第141話 令嬢は訓練に励む
お兄様は防護魔法の維持で疲れが溜まっていた為、話には参加できても実際の訓練には参加できず、完全にしょぼくれていた。
「クリス様、お兄ちゃんがしょぼくれ過ぎてて面倒くさい」
「ちょ、だからって僕を巻き込まないで下さい! 今回は生け贄にはなりませんよ!」
前回ってどれだっけ。生け贄に差し出す事が多過ぎて、どれの事を言っているのか最早わからないレベル。
「兄ちゃんのエルちゃんへの溺愛ぶりは凄いからなぁ」
「ジョーさん!」
「いや、俺ジョン」
助けを求めようとしたジョンの名前を間違えるクリス。似た偽名が多いから覚えにくいよね。
「あ、すみません……。皆さん異国の名前だから覚えにくくて……」
「まぁ、皆似たような偽名だからな」
「偽名だったんですか!?」
クリスは色々な事を知っているが、ダンジョンギルドについてはあまり知らない。
北の辺境伯領にダンジョンはあってもダンジョンギルドはなく、今まで登録もしていなかったからだと思う。
「ダンジョンギルドで本名の奴はほぼいないぜ。皆伝説のSSランカーのジョシュアかエムに憧れて、真似しているんだよ」
ジョシュアは近接攻撃、エムは遠距離攻撃が得意だったと伝わっている。
子どもが読む小説の主人公とかにも起用されているので、何処まで本当かはわからないが、二人が滅茶苦茶強かったのだけは間違いない。
「そうだったんでスか。正直ちょっと不思議でした」
「ま、頑張れや。俺、ジョー、ジョージ、ジョージアは皆髪色が似たり寄ったりで、髭面だしなぁ」
「よく一緒にいるしね」
仲が良いだけあって、年齢も似たりよったり。全員に並んでもらったらまだわかりやすいが、最初は単体だと途端に怪しくなると思う。
「そうだな。憧れが一緒だと気も合うんだよ。同じ名前の奴も多いし、俺も色々な所で苦労したよ」
「私は少しずつ知り合ったからね。一気には難易度が高いんじゃない?」
今回参加したギルド員で似た名前なのは、ジョン、ジョージア、ジョー、ジョージに、サム、トム、イム、アム。
顔と名前を一致させる以前に、名前そのものを覚えるのも大変。
「ギルド員は皆間違えられることには慣れているし、クリス様は俺たちにもすっかり馴染んで仲良しだ。呼び名くらいどうってことないさ」
「僕が気にしまス! 助けてくれた人の名前もちゃんと覚えられないなんて!」
「真面目だな」
ジョンが楽しそうに言うので、クリスの良いところを追加しておく。
「真面目でお人好しで、気が利くのがクリス様なの」
「騙されそうだな! おい。がはははは」
ますます楽しそうなジョンに追加。
「後、料理も上手なんだよ!」
「嫁にいいな! がはははは」
クリスまでしょぼくれてしまった。褒めたのに。ジョンのせい? ジョンのせいにしとこ。
「エルちゃん、俺馬の上に乗っていたやつを教えて欲しい」
そこにやって来たトムに言われて、ギルド員が興味を持っていたのを思い出した。
「えーと、じゃあ、ジョンが馬役で」
「俺かよ!」
ジョンを馬役に指名した。だってクリスに頼む訳にはいかないし、馬役がいないと再現できないじゃない。
「四つん這いでいいのか?」
何だかんだで普通に馬役をしてくれようとするジョン。そこに。
「いやいや恩人に馬役はさせられませんから。俺がします!」
クリスと一緒にいた辺境伯の兵士さんが申し出てくれた。
「そうか? 俺も見たかったから助かる」
あっさり兵士に馬役を譲るジョン。知らない人に馬役になってもらう方が緊張してしまう。
「えーと」
「一個ずつゆっくりだぞ」
ジョンに言われて一つずつすることにした。
「まず、板っぽいのを創ります。それに自分の足を固定します」
四つん這いの兵士さんの背中に、板を創って乗っかる。ちゃんと板を創ってから足をかけたよ! 知らない人に馬乗りにはなれん。
「待て待て! 既にエルちゃんが浮いてるだろ!」
ジョンに指摘された。
「あれー?」
言われてみればそうだった。
「創った板? に、最初から重力魔法が展開されていましたね」
私の説明はぼろぼろで抜けが多いので、通訳のクリスが大活躍した。
イザーク様がギルド員と対戦中に、そろそろエーリヒから定期連絡が来るからと通話機を預けられた。
報告が主だから聞いて後で伝えてくれたらいいと言われた。そして、対戦中に通話がかかって来た。
「はい、こちらイザーク様の通話機です。代理でエルが出ています」
『エルちゃん? 元気そうだね』
「うん、元気。楽しくやってるよ。そっちはどう?」
『ディートリヒ様が凄いよ。殿下の評判の悪さを利用して、自分も噂と違ってしょぼい側近候補を演じててね。直接言わずに君たちと同じレベルの人間だよって認識させてさぁ』
どうやらあちらでは、魔王様が暗躍しているようだ。
『僕では仕入れられなかった情報を簡単に集めるんだよねぇ。特に、行方不明だった兵士! 僕が数日かけても見付けられなかったのに、たったの数時間で見付けちゃったんだよ』
エーリヒが興奮している。これは魔王様、かなりエーリヒに気に入られたとみた。
「へぇー、凄いね」
『わかってないね、エルちゃん。騎士の職務規定違反な行動まで、自発的に話させて証拠として録音してるんだよ。えげつなくない!? 職務規定にも詳しいねって言ったら、こちらに来ることになってから勉強したって言うんだよ。凄いよ』
うん、感情が籠らない凄いねになってしまったのは、想定の範囲内というか想定を越えて来るのが想定通りと言うか。
色々想像して感情が抜けてしまっただけです。ディートリヒが凄いのは知っている。何故か私の変身魔法も直ぐに見破ったしね!
『チャラい仲間だと思わせて情報を集めて、しかも真面目で悩んでいる騎士には僕に相談に来るように誘導しているんだ。ほんと、敵に回したくないタイプだよねぇ』
その後もエーリヒのディートリヒ大絶賛は続いた。
後は途中経過の報告で、エーリヒ自身も大した内容は無いと言っていた。確かに伝言で充分だった。
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