第11話 三度目の正直

あれからも何度かデートをしたが、キョウコの時折見せる暗闇が気になって仕方なかった。

ただ、話を聞けば聞くほど“どうにかしてあげないと”と思う自分もいた。

キョウコ自身の話に関しては今後の関わり方でどうにかなるものが多かったのもその理由だった。


それ以上に気がかりだったのは、キョウコの両親に関する話だ。


デートを重ねる中で何度か家族の話が出てきたが、どれも一般の家庭で聞く内容とは少し異なっていた。


その中でも異色だったのがお母さんだった。


キョウコのお母さんは元々水商売をしていて、そこでお父さんと出会ったと話していたが、お母さんは海外で学校に通っていたとも話したり、今でも家の中で奇声を発することがある、キレると何するか分からないから怒らせないようにしていると話したりと聞いていて反応に困る内容が多かった。


聞いているときは正直、“俺が考えても仕方ないし、会うことはない”と割り切って聞いていたが、キョウコと関わる機会が増えるごとに親の存在を意識するようになっていた。


キョウコと約束した1ヶ月が過ぎようとした頃、キョウコから次の約束の連絡がきた。

特に予定もなかったので次の休日に会うことにした。


「よっ!今日も楽しんでこぉー!」

さすがに二人の距離は縮まっていた。


「とはいえ今日はノープランなんだよね~」

これまでのデートは全てキョウコに任せていた。

買い物から始まり、遊園地や動物園と学生が行くデートスポットには一通り行った。


「今日はさ、気分を変えて少しゆったりしたデートにしよう!」

そういうなりキョウコは駅に向かった。


「750円の切符を買ってね!」

いつも行先は言われず、集合時間と場所だけが伝えられていた。


電車で小一時間揺られているとビルの立ち並ぶカラフルな景色から海と緑の映える原色の景色へと変わっていった。


電車を降りると

「久しぶりに海を見た気がする!」

キョウコは少年のような眼差しで海を見つめていた。

釣りをしている人ぐらいで他に人はほとんどいなかった。


「言っても都会の海だからねーそんなに見に来る人はいないよね」

妙に説得力のある言葉だった。


「たまには良くない?」


「そうだね」


「本当に思ってるのかな?」


「思ってるって!」

いつものくだらないやり取りをしていたら、急にキョウコの声のトーンが変わった。


「達也さ、あれからもう1ヶ月ぐらい経つけど、この1ヶ月どうだった?」

キョウコの不器用さを表すようなストレートな質問だった。


「どうって…楽しかったかな」

安易な返答は控えないといけないと思い、無難な回答をした。


「それだけ~?」


「う~ん…どんな回答が欲しいの?」

絶対に聞くべきことではないと分かりつつも自身の言葉だけで表現することから逃げた。


「それ聞いちゃう?そこは分かってくれてると思ってたんだけどな~…」

少し悲しそうな表情をしていた。


「なんとなくだけなら…」


「もう!ハッキリしないなぁ!男らしく話してみてよ!私は傷ついたりしないしさ!」

キョウコの言葉が嘘なのは分かっていた。


少しの間、鳥のさえずりだけが響いた。


俺はこの1ヶ月を思い返していた。

本当にこれまでにないぐらい楽しい1ヶ月だった。

キョウコに対しても感謝の気持ちもあるし、どうにかしてあげたい気持ちも出てきていて、これからも一緒にいると楽しい日々になることは想像できた。

ただ、どうしても親のことは気になっていた。

もし付き合うとなると何かしらの形で親と関わることが出てくるかもしれない。

もし長く続けば一度キョウコから話されている手前、将来の話とかになる可能性もある。

何を優先すべきかをずっと考えていた。


「達也、少し深く考えすぎてない?」

思ってもいなかった言葉だった。


「別に結婚したいって言ってるわけじゃなんだからさ!」

キョウコの言葉に急に気持ちが軽くなった気がした。


「俺は何て答えたらいい?」


「だから聞かないでってば!」

キョウコは笑いながら言う。


自問自答しながら返答を考えた。


「この1ヶ月本当に楽しかった。俺だったら絶対に考えないデートだったり、くだらないこと言い合って笑ったり、すごく新鮮な1ヶ月だった。こんな感じがずっと続けば楽しいだろうなって思ったよ」

色々考えて出た回答とは思えないほど淡白で的を得ない回答をしてしまった。


「で、これからどうしてくれるの?」

誰しもが思う疑問だった。


「え~っと…これからも一緒にいよう?」


「そこは疑問じゃなくてさ、言い切ってよ!まぁ達也らしいといえばらしいけど!これからも一緒にいていいんだね?」


「うん」


「良かったぁこれでもう一緒にいたくないとか言われたらどうしようかと思った!喜びよりも安心が勝った!」

キョウコは笑いながら目を潤ませていた。


「これからもよろしくね!」


「こちらこそ」


「ちなみに彼女ってことで良いんだよね?」


「改めてそう言われると返事がしづらいよ」


「じゃあ、達也の彼女は私ね!間違いない?」


「うん」


「よし!そうとなればこれからの予定も張り切って考えようっと!」

これまで見た笑顔の中でも一番だった。


“これで良かったんだよな”

スッキリしない感じではあったが、この日からキョウコと恋人になった。


帰りの電車の中でもキョウコのテンションは高かった。


「次は水族館に行きたい」

「北海道旅行がしてみたい」

「ペアで何か欲しい」


最寄り駅につくまでキョウコは話し続けていた。


電車を降りて家路につこうとしたとき


「ちょっとぉお別れの挨拶は?」

いつになく慣れ慣れしく感じた。

多くの人がいるところでそういうことをするのは正直抵抗があった。


「何?恥ずかしいの?」

いつもの皮肉だ。


「お子様なんだからっ」

キョウコは何の躊躇もなく挨拶を交わした。


「これからもっと恥ずかしい場面作っちゃうもんねーだ!」

本当に意地悪だと思った。


「じゃあね!また明日ね!」

いつになくキョウコが可愛く見えた。


帰りの電車は疲れて眠ってしまっていた。

アナウンスで起きるとLINEが来ていた。


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