第2話 女神降臨
「よし、ほっぺたうにょーんしてやるうにょーん」
「やぁん、もぉ~」
みつきのほっぺを指でつまんで引っ張る。
もちもちでよく伸びる。今日こそ最高記録更新なるか。
「いたいいたい~」
みつきが目をつぶって音を上げだしたので記録更新を断念する。
痛いと言いながら終始笑顔なので、やめどきがわかりづらい。あんまりやるとDVとか言われてそういうの最近厳しいからね。
「んもぅ、すぐ引っ張るんだからぁ」
「ごめんごめん。いたいのいたいのとんでけ~」
そう言いながら、ふよふよのほっぺたを優しくなでなでしてやる。これでもう大丈夫。
いやお前がやったんだろがとかいう冷めたツッコミはなし。そういうのは俺たちの間には存在しない。このようにみつきもニッコニコである。
「いってらっしゃ~い」
道路へ出ると、隣の家――みつき宅の庭先から声がかかる。
エプロン姿で手を振っているのは、みつきの母親である深雪さん。
元モデルという肩書を持つ、高身長にスタイルよしの超絶美人。端的に言って女神。
今も朝日を背に受け、セミロングの美しい髪からリアル後光がさしている。みつきの姉と言われても余裕で通じる。冗談抜きに。ていうか付き合いたい。
みつきが手を振り返す横で、俺は二本指を立てて深雪さんに応える。これはイケメン。一方深雪さんは俺に対して投げキッスを返した。ような気がした。
「今日涼しくて気持ちいいね~」
笑顔のみつきと肩を並べて歩く。登校は毎朝こうして一緒。
たしかにいい陽気だ。優しくそよぐ風も、順風満帆な俺の人生を後押ししてくれている。
無事ふたりとも同じ高校に合格しておよそ一ヶ月。新しい生活にもいくらかなじんできた。
とはいえ高校生活まだまだ始まったばかり。これから大変なこともあるだろうけども、きっと二人なら乗り越えられる。高い壁にぶち当たっても、きっとみつきが踏み台を用意してくれる。
バス停に到着。しばらく待機して、やってきたバスに乗り込む。
老若男女統一感のない微妙な混み具合だ。ぱっと見座るところがない。
「あそこ空いてるから座りなよ」
「うん」
促されて一つだけ空いていた席に座る。みつきは俺の傍らに立ってつり革を掴む。
バスが発車すると、みつきが後ろの席に座っていたよく知らんおばちゃんと話しだした。ここでもへにゃへにゃと頬を緩ませ、やたら愛想がいい。わりと近所のおばさんらしいが俺のことはガン無視なのでこちらも無視を決め込む。
前の席の陰キャっぽい男子中学生がスマホゲーでボスに負けそうになっていたので、「それバフ使ったほうがいいよ」とアドバイスしてやるとすげえ二度見されて無視された。
学校に到着。
バスを降りると周辺はわちゃわちゃと生徒でごった返していて、急に歩くのもしんどくなってくる。
ものすごく帰りたくなる瞬間その一。無双だったらここで無双ゲージ全部使うわ。
今までずっと黙っていたが、実は俺はとんでもない大病を患っている。命にかかわるものだ。つい先日、GWの連休明けに突然発覚した。容態はかなり深刻なところまで来ている。
病名は五月病。このままだと六月を迎えられず死ぬ。
「うっ、く、苦しい……」
「どしたの? 大丈夫?」
手で左胸のあたりを抑えると、隣を歩くみつきが心配そうに見上げてくる。「保健室行く?」とか始まりそうな勢いでネタが通じなさそうなのでふざけるのはやめた。
代わりにみつきの手を取って、手のひらの肉をぷにぷに押す。柔らかくて気持ちいい。こうすることで気を紛らわせる。
みつきは「やぁん、もう」と腕を引っ込めて顔を赤らめた。かわいい。これでなんとか精神の安定を保つ。
「んじゃまたね~」
みつきが手を振りながら、一年四組の教室に入っていく。一旦ここでお別れだ。
みつきとは小学校からずっと同じ学校だが、同じクラスになったことが一度もない。今回もその例に漏れず、クラスが分かれた。
それから俺のクラスである一組に到着。俺は誰に挨拶することなく教室の前方を横切り、窓際先頭の自分の席につく。周りは朝からわいわいがやがやとうるさい。かたや俺は優雅に窓の外を眺めてたそがれる。話し相手がいないというわけではなく、特に群れる必要性を感じないというか。
「おはよ~」
隣の席の陽キャっぽい女子が、登校してくるなりあたりに笑顔を振りまきだした。
一瞬俺とも目が合ったがガン無視である。この前の席替えで隣になったが一回も話しかけてきやがらない。なので意地でも俺も話しかけないというバトルが絶賛継続中である。
陽キャ女子はカバンを置くなり、とっとと席を立ってどこかに行ってしまった。このように敵前逃亡する卑怯者なのだ。
しかたなく俺はスマホでハーレムエロ漫画の続きを読み始めた。さすがの俺も教室で堂々とエロ漫画を読むのはいかがなものかと思い、そこまでエロくない漫画を読むことにした。
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