楽園地アヒルファイターズ

Tsuyoshi

第1話激走‼ アヒルファイターズ

 大分県大分市の閑静な住宅地、中島(なかしま)にある一戸建ての家。一階が整形外科の個人病院になっており、二階が居住スペースとなっている。

 そこに住む小学一年生の男の子、いつきが朝からリビングのソファーで、母親のスマホを使ってアプリゲームをしていた。画面の中では、アヒルを擬人化した美少女達が競争をしている。いつきはスマホをタイミングよくタップ。タップによってアヒル美少女のアクションが変わる。


「本当、そのゲーム好きねぇ。目を悪くしちゃうから、ほどほどにしときなさいよ」


 いつきの母親がキッチンで朝食の支度をしながら、息子に声を掛ける。


「このアヒル♀(ガールズ)レース面白いんだもん」


 母親がテーブルに朝食のヨーグルトとサラダ、それとふない焼きを並べる。そこにちょうど父親も起床して、寝間着のままリビングにやってきた。


「ふあぁ・・・・・・おはよう、ママ、いつき。おや、今日の朝はふない焼きかい?」


 ふない焼きとは大分県民のソウルフード的な食べ物で、外見は回転焼き、中身がもんじゃ焼きみたいになっている。チーズが大量に入った物もあり、一つ食べるだけでも、だいぶ腹持ちが良い。一個百円から購入する事が出来て、大分の若者にも人気のあるおやつだ。

 二人に朝の挨拶を済ませると、いつきの隣に座って、テレビの電源を入れる。


「お、可愛い女の子がいっぱい出てるんだな。それはどんなゲームなんだ?」

「パパ、アヒル♀レース知らないの? これはね」


 いつきはスマホの画面を覗き込んできた父親に、ゲームの説明を始めた。

 『アヒル♀レース』とは、白や黄色、羽根、水掻き等を連想させるような可愛い衣装を纏ったアヒル少女達をトレーニングやスイーツで育成してレベルや能力を上げ、全国のユーザーやCPUと競争させる。衣装の装備アイテムがあり、着せ替える事で見た目と性能が変わる仕様だ。


「へぇ、今はそんなものがあるのか」

「必殺技もあるんだ」


 いつきは画面の必殺技アイコンをタップすると、いつきが使っているアヒル美少女が隣のアヒル美少女にタックルを使って一定時間行動不能にさせていた。


「周りの子達にも人気で流行っているみたいよ」

「アヒルのレースと言えば、パパが子供の頃に別府の楽園地(ラクエンチ)ってとこでやってたぞ」


 父親が朝食を食べながら、二人に自分が子供の頃に行った『別府楽園地』の話を始めた。


「えぇっ⁉ ほんとのアヒルが、かけっこするの?」

「そんなのがあるのね。私も知らなかったわ」


 父親のアヒルレースの話は、二人には新鮮に感じたのか、彼に色々と質問をしていた。


「でも、あなた。それってまだやってるの?」

「どうかなぁ・・・・・・・・・おっ、まだやってるみたいだぞ」


 妻が夫にアヒルレースが現在も開催されているのか尋ねると、彼は自分のスマホを取り出して検索してみた。すると、今も開催されているようで、スマホの画面を妻と息子に見せる。


