第135話 小姑の本領発揮 2

 ベルンハルトの執務室にディートリヒが到着した時には、思ってもみない方向に話が進んでいた。

 イザークが救援へ向かう事になっていて、その為の準備が行われていた。本来であればおかしな話。ディートリヒはベルンハルトに尋ねた。


「国には騎士団がいるのに、学生が救援に行くの?」


「ああ。イザークも凄いがエルヴィーラも凄くてな。Sランクのギルド員が何人も参加するんだ!」


 詳しく聞けばイザークがここで指示を出し、エルヴィーラがギルドのSランクを集めたと言う。

 ベルンハルトは興奮しているが、そういう問題では無い。本来大人がやるべきことだ。


 ベルンハルトの側仕えは見直されたが、今も微妙なのか。いや、さすがに今回はまともな人選だと信じたいとディートリヒは思った。

 確か王妃陛下に頼まれて、父も少し関わった筈。なら大丈夫だろう。実際、イザークの指示を迅速かつ的確に行っている。


 彼らとしては、ここはイザークに従った方がいいとの判断だろうか。

 それもどうなのと思いつつも、ディートリヒはある程度の情報を集めた後、父に通話する為退出した。


「イザーク様の話は聞いた?」


『ああ。正直なところ、騎士団が動くよりイザークくんが動いた方が確実で安全だ。ベルンハルト殿下はイザークくんが動いた後、王家が辺境伯へ誠意を見せる為の謝罪用らしい』


「学生の王子に謝罪されて、それって誠意だと受け取れる?」


『微妙だが、陛下が城を離れられない現状ではそれしか選択肢が無いな。王弟殿下が行くと言っていたが、容疑者だから宰相が選択肢から外した』


 ディートリヒは消去法かと思った。騎士団があてにならず、評判のよろしくない王子に謝られてそれを受け入れなければならないローヴィル卿が不幸過ぎる。

 父は城で辺境伯が陥れられないようにゲルン卿と動くことを選び、現場に向かうベルンハルトに同行するように言われた。僕も学生なんだけど……。


『私が行くことも考えたが、学生の方が油断してもらえるだろう。連絡が取れなくなっている辺境伯の兵士二人が心配だ。その辺りを探ってくれ。あちらにいる魔法士のエーリヒを頼れ。ゲルン卿と懇意にしている魔法士だ』


「……わかりました。イザーク様と可能な限り連携します」


 その通話の後、ベルンハルトにもイザークに同行させてもらうように指示が出たらしく、一緒に続きの間へお願いしに行った。

 空気を読まずに居座ろうとするベルンハルトを連れ出して、部屋に戻って父と情報交換をする。


『よぉ、ディートリヒ。詳細は聞いているか?』


 父との通話を終えて情報を整理していると、イザークから通話があった。

 続きの間でもベルンハルトを個室から連れ出してすぐに通話をしてきて、驚いたが。


「ええ。聞いています」


『現場はディートリヒに頼みたい。殿下を隠れ蓑に出来るだけ証拠を集めてくれ。そういうのはエーリヒが得意だから、協力してもらうといい』


「そのエーリヒさんだけでは、証拠を押さえられないのですか?」


『エーリヒは優秀だからもういくつか証拠は押さえていると思う。ただ、実家の爵位が低いのが難点だな。そこをディートリヒで補いたいんだよ』


「可能な限りは動きますが、期待しないで下さいね」


『期待しているよ。こういうの、得意そうだもんな』


 心底やめて欲しいとディートリヒは思った。イザークに期待されるような経験も実績も無い。

 けれど父が城で動き、イザークが救援に向かうなら誰かが現場で動かなければならない。


 本来その役割はベルンハルトと側仕えになる筈だが、残念ながらゲルン卿も父もベルンハルトに期待していないのだろう。

 北の辺境伯の未来がかかっている。皆が頼れと言うなら、思い切りそのエーリヒとやらに頼ろうとディートリヒは決めた。


 出発の当日、ガロンでは既に転移魔法が完成していた。そして、そこにいた小柄な女性が目に留まる。動きが非常に知り合いに似ている。

 フードで顔はあまり見えないが、顔のパーツの位置でディートリヒは確信した。あれはエルヴィーラ嬢で間違いないと思った。


 クリストフルを心配して大嫌いなベルンハルトにまで突撃して、現場に行かないという選択肢はないか。

 もう一人いるフードの男がおそらくヴェルナー。エルヴィーラの実力がバレるのを恐れて、二人共顔を変えているのだと考えた。徹底している。


 現場に到着した後、イザークが速やかにベルンハルトの権限を利用して、部隊長を野営のテントに捕らえた。

 テントから出る事も他人と接触も出来ない様に、エーリヒが魔法をかけていた。なるほど噂のエーリヒは魔法士として相当に優秀だ。


 自分にはここでの役割があるので救援には向かえない。

 ヴェルナーとイザークがいて、あれだけギルド員から慕われているならエルヴィーラは大丈夫だと思おう。


 そう思っても心配でエルヴィーラに声を掛けたら、あからさまに動揺していた。顔まで変えているのに、ここでそこまで動揺したら駄目だろう。

 バレていると思っても、知らぬ存ぜぬを通さなければ。色々と心配だけれど仕方が無い。


 それに普段隠しているので見る回数は少ないが、エルヴィーラはディートリヒよりもかなりの実力者。

 エーリヒが再編成した魔法士の部隊に援護を受けつつ、救援に向かったエルヴィーラの背中を見送ることしかできなかった。


 ……普段の運動神経からは想像できない馬捌きだし、最初に放った魔法も驚くほどにえげつなかった。

 あの面子にディートリが加われば、ただの足手纏いだっただろう。クリストフルも普段少しも本気を出していないのだと知った。


「鍛練もっと頑張ろう……」

 誰に言うでもなく、ディートリヒは呟いた。

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