第5話 体育館のジャージ
4月の雨というのは思っていたよりも寒い、けれど日が出ている時には朝の寒さは何処へやらで着ていくものに悩んだりするのが頭を悩ませる。
もしこれが冬の時期だったら持っていくものが増えるので大変だ、なんて普段より適当なことを思いつくのは今が見学をしていて手持ち無沙汰だからだ。
「暇だなぁ……」
体育は好きだ、だけど雨は好きじゃない。本来であれば今日は外での体育の授業であった。ちょうど家庭科の授業をおこなっている葵と目が合うので自分としては不思議とワクワクした気分で夢の中に入ったはずだが起床した瞬間、外から聞こえる音に肩を落としたのを覚えている。しきりに葵の方から心配されたのもこれが原因だろう。
「早く終わらないかなぁ、いやでも葵とお昼の時間にやることがあるんだっけ……」
何から何まで上手くいかない。そんな日は誰だってある、けれど落ち込むか落ち込まないかは自由なのだ。私はあからさまに解るように大きなため息をついて、目の前のバスケの勝敗を眺めていた。
「朝っぱらから何ため息をついているんだ?」
一体誰だろう、後ろを振り向く。そこにはクラスメイトの中であまり関わりたくない人物であり昔馴染みの1人こと直江冬香が立っていた。
「せっかくクラスメイトが頑張っているんだから応援でもしたらどうだ?年頃の女が嬉々とした声をあげて楽しんでいるんだぞ?」
「あいにく、同性になってから興味がなくなってね。昔なら話は変わるけど」
嫌みたらしく言ってくる彼女、背丈に関しては私よりも頭ひとつ低いが葵よりかは高い。薄緑色の髪を高く束ねておりポニーテール状にしてあるのは、越後を治めていた上杉家の家臣であり、その知略を擁して守り抜いていった男、直江兼続であった。
私の言葉を鼻で笑った後、綺麗な足を畳んで隣を座り込む。こうして横並びに座ることが出来るとは思ってもいなかった。互いに腰には刀などなく、あるのは動き回り熱くて脱いだ体育のジャージだけであった。
「転生した先がこんな平穏だとなんか異世界に来た感覚になるよ、片倉はどうだ?」
「私も同じ感じかな。最初の頃はなぜか東洋に来たんじゃないかって」
「歴史の本で見たよ、徳川家が天下を取ったんだよな…悔しい気持ちはあるけど個人的には嬉しく思っているよ、今の人たちは命の大切さを私たちの時代よりもきちんと認識している」
私たちの時代だったらこの学校にいる男子のほとんどはもう既に元服を果たしている年齢だ、それが今では高い水準の勉学に身分の差もない恋愛だってできる。
今の平和の時代が自分たちが求めていたものであると実感できるが、やっぱり互いの君主が収めた平和を過ごしていきたかった。
「伊達家だって上杉家だって天下を取ることができた、私はそう思っている。運がなかったとか色々あるけどそれでもあの人が収めた世界線がどうしても見たかったって思うんだよ」
互いに支える立場だからか彼女の気持ちは重々理解できる。けれど、私はもったいないと思った。自分たちが喉から欲しがったその平穏を今かみしめなくていつ感じるつもりだろう。
「まぁ、今の時代はそれはそれで楽しいんじゃないか?葵は昔の記憶はないけどそれでも今の時代を楽しんで生きているよ」
「今世の片倉小十郎はかなり主に甘いようだな…うちも人のことを言えないが」
沈黙が流れる、気づいたら自分たちが体育をやっていたことなんて忘れていた。徐々に周りの甲高い声が耳に届いてくる。
試合終了のブザーが鳴っていたようで周りで見ていたクラスメイト達は続々と真ん中に集まっていくのを見て私達も腰を上げていった
「とりあえず、私はあの人との今後を楽しんでいくよ。平和ならそれはそれで初めてのことだからな」
「はいはい、お熱いことで」
互いに今は新しい関係がある。あの当時、刃を向けあった者同士あたらしい関係性が友人であるということに可笑しく笑ってしまった
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