「パパ! ぼくここ行きたい!」

「そうだな。今日は日曜日で病院も休みだし、ドライブがてら楽園地に行こうか!」

「うん!」


 父親の提案に、いつきは満面の笑みで返事をした。

 父親の運転で、母親といつきが後部座席に座る。三人が乗った車は大分市街を抜けて、別大国道へ入り、片側三車線の長い道路を走る。左手には山、右手には海が見えていた。


「いつき、車の中でゲームしてると酔うわよ」

「だって、さっきから、ぜんぜん勝てないんだもん!」


 車の中でもいつきはゲームに夢中でスマホの画面をずっとタップしながら、スタート時のタイミングや、走行中もリズム良くタップをして走らせていた。

 その間、車は別大国道を抜け、水族館を通り過ぎ、そのまま別府市街に入る。


「ねぇ、ママ、課金してもいい? このガチャしたい」


 レースに苦戦するいつきはガチャを回して戦力増強をしたいようだ。


「課金はダメよ? 引けないなら我慢しなさい」

「えぇ・・・・・・だって、この服があったらすごく強くなるんだよ」


 課金を窘める母親に、いつきはイベントガチャの画面を開いて見せる。そこにはガチャで手に入るアヒル少女達のラインナップ、それと装備の衣装のラインナップが並んでいた。


「課金はしないって約束でしょう?」

「やだー‼」

「まぁまぁ・・・・・・ほら、楽園地が見えてきたぞ」


 街から山側に向かって車を走らせると、赤い屋根の城のような建物が見えてきた。楽園地のメインゲートだ。ここで入場チケットを購入し、別府市内が一望出来るケーブルカーに乗って山を登り、園内に入場するのだ。

 ケーブルカーの中から景色を楽しむ両親の横で、いつきはまだゲームを続けている。彼のスマホの画面では、使用しているアヒル美少女を先頭に熱いレースが繰り広げられていた。

 そして別府楽園地の名物『アヒルの競争(レース)』の方でも白熱した試合が行われていた。親子連れの観客がアヒル達に歓声を上げている。走っているのはメスのアヒル達だ。


『いまゴール‼ 一着は黒だー‼』


 八羽のアヒルたちが鳴き声を上げながら、ぞろぞろと一斉にゴールする。レースを実況していた飼育員が結果を告げる。一着のアヒルの首には黒のカラータイが巻かれていた。

 実況の飼育員が大きく手を上げて、子供達に呼びかけて集合を促す。


『さぁ、黒を予想した子は、お兄さんに券を渡してね? 外れた子達もおいでー』

「アヒルまんまるで可愛かったね!」

「お尻フリフリしながら走っててて可愛かった」


 アヒルの競争を見ていた子供達は楽しそうにアヒル達の感想を言いながら、飼育員に予想の色が書かれた券を持って行っていた。これは一着を予想し、当たれば景品が貰え、外れても参加賞の駄菓子が貰えるのだ。

 走り終えてケージに戻るアヒル達。彼女達はお互いが擬人化された姿に見えている。色付きのチョーカーを着けたアイドル衣装の美少女達が、お互いの健闘を称え合い、労っていた。


「ふぅ・・・・・・疲れたー。みんな、お疲れー! さぁ、この後は男子達のレースね」


 ケージの中に置かれた食事に手を付つけるアヒルの美少女達。この後は男子達のレースが始まるようで、彼女達が視線をアヒル男子達の待機するスタートケージに目を向ける。

 飼育員は次のレースの準備を始めていた。


『次のレースはアヒルのオス達が主役だよ! 十五分後に開始するからねー!』


 そこにちょうど、いつき達の家族がアヒルの競争会場に到着する。


「さっきのは惜しかったな。スタミナゲージが切れなければ勝ってたな、いつき」

「うん・・・・・・やっぱりあの服がないとムリだよ」

「もう、せっかく楽園地来たんだから、ゲームの話はやめましょ」

「ごめんごめん、そうだね。おっ、ついたついた。懐かしいなぁ」


 三人が会話しながら会場を見ると、そこにはU字型の長く広いトラックが見えた。


「へぇ~、最近はこんなに広いコースで走ってるのか。パパが子供の時は・・・・・・ほら、あれぐらいの直線コースでやっていたんだよ」


 父親が現在のコースを見て時代を感じると同時に、昔を懐かしみながらU字コースの奥にある直線コースを指差した。直線コースは先程のメスのアヒル達が走っていたコースで、U字コースに比べて、かなり距離が短い。


「あの直線コースはメスのアヒル用で、オスのアヒルがこの障害物コースを走るんですよ」


 いつきの父親の話が聞こえていたのか、先程まで実況をしていた飼育員が声を掛けてきた。


「ここのオスアヒル達はみんなガッツがあって、どんな困難な障害も越えてしまうスーパーヒーローみたいなアヒルなんだよぉ~」


 飼育員がしゃがみこんで、子供の視線の高さに自身の視線を合わせて、いつきに声を掛ける。


「スーパーヒーロー⁉」

「そうだよ~、みんなスゴイ特技を持ってるんだ」

「かっこいい! 戦隊ヒーローみたい!」


 飼育員のスーパーヒーローという言葉に、目をキラキラと輝かせるいつき。


「次のレースで走るヒーロー達は、あのアヒル達だよ! お父さんもお母さんも、良かったら予想して下さいね!」


 飼育員が立ち上がり、スタートケージの方に手を伸ばす。いつき達が手の指す方へ目を向けると、スタートケージの上にオスのアヒル達の大きな写真パネル飾られている。嘴(くちばし)を大きく広げた顔や、目を閉じている顔等、コミカルに写るアヒル達の写真が並んでいた。それぞれの首には八色に分けられたカラータイがついている。


