第139話 令嬢は違和感を感じる

 イザーク様とデポラの対戦が静かに始まった。デポラの動きが早いだけでなく力強い。

 体格でも力でも完全にイザーク様に負けているのに、それを感じさせない始まり。


 イザーク様も凄く楽しそうでにやにやしている。ただここに来るまでにも感じたが、デポラに違和感がある。

 じっくり観察すると、何かデポラの反応速度に体がついていけていないのだと思い至った。

 この違和感を解消できれば、デポラはもっと凄いはず。どうにかできないのかな。


 二人の対戦は一応デポラの勝利で終わったが、もう少し長引いていたら負けていたと思う。

 デポラが肩で息をしているのを初めて見た。体格差と性差は、大変なことなんだなと改めて思い知った。


 全部は分からなかったが、駆け引きも凄かった。それにイザーク様は、デポラ相手に楽しんで色々とする余裕があった。

 イザーク様がただ勝つことだけを目的に対戦していたとしたら、結果は違っていたと思う。


「デポラに違和感を感じる」

 デポラに駆け寄って一言。


「違和感って?」


 ダーリンは現在ジョンに確保されているので、私がデポラに一番乗り。

 ダーリンに助けて欲しそうに見られたが、スルー。私だってデポラと二人で話したいもん。


 皆は二人の対戦を見てテンションが上がり、そこら中で対戦が始まった。

 ギルド員や辺境伯兵士にとっても、先程の対戦はかなり刺激的だったもよう。自分の不利を埋める様なデポラの戦い方は、誰の参考にもなる。


「そう。何て言うか、デポラに体が追いついてない感じ?」

 上手く説明出来ない。


「……そうね。鍛えるのに限界を感じているわ。一応身体強化も特訓しているけれど……」


 流石デポラ。私の拙い説明でも意味が通じている。


「うーん。身体強化って元の能力を引き上げるんだよね? 私、元がダメすぎるからかあまり体感無いんだけど」


「そうよ。だから魔法の能力が同じとして、元が十なら二十になるけど、元が五なら十にしかならないわ」


 だから私は体感できない。きっと一を二とか三にするくらい、しょぼいんだろう。


「ねぇ、他の魔法も駆使したらどうなるかな?」

 ニヤニヤしながら言ってみた。


「私にエルみたいな魔法の展開の仕方は無理よ」


 以前デポラに私の課題は動ける様になることで、体が無理なら魔法も使えばいいと言われて考えていた。

 それはデポラも知っていて、私は魔力を外部から利用する方法を主に考えていた。


「でもさ、身体強化はデポラの方がずっと上手だよね。外に出す魔法は苦手でも、自分にかける魔法はそうでもないんじゃないかな」


「……そうか。可能性はあるわね?」


「時間はあるし、デポラが本当はどう動きたいのか教えてよ。それに合わせた魔法を考えるから」


 色々とデポラに聞いた。デポラがしたい動きと、実際にできる動きの差を魔法で埋めてみたい。

 ダーリンも混ざりたそうに時々視線をこちらに向けていたが、ギルド員に離してもらえなかった。


 今、姫を守る騎士がやってくると、過保護が発動して話し合いが進まなさそうだから、ギルド員に捕まり続けていて欲しい。

 ダーリンがいないお陰か、なかなかデポラと面白い話し合いができた。わくわくして来た。


 それからデポラが誰かと対戦する時は、食い入るように観察した。

 デポラの動きを、目を最大限に身体強化して見るようにした。


 動体視力は運動音痴でもそこまで悪くなくて良かった。ギリギリだけれど、動きを追える。

 デポラの癖、動き方、メモをとりながらじっくり観察する。クリスがそっと私にタオルを掛けに来た。

 また呪いをかけ始めていたみたい。仕方がない。凄い真剣に見てるもん。


「デポラさんの動きを真似するのは、難しいと思いまス」


「私が真似するつもりはないんです。デポラ様本人を進化させようと思いまして」


「進化スか?」


「そうです。クリス様も私に協力してくれませんか。あっ、今どうしてあんな動きを?」


「えぇ?」

 

 どういうデポラの動きに魔法の補助が必要で、どういう魔法なら身体能力を補えるかを考えた。

 逐一デポラに伝えて試すけれど、身体強化とはまた感覚が違って訓練が必要と言われた。


 まずは手段として有効かを、手っ取り早く私がデポラに魔法をかけることで確かめることになった。

 絶対にダーリンが反対すると私もデポラも考えたので、ギルド員にタルトという賄賂を渡してダーリンを次々に引き留めてもらった。

 色々と試した結果、魔法は私が、タイミングはクリスの合図にすると、驚くほど上手くいった。


 次は実戦で相手はイザーク様。二人が怪我しないように、お昼寝前のお兄様に防護魔法をかけてもらう。

 皆が興味津々だったので、見回り以外はほぼ全員が訓練施設に集まった。避難している領民まで集まった。


「お兄ちゃん、反射はなしでデポラ様とイザーク様にがちがちの防護魔法をかけて欲しいの」


「……また、面白いことを始めたの?」


「うん! 凄いことになると思うよ」


 お兄様が寝ている間にデポラと色々やっていたので、ちょっとお兄様が拗ねているっぽい。いや、間違いなく完全に拗ねている。


 拗ねているけれど、この数日で何回かイザベラからお兄様に通話があったの知っているんだからな!

 イザベラ、私には一回しか通話くれなかったのに。私も拗ねている!


「では、デポラ様! 私に身を委ねるのです!!」


 安心感を意識して、両腕を広げて自信満々風にデポラに言った。


「不安しかないわ……」


「ひどーい!」

 

 デポラは反応速度が異常に速い。但し、それを叶える筋力が無い。

 そして一般的な男の人に比べ、背も低いけれど何より体重が軽すぎるという結論が出た。


 それを身体強化だけで補おうとするのではなく、あらゆる魔法を駆使して補おう作戦。

 実際に練習してみて、上手くいく気しかしない。わくわくする。

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