやんと思ったが、ひとまず拍手で盛り上げていく。

 中学までは給食があったので一緒にお弁当などという真似はできなかった。が、今や毎日こんな調子である。最初は少しだけ抵抗があったが、慣れてしまえばなんてことはない。


「どう? おいしい?」

「おいC」


 みつきの料理の腕は文句なしである。幼なじみは料理下手とかそういうしょうもないキャラ付けはされていない。そのへんも抜かりない。


 スマホ片手に飯を食う。俺は二限目の休み時間からマンガ動画のコメント欄で変な古いアニメのアイコンのやつと論戦を繰り広げていた。ハーレム要員のペラい猫耳キャラが処女かどうかとか途中で心底どうでもよくなっていたが、とにかく先にレスをやめたほうが負けなのである。


「そうやって食べながらスマホ、行儀悪いよ?」

「あーん」


 あーんするとみつきが勝手に口に入れてくれる。らくちん。


「って待て、お前それほうれん草食わせようとしてるだろ」

「うふふ」

「なにわろとんねん」


 ここは真顔で突き放す。やはりあーんは危険だ。

 自分で弁当箱を手にして、白米の残りをかきこむ。


「今日もおいしかったよ。ごちそうさま」

「まだほうれん草残ってるよ?」

「あげる」

「ダメだよちゃんと野菜も食べないと」


 俺は草食系男子とかいう情けないタイプの男ではないのでそういう草とかは食べない。

 満足。今日も平和な昼食だった。





「ここがこうなって、Xの値が……」

「なるほど」

「3になるの」

「ほうそれで3か」


 みつきがプリントにさらさらとペンを走らせる。こうしてテスト勉強が一段落ついた。なぜそうなるのか全然意味がわからなかったが終わった。


 ここは俺の自室。時刻は夜九時を回った頃。

「勉強教えて」とみつきにメッセージを送ったのが約一時間前。その数十分後、みつきは洗い髪のいい匂いを漂わせて、パジャマ姿のままやってきた。これも日常茶飯事である。


「みつきちゃん頭いいぞ~よしよし」

「えへへ~」


 頭を撫でてやると、みつきのほっぺがにんまりととろける。だるんだるんである。

 中間テストはもう目前。高校になって授業が急激に難しくなり、早くもついていけなくなりつつある。絶対に落ちると言われていた学校になぜか運よく受かってしまったのが問題なのかもしれない。とはいえまあ実力も運のうちである。つまりすべては運。

 テス勉という重責から解放された俺は、ベッドにダイブしてスマホゲーに興じる。


「はいガチャ爆死~二度とやらんわこの課金ゲー」

「うふふ、前もそれ言ってなかった~?」


 スマホを放って上体を起こすと、コロコロで勝手に部屋の掃除を始めたみつきが目に入る。

 膝をついてお尻を突き出しながら床を這うという、かなり無防備な体勢だ。やたらパジャマが薄手なせいか、お尻がパツンパツンで形が丸わかりである。なんていうかそれ、服のサイズあってないんじゃないですかね。


「なに?」


 俺の視線に気づいたみつきと目が合ってしまった。

 これはいかんととっさにごまかす。


「それって何カップぐらいあるの?」


 と見せかけてあえて切り込んでいくのが俺流。

 胸元を指差すと、無言でふいっと顔を背けられた。みつきの顔が首筋からみるみるうちに赤くなっていく。


 実はこの幼なじみ、こっち系の話題にはどんな箱入り娘だよっていうぐらいとことん耐性がない。この前普通の漫画のちょっとエロいページを読んでるところを見つかっただけですけべ変態とかすげえ罵倒された。

 かたやみつきのスマホはアクセス制限されていて、エロいのとか見れなくなっている。高校に上がるまで自分のケータイも持っていなかった。深雪さんの教育方針らしいが、あの人も下ネタで何か嫌な過去でもあるのだろうか。