「こちらの売り場で、一着の予想券を買って下さいね。一口百五十円です」


 飼育員がU字トラックの手前にある台車で、それぞれ赤、青、黄、緑、桃、紫、白、黒の色とアヒルの名前が書かれた紙が売られている。


「あれ? 昔は百円だった気がするけど・・・・・・」

「最初は百円だったんですけど、飼料の値上げに伴って、百円での維持が難しくなりまして。申し訳ないんですけど、それで五十円値上げさせて頂きました」

「あぁ、なるほど。それは大変ですね。えっと、それじゃあ、三枚下さい」

「ありがとうございます! 何色になさいますか? ボクも何色にしようか? 迷ったら名前で決めるのも良いかもしれないよ」


 飼育員が三人にアヒル達の色と名前と顔写真が記載されたラミネート加工済の紙を見せる。


「ユニークな名前だね~。じゃあパパは黄色のイエローボルトにしようかな」

「私は・・・・・・そうね、ピンクの桃次郎にしようかしら。一羽だけ漢字で男らしくて好きよ」

「ぼくは赤のレッドフレイムにする! リーダーみたいでカッコイイもん」


 いつきとその家族が飼育員から予想券を受け取り、父親が三人分の四百五十円を支払う。アヒルの競争の時間が近づくにつれ、広いコースの周辺に子供連れの観客が続々と集まってくる。

 一方、アヒルの美少女達も、自分達の食事を掛けて、アヒル男子達の一着予想をしていた。


「アタシは断然、パープルクラウン様かな」

「えー? 絶対レッドフレイム君でしょ。あ、でもヒステリックスノー君もアリね」


 実況役とは別の飼育員が、スタートケージにオスのアヒル達を連れてくる。


『さぁ、アヒルの競争、オスの部! 開催です! 走ってくれるアヒル君達は~・・・・・・』


 実況に合わせてアヒル達が尻をフリフリしながら可愛らしく登場した。観客達はアヒルがスタートに向かう際の行進に、黄色い歓声を送る。

 しかし、アヒル達の目線では、筋骨隆々で精悍なアヒル漢(おとこ)達が威風堂々と歩いてくる。ホリの深い眉に、艶のある嘴と割れた顎。頭より太い首、アフロのような胸毛が様(さま)になる立派な大胸筋。鍛え上げられた逞しい腕と脚、引き締まった水掻き。

 実況役の飼育員がアヒル達の写真を指差して、


『紹介しますので、スタート上にある写真と見比べて見て下さいね!』


 そこには観客や飼育員目線では可愛くてコミカルな写真となっているが、アヒル目線では爽やか系や中性的で色んなジャンルのイケメン達が並んでいる。しかし、どのアヒル男子達も今の姿とは違い、当時の面影が一切残っていなかった・・・・・・。


『右から順に、情熱の赤! 暴走特急列車のレッドフレイム! そして慎重の青! 計算高い分析家、ヒステリックスノー! 黄色い雷! 足は速いが食いしん坊、イエローボルト!』


 飼育員の実況に合わせて、三羽のアヒル漢が肩や首を回しながらスタート位置につく。


「スノー、今回はオレが勝たせてもらうぜ?」

「ハハッ。フレイム、冗談はよせよ。勝つのは私だ」

「へへっ、このボルトの足について来れるかな?」

『緑の疾風! 空に羽ばたけ、グリーンウィンド! 高貴な紫! 王となるか道化師(ピエロ)となるか、パープルクラウン! ピンクの兄貴! 次に鬼退治に行くのはこの俺だ! 桃次郎!』

