第3話 二度目の挨拶

一通りの葉が落ちた頃にキョウコは口を開いた。


「私、実はコウスケともう別れたんだ」


「えっっ!?」


「そんなに驚く?言ったじゃんカラオケの時に」


「聞いてはいたけど、そんなに早いとは思ってなかった」



「それは私が薄情ってことでいいのかな?」

いたずらをする子どものような表情でキョウコは話した。


「そういうわけじゃないけど......」

悪い癖がまた出てしまったと後悔した。


「冗談だよ!やっぱり我慢できなくってさ」

明るいキョウコに戻っていた。


「そんなことよりさ、別の話がしたくって」


「何?」

不安と恐怖で片言になりそうだった。


「また冷たくなるじゃん!」

どうやって普段の俺に戻ろうかと考えていた。


「カラオケの時のこと、嬉しかったな」

正直、一番出されたくない話題だった。


「私さ、コウスケに私の望みとか意見を伝えたりできなかったからさ」

夕暮れで表情はハッキリ見えなかったが、少し鼻をすすっている音が聞こえた。


「そっか、でももう悩む必要もなくなったし良かったじゃん」

感情の乗らないありきたりな言葉で答えた。


「達也、感情はどこにおいてきたの?」


「あるし!」

互いに笑顔がこぼれた。


「こうやってさ、言いたいことが言えて、一緒に笑って、考えて、過ごしていける人が理想だなって思ったんだよね」

キョウコの表情から本心であることはすぐにわかった。


「そう!聞きたいことがあるんだけどさ…」


急に怖くなった。

次に来る質問が自分の中でいくつか予想できたからだ。


「カスミとは結婚するの?」

「結婚!?」


驚きすぎて間髪入れずに聞き直してしまった。


「今日はよく驚くね」

悪い顔をしながらキョウコは笑っていた。


「驚かせることばっか言うからじゃん」


「私たち大学生だしさ、そう遠くない未来だと思うんだよね」


最近、予想の上ばかりいかれるので自分の未熟さを嘆いていたが、

“それはそうか”と少し納得した。


「で、結婚するの?」


「さすがにまだ付き合って間もないし、全然そんな話はしてないかな」

実際、付き合ってはいるものの、休日に会ったりした回数も少なく、本当に何も考えていなかった。


「そっかそっか、何か少し安心したよ」


「どういうこと?」


「そのまんまだよ?まだ私にもチャンスがあるってことね!」


何と答えれば良いのか分からなかった。


「俺とあんなことがあったから別れたわけじゃないよね?」

不安が理性を通り越し、つい口にしてしまった。


「関係ないに決まってるじゃん!海外だったら挨拶なんだし!」

頬を少し赤らめながらもキョウコは否定した。


その表情を見て不覚にも“可愛い”と思ってしまった。


「もう暗くなってきたし、帰ろっか!」

キョウコは立ち上がった。


「そうだね」

俺も立ち上がろうとしたとき、キョウコが肩に手を置いてきた。


「最後にバイバイの挨拶しないとね」


キョウコの言葉の意味が分からず困惑していた。


「ダンスできるのに、こういうのはほんっと不器用だね」


意味が理解できた頃には自然と目を閉じていた。


「挨拶って大事じゃん?」

キョウコは悪びれる様子もなく、むしろ楽しんでいるようだった。


2回目だったこともあり、不思議と罪悪感は薄れていた。


「達也はさ、なんでカスミと付き合ったの?」


唐突な質問に加えて、自身が流れに任せたこともあり、回答に戸惑った。


「告白されたからかな?」

曖昧な返答しかできない自分を恥じた。


「それだけ!?もっとさ、可愛いからとか、素直だからとか無いの?」

ごもっともな質問だ。


「それはあるけど、傷つけるのが怖くて」

本当にカスミを傷つけるのが怖かったのか、自分が傷つけた加害者になりたくなかったのかよく分からないでいた。


「それってさ、いつかカスミがすごく傷つくんじゃない?」


正直そこまで考えていなかった。


「なんで?」


「だって好きかどうかわからないのに付き合ったってことでしょ?今はカスミのことどう思ってるの?」


「わからない」

なぜかキョウコの質問には取り繕う気が起きなかった。


「カスミは達也のことすごく好きだってみんなに言ってるよ」

これまで感じたものとは別の嫌悪感が生まれた。


「いつかその温度差が二人の亀裂にならなかったらいいけど......」

キョウコはまんざらでもない表情をしていた。

自転車で家まで帰っている間、ずっとキョウコの言葉が頭から離れなかった。


それはカスミとのことではなく、「チャンス」という言葉だった。

このときの俺はまだキョウコの言葉の本質が理解できていなかった。

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