「そ、そういうのやめてって言ったでしょ」


 顔を真赤にしたみつきは両腕を組んで、胸元を隠すようにする。

 とはいえそんな薄手のパジャマで乗り込んでくるとか、わざとやってるんじゃないかと疑うほどだ。本人はそのへん無意識なのがタチが悪い。


「寝ながらスマホスタンドにも使えそうだよな」


 無視された。かと思えばみつきはムスッとした顔で立ち上がった。

 無言でベッドに上がってきて俺の背後に回り込むと、肘で背中をゴリゴリしてくる。


「あーやめてやめてごめんなさい」

「んもぅ!」


 とまあこのように、セクハラに対しては断固として対応してくる。そこは甘やかしてくれない。

 いつだったかうっかり胸を触ってしまったときは、ベタな少年向けラブコメ漫画かよっていうぐらいにわりと強めにビンタかまされた。そこに関してはわりと武闘派なのである。


「泰一のいじわる」


 すねた声で耳元でささやかれると、なかなかにくるものがある。めちゃめちゃいい匂いがする。そして背中に柔らかい膨らみが微妙に当たっている。

 なにも俺も意地悪で言っているわけではない。これは妙にガチっぽくなると気まずくなるので、あえてギャグっぽくしてごまかすという高等技術なのだ。


 ずっとこんな調子でも、今まで何もなかったのは事実だ。

 というかもし俺が妙なことをしたら、こいつはきっと深雪さんに言う。全部言う。それぐらいあの二人は仲良しなのだ。


「あーあ、眠いからもう寝るわ」


 まだ寝る気はないけども、あんまり遅くまで居座られてもアレだ。どうも居心地が悪いというか、健全な男子にとってパツパツパジャマ姿は普通に目に毒。

 俺がわざとらしくベッドに横になると、心配そうな顔が上から覗いてくる。


「もー風邪引くよ? まだ歯磨きもしてないでしょ? また虫歯になるよ」

「夜歯磨きしないと虫歯になるとかなんかそういうデータあるんですか?」


 完全に論破しつつ、手で追い払う仕草をする。


「もういい時間だし、子供は早く戻って寝なさい」

「あ、そうだ。耳かきしてあげよっか」

「まだ寝るの早いよね」


 即前言撤回。そうなると話は変わってくる。

 みつきは棚にあるお徳用綿棒の入れ物から、綿棒を一本を取り出した。ベッドの縁に膝を揃えて腰掛けると、笑顔で手招きをしてくる。


「ほらおいで~」


 この耳かきという行為、俺としては相当恥ずかしいというか、ある種のプレイに近いものがあると思うのだが、みつき的には全然セーフなのだ。正直こいつの線引きがよくわからない。

 ただ一つ言えるのは超ラッキーということだ。当然ながらこの耳かきというのは膝枕もセット。みつきの耳かきスキルはすでに免許皆伝である。もはやガチで金取れるレベル。ていうか払います。


 みつきの隣に腰掛け、膝の上に頭を横たわらせる。むにっとする弾力。太ももの肉がクッションのように沈んで、優しく重さを受け止める。温かさと柔らかさが横っ面から侵食してくる。相変わらずの肉厚。まさに魔性の太もも。


 すっかり脱力すると、綿棒が耳に当たる感触がする。耳穴の周辺を撫で回され、こそばゆさが高まってきて感覚が鋭敏になる。しばらくじらされたあと、綿棒の先はついに穴の中へ。優しくほじくられかきまわされ、刺激は最高潮に。思わずギュッと脇が締まる。


「ふっ」


 突然耳に息を吹きかけられ、ビクっと体が跳ねる。

 驚いて見上げると、いたずらっぽい笑みが降ってくる。


「んふふ、今びくってした~」

「や、やめろよおい~」

「ふふ、かわいい」


 まずいニヤニヤが止まらない。これ以上やられると変な気分になってしまう。

 むくりと上半身を起こすと、みつきが不思議そうな顔で尋ねてくる。


「どしたの泰一?」

「終了です」

「え? ごめん、もしかして痛かった?」

「いえ最高です」


 首をかしげるみつき。

 やはり自分がとても危険な行為をしているという自覚がないようだ。


「じゃあ、たまにはわたしもしてもらおっかな~」

「え? お、俺が穴に棒を? それはちょっとさすがに……」

「なんで?」


 いやだからそんな無邪気に首をかしげられても。膝にみつきの頭をのせたら変な棒が邪魔になってしまう。


「どうかした?」


 口ごもっていると、顔をのぞき込まれる。

 素直そうな瞳がじっと見つめてくる。すっと通った鼻筋。ふっくらとした唇。

 パジャマの一番上のボタンが外れている。不自然なまでに膨らんだ胸元。服の隙間から鎖骨と白い肌がのぞく。


「いや、べ、別に……」

「ん~?」


 両手をついて前かがみに、さらに顔を近づけてくる。胸を挟み込むようなポーズ。角度がついて襟元からさらに中が見えそうになり、たまらず目をそらす。本人は相変わらず不思議そうな顔。

 昔からのノリのままだからタチが悪い。こうなるから嫌だったんだ。もう少しいろいろと自覚していただきたい。


「はいはいとにかくもうおしまい! とっとと寝る寝る!」


 最終的に無理やりみつきを部屋から追い出した。

 このように俺も気苦労が絶えない。きちんとストッパー的役割を果たしているのである

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