「俺の顔いつ見てもヤベーわ。くしゃみ寸前の顔じゃん。いま撮り直してくれないかな」

「ミーの写真も撮り直してくれー! 今の美しい姿を撮ってくれ!」

「やぁだもぉ、アタイ鬼退治なんて怖くて行けないわよ。ね、グリーン、クラウン」


 紹介を受けた彼らもスタートラインに立つ。この三羽だけ決めポーズを決めている。


『最後は戦隊ヒーローの特別枠。清き白! 聖なる潜水(せんすい)艇(てい)、ホワイトマリン! 真の黒! 影の支配者ブラックニンジャ!』

「ブラック、もしかして今日もやるのかい?」

「拙者(せっしゃ)、勝つためなら手段は選ばぬよ、マリン殿」


 最後の二羽もスタートラインに立つ。全員揃ったところで、飼育員がスタートケージの扉を棒でコンコンコンと叩く。その音を聞いてアヒル漢達は急に真剣な眼差しに変わる。


『さあ、よい子の皆、これからレースが始まるよー! 位置について~、よーい、ドン!』


 棒でケージを叩いていた手を止め、開始の合図と同時にケージの柵を上げる。


「「「うおらぁぁぁあああああああああああああああああ‼」」」


 野太い咆哮を上げて一斉に走り出すアヒル漢達。最初の直線はみんな固まって走行している。


「どけどけどけぇえええええ‼」


 群れて走るライバル達をエルボーで薙ぎ倒しながら、レッドフレイムが集団から先頭で抜け出る。エルボーを喰らったアヒル漢達は横に飛ばされ、転倒していた。

 彼らの豪快なスタートの様子をノリノリで実況し始める飼育員。


『おぉ! 流石は暴走特急列車! ライバルを次々に押し分けて、レッドフレイムがトップに飛び出たよ!』


 レッドフレイムが最初の長い直線を爆走していると、目の前に少し長めの坂が現れる。


「坂がなんぼのもんじゃーい! うおおおおおお、お・・・・・・・・・え?」


 レッドフレイムが一気に坂を駆け上がると、その先は断崖絶壁のようになっていた。下はプールとなっており、カラーボールが隙間なく浮かんでいた。崖から池までの高さが意外にも高く、彼は恐怖で思わず立ち竦(すく)む。


『ちょっと長い坂道の後はカラーボールが浮かぶダイビングエリアが待ち構えているよ! みんな大好き水泳タイムだ! ちなみにアヒルは毛繕いする時に腰から出る脂を羽根に塗って、水に浮きやすくするんだよー!』

「ふっ・・・・・・ざけんじゃねぇぞ。高過ぎだろ、これ・・・・・・・・・」

「いやぁん! 鳥肌立ちすぎて鳥になっちゃう! あ、アタイ、最初からアヒルだったわね」


 レッドフレイムが立ち止まっている隙に、彼に吹き飛ばされたアヒル漢達が追いついていた。レッドフレイムの横に並んだ桃次郎も高さに驚いて、羽根を逆立てて身体をくねらせる。

 そこに遅れて坂を登り切ったグリーンウィンドが現れた。彼は両腕を胸の前でクロスさせ、身を屈めて力を溜め始めた。


「俺は・・・・・・・・・風になるっ‼」


 力を溜め切ったグリーンウィンドが両腕を真横に広げ、胸を大きく突き出す。そして利き足でしっかりと崖を蹴り、ふわりと飛んだ。両腕を広げたグリーンウィンドは池に落ちることなく、華麗に滑空しながら真っすぐに池の上を過ぎて行く。


「な、なにぃぃぃぃぃぃぃぃ‼」


 疾風の如く滑空する彼を見て、レッドフレイムを始めとするアヒル漢達は口をあんぐりさせて驚く。その中で、ホワイトマリンがスッと前に出る。


「ボクも行かせてもらうよ」


 ホワイトマリンが綺麗な飛び込みフォームで池にダイブする。着水と同時に潜水を開始。水上の邪魔なカラーボールを水中から攻略するつもりのようだ。


「くっそ、オ、オレも、い、行くしかねぇ! うおおおおおおおおお‼」


 グリーンウィンドとホワイトマリンに先を越された事で、レッドフレイムも腹を括って、しっかり目を瞑って飛び降りる。彼に続いて桃次郎、そして他のアヒル漢達も飛び降りた。

