第4話
『ガム・シャラ男さんのお笑い、私は大好きです! これからもガムシャラに頑張ってください!』
『タケトンボさんと組んでた、ピーナッツマンの頃からの大ファンです。解散しちゃって残念です』
『ガム・シャラ男さんの大ファンです。ピーナッツを鼻に入れて口から出すネタが一番好きです』
ファンレターにはそういったことが書かれていた。ピーナッツマンやらタケトンボやら、とにかくネーミングセンスがなく、ださい。
ガム・シャラ男──黒河は俯いたまま顔を上げない。俺のような年下の男に説教されて、情けなく思っているのかもしれない。
「あんたが死んだら、ファンが悲しむんじゃないのか? 家族だって悲しむだろ。遺された人たちの気持ちは考えたのかよ」
俺は孤独な人間だ。俺が死んで悲しむ人はもうこの世にはいない。だが、こいつは違う。家族はどうかは知らないが、彼のファンたちは悲嘆に暮れるだろう。
「ファンは悲しむかもしれない。でも、家族はきっとなんとも思わないさ。元カノの加奈子だって、きっとそうだ……。君にとってはくだらないことかもしれないけど、俺は本気なんだ。もうこれ以上生きててもしょうがないんだ」
黒河はついに泣き出してしまった。考えてみればこいつは、本気で死ぬ気だったのだ。理由はどうあれ俺が偶然ここへ来ていなければ、こいつは今頃死んでいたのだ。甘っちょろい奴だと思っていたが、死ぬ覚悟だけは一丁前にあったのだ。
「分かったよ、おっさん。でもやっぱりその程度じゃ死ぬに値しない。だから俺と、賭けをしないか?」
「……賭け?」
「ああ。あんたが勝ったら、俺は何も言わずに帰るよ。でも俺が勝ったら、あんたは死ぬのを諦める。それでどうだ?」
黒河は顔を上げ、情けない表情で俺を見つめる。涙と鼻水を垂れ流し、なんとも言えない滑稽な表情だった。
「その……賭けってのは?」
「あんたの元恋人と、元相方に電話をかけるんだ。そして復縁を持ちかける。どっちか片方でもやり直してくれると言うなら、あんたも生きる希望が持てるだろ。どっちもNOと答えたら、あんたの好きにするといい」
俺にとっては一円の得にもならない賭けをふっかけた。ただ俺は、このまま彼に死なれるのが嫌だった。この後家に帰って、もやもやしたまま死にたくない。ただそれだけのことだ。
しばしの沈黙の後、黒河は「分かった」と首肯した。
黒河はテーブルの上に置いてあったスマートフォンを掴んだ。
「まずは元相方にかけてみます」
「タケトンボか」
「そうです」
言いながら黒河は震える手で画面を操作し、スマホを耳に当てた。
「もしもし、俺だけど」
タケトンボはすぐに出たらしい。軽く挨拶や近況を話し、黒河は本題に入った。
「あの……俺やっぱり、もう一度タケルと漫才やりたいんだ。解散した後、三ヶ月間一人でやってみたけど、やっぱりタケルとじゃなきゃダメなんだよ! 高校卒業した後、お笑いで天下を獲ろうって誓ったよな。もう一度、俺とコンビを組んでくれないか?」
ゴクリ、と黒河が唾を飲み込む音が聞こえた。十数秒の沈黙の後、「そうか、分かった。頑張れよ」と黒河は掠れた声で言い、電話を切った。
「どうだった?」
問いかけると、黒河は伏し目がちに首を振った。
「ダメでした。もう新しいコンビを組んだらしくて……」
「じゃあ、次だな」
元相方に二度も振られたのがショックなのか、黒河は俯いたままだった。
「ほら、最後に男見せろよ」
「……はい」
スマホを握り直し、黒河は元恋人に電話をかける。しかし、すぐにスマホを耳から離した。
「どうしたんだ? かけたのか?」
「彼女……携帯解約したみたいです」
世界の終わりを見たような顔で、黒河は虚空を見つめて呟いた。
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