 一方の集団から離れて先を飛ぶグリーンウィンドは、コース折り返しのコーナーを曲がれずに焦っていた。そのまま観客が立つコース外へ向かって飛んでいく。


「まっ、曲がれない! どいてくれぇええええ!」


 驚いた観客は思わず道を開けるように、飛んできたアヒルを避ける。


『お客様、申し訳ありません! お怪我はございませんか⁉ グリーンウィンド、コースアウト! 彼はどこまで行く気なんだ⁉』


 実況がグリーンウィンドに集中している一方で、アヒル漢達はカラーボールをかき分けて池エリアを進んでいる。


「キャッ! 誰よ、いまアタイのお尻触ったの⁉」


 桃次郎はかき分けたボールがよく当たるのか、しょっちゅう自分の尻を押さえて辺りをキョロキョロと見渡していた。


「フハハハハ、御先(おさき)御免(ごめん)!」


 ブラックニンジャがコースの横柵の上を落ちないようにバランスを取りながら走る。水上の集団を横から一気に抜き去る。そんなブラックに池からアヒル漢達がヤジを飛ばす。


「汚いぞ、ブラック!」

「勝てば何でも良かろうなの・・・・・・だ、あぁぁぁぁあぁああぁああ‼」


 ヤジに言い返そうとよそ見をしたせいで、足を滑らせて柵からコース外へ転落。


「ぐふっ・・・・・・・・・無念」

『ブラックニンジャもコースアウト! さてさて、今度は途中の島で一休み。餌置き場で体力回復・・・・・・あっと、しかしイエローボルトがほとんど食べてしまっている!』

「うんまぁああああああ!」


 アヒル達を誘導する為に、池の途中の島に餌を設置しているのだが、食い意地が張ったイエローボルトとパープルクラウンがいつの間にか最初に上陸。イエローボルトは我先にと餌が入った器に顔を突っ込み、食い尽くす。

 パープルクラウンは餌よりも観客に興味津々で、一番観客が密集するコーナー内側に向かって謎のダンスを踊りながらアピールをしている。


「クソッ! ボルトに先を越されたか。飯(めし)は無視だ!」


 遅れて餌のある島に着いたアヒル漢達は、イエローボルトに蹂躙される餌を見て、先に進んで行く。集団に置いて行かれたイエローボルトはしっかり餌を平らげた後、彼らの後を追う。

 誰よりも早く池エリアを攻略したホワイトマリンが、必死の形相で走っている。しかし、彼の表情とは裏腹に、さっきから全然前に進んでいない。


「うおおおおおおおおおお・・・・・・おおっ⁉ なんだ、全然前に進まない‼」

『ホワイトマリンがひと足先にやってきたのはローラー床のランニングマシーンエリアだ! 走れば走る程、前に進めないぞ! さぁどうする⁉』


 丸くて可愛いアヒルがまるでランニングマシーンに乗っているような光景に、観客の子供達や親達が笑っている。

 遅れてローラーエリアにやってきたアヒル漢達もローラーに挑み、そして弄ばれる。


「分かったぞ! ここはっ! こうするんだ‼」


 皆がローラー床に苦戦している様子を少し離れていた場所から見ていたヒステリックスノーが、助走をつけてローラー床に猛進。そして床を踏んだ瞬間に急ブレーキ。すると助走でつけた勢いの慣性で、ローラー床を滑るように攻略する。


「あがっ! オゴゴゴゴゴゴ・・・・・・」


 ヒステリックスノーが滑った事でローラーの回転が突然逆向きになり、走っていたアヒル漢達は躓(つまづ)いて転倒。勢いよく嘴を強打するホワイトマリン。


「ボルトも行くよーーーーーーー‼」


 ヒステリックスノーが滑った後に、後ろから勢いよく走ってきたイエローボルトが、彼の真似で慣性を利用して滑る。ヒステリックスノーの時より強い回転に、転んでひっくり返っていた者や悶絶していた者諸共(もろとも)、工場のコンベアの様に流されていった。

 ローラーを流れるアヒル漢達は、中に入りやすいように少し捲り上げられた大きな布の下に次々と流され放り込まれていくが、急に周りが見えなくなり方向感覚を失う。


『この先は恐怖の真っ暗布潜り! ヒステリックスノーと続いて、イエローボルト、レッドフレイム、桃次郎、ホワイトマリンと続いた!』

「暗くて何も見えない!」


 ホワイトマリンはモゾモゾと左右に逸れたり逆走したりで、なかなか先へ進めないでいる。


「ぎゃああああああ‼ 狭いよぉおおおお‼ 暗いよぉおおおおお‼」


 ヒステリックスノーは閉所恐怖症らしく、布の中で暴れて前にも後ろにも進めずにいた。


『さてさて、レースの終盤、最後の障害物。心臓破りの地獄坂に最初に辿りつくのは・・・・・・・・・レッドフレイムと桃次郎とイエローボルトだ!』


 いち早く布エリアを抜けた三羽がゴールに向けた直線をひたすら走る。しかし彼らの前に立ち塞がる最後の障害は、あまりにも急斜面な坂道。今までの長距離障害物コースで蓄積した疲労も加わり、坂の前で思わず立ち止まる三羽。


「クソがー‼ この先のゴールに飯があるんだ。行くしかねぇ!」


 腹の虫が鳴くのが辛いのか、レッドフレイムがキッと坂を睨みつけて走り出す。


「くぅ~! アタイだって負けてらんないわ! そこの食いしん坊のせいでまだ一口も食べてないんだもの!」

「早いもの勝ちだろー?」


 イエローボルトのせいでコース途中の餌を食べれず、桃次郎は彼を睨みつける。イエローボルトは自身の尻を叩き、桃次郎を煽って坂を駆け上がる。


「キィーーーーーーーーーーーーーー‼ 待ちなさい!」


 挑発するイエローボルトに腹を立てた桃次郎が彼を捕まえようと追い掛け始める。

 それから坂の中盤に差し掛かると、鬼の形相で桃次郎がイエローボルトを追い掛けていた。荒い息遣いが彼の怖さを引き立たせる。


「ゼィ・・・・・・はぁ・・・・・・に、逃がさないわよーーーー‼」

「げえっ! もう来た! 頑張れボルトの脚! ふっ、ふおぉおおおおおおっ‼」


 ガクガクしている脚の筋肉に鞭打って、必死に足を前に出す。しかしもう限界だ。いつしか走る余裕は無くなり、一歩ずつ確実に前に進む。


「何よ、この坂! こんなドギツイ坂・・・・・・でも勝つのはアタイよぉ」

「ぜぇ・・・・・・ぜぇ・・・・・・今回・・・・・・こそは・・・・・オレが勝つ‼」


 桃次郎とレッドフレイムも地獄の坂道で限界を迎えていた。肩で息をしながらゆっくりと登っていく。ここを越えればきっとゴールがある、そう信じて彼らは気力を振り絞る。


「「ぬおぉぉおおおおおおおおおおおおお‼」」


 野太い雄叫びと共に桃次郎とレッドフレイムが足を踏み出す。斜め前方を見るとイエローボルトがふらつきながら坂を登り切っていたところだった。


「いけーー! イエローボルト!」

「桃次郎! もう少しよ!」

「負けないで! レッドフレイム!」


 いつき達も激アツのラストスパートに熱い声援を送っていた。


「これ・・・・・・で、坂も・・・・・・終わ・・・・・・・・・み、水ぅううううううう‼」


 やっとこさ坂を登り切ったイエローボルトの目の前にはゴール・・・・・・ではなく、給水エリアの水飲み場が設置されていた。爆発寸前の心臓、マグマのように煮えたぎる血液、ガクガクブルブルと痙攣する全身の筋肉。今のイエローボルトには目の前の水飲み場がキラキラと輝くオアシスに見えた。

 勢いよく水飲み場に飛び込むイエローボルト。ゴールは水飲み場と目と鼻の先にあるが、限界を迎えた肉体の前ではゴールより、目の前の水。


「おおーーーーい! イエローボルト! マジかよー! 走れ! 走れ!」


 いつきの父親はイエローボルトに檄を飛ばす。


「桃次郎! いまよ、今のうちにゴールして!」


 いつきの母親は隣の夫にニヤリと笑いながら、桃次郎を応援する。しかし桃次郎も坂を登り切って気力が切れたのか、目の前のオアシスに勢いよくダイブした。

 これにはいつきの母親も桃次郎が水飲み場に張り付く光景にガックリとうなだれた。

 桃次郎から遅れて、レッドフレイムもフラフラと坂を登りきり、顔を水飲み場に突っ込む。


『地獄の坂の後のオアシスには絶対に誰も逆らえない! イエローボルトも桃次郎も・・・・・・そして少し遅れてレッドフレイムも、水飲み場に首を突っ込んだ!』

「レッドフレイムーーーー‼ 頑張れーーーー‼」


 それでもいつきは諦めない。最後までレッドフレイムの勝利を信じて応援する。

 レッドフレイムもイエローボルトも桃次郎も、水飲み場から動けないらしい。イエローボルトと桃次郎は、力なくだらんと水に浮かび、レッドフレイムも指一本すら動かせないでいた。

 しかし突然、レッドフレイムが水飛沫を上げて水面から顔を離す。


「・・・・・・・・・・・・」


 レッドフレイムは無言のままフラフラと立ち上がり、よろけながらゴールに進む。その姿は何度やられても、諦めずに立ち上がり続けるヒーローのようだ。


「レッドフレイム! いけー‼」


 いつきの応援を背に受けて、レッドフレイムが堂々の一着ゴール。餌が大量に積まれてある餌置き場に、身体ごと倒れ込みながら突っ込む。


「・・・・・・・・・飯だぁああああああ・・・・・・・・・うめぇ・・・・・・うめぇええええええ!」

『レッドフレイム‼ このレースを制したのはレッドフレイム‼ イエローボルトに食べ尽くされて餌を食べられなかった反動か、すごい勢いで餌を食べてるぞー!』

 

 凄い勢いで餌をつつくレッドフレイムの様子を飼育員が観客に伝える。


「やったーーーー‼ ぼく当たったよーーー‼」


 いつきは大喜びして両親に予想券を見せびらかす。


「すごいな、いつき! くぅ、パパもママも惜しかったなぁ」


 息を呑んでレースの成り行きを見守っていたアヒル美少女達も賭けの決着がついたらしい。


「ほら! やっぱりレッドフレイム君だ! ほら、アンタ達ご飯よこしなさいよ!」


 一着的中させたアヒル美少女が、悔しがる他のアヒル美少女達から餌を回収していた。

 実況の飼育員はレースの終了を告げると、予想券を持った観客に向けて声を掛ける。


『レッドフレイムを予想してた子はこっちにおいでー! 外れた子もおいでねー! おっ、ボク。すごいね、おめでとう! この中から好きなお菓子を選んでね』


 飼育員がレッドフレイムの予想券を持ってきた子供達や、いつきに一着商品の菓子を見せる。その中で、いつきがある物を見つける。


「ボク、それはね、スマホアプリのアヒル♀レースで使える楽園地限定のキラカード入りウエハースだよ! このレースの一番人気のお菓子なんだ」


 一部の菓子に附属されているカードのQRコードを読み込む事で、ゲーム内ガチャと同じ性能のキャラクターや衣装が手に入るのだが、この別府楽園地のアヒルの競争では予想的中景品でのみ入手可能な楽園地限定キャラクターと衣装入りの菓子が貰える。入手ルートが超限定的なだけあって、性能が通常のガチャのものより、かなり良い物となっている。


「ぼく、これにする!」


 いつきは手にしたウエハースの袋を嬉々とした表情で開封する。中からはキラキラと輝くキラカードが出てきた。カードに写っているのはメスアヒルの実写の写真だが、傾けて少し角度を変えると、綺麗で可愛いイラスト調のキャラクターの絵が見える。桶と手ぬぐいを持った浴衣姿のアヒル美少女カードが当たる。いつきが当てたのは衣装カードのようだった。


「ぼくの欲しかった服より強いや! やったやった!」


 大喜びの息子の頭を優しい笑顔で撫でる父親。


「良かったな、いつき。また次もアヒルの競争見に行くか?」

「うん!」


 いつきは元気に返事をして、観客の温かい拍手を浴びるオスのアヒル達に目をやった。大好きな戦隊ヒーローのように、いつきにはアヒル達がキラキラと輝いて見えていた。

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