第134話 小姑の本領発揮 1

 授業中に緊急連絡が鳴った。


 クリストフルの次にベルンハルトの通話機が鳴った事で、北の辺境伯で何かあったのだろうと推測は出来たが、エルヴィーラにも緊急連絡が入ったのが謎だった。


 我が国の辺境伯と言えば、東西南北の国境を守護する役割がある。周辺の貴族もその業務にあたる。

 東だけが少々特殊で、海に面して他国との交易を行っている為に、海賊対策が主になる。


 辺境伯領と侯爵家の繋がりは本来密接で、東西南北に四家ある侯爵家が近隣の辺境伯領を支援する。

 王都を守る二重の盾が本来与えられた役割。けれど、いつでも他国と緊張状態にある訳では無い。


 その時は国から辺境伯への予算は減り、国内の発展に注力する。その場合豊かな領地を預かっている侯爵家が、辺境伯を支援をする。

 ただこれは明文化はされておらず、慣例化している。繋がりが密接であったことと、国の防衛に手を抜く訳にはいかないからだった。


 だが今は国内の状況は少し異なる。南の辺境伯家を支援すべきノルン侯爵家は、現在は関わりさえほぼ無い。

 そして北の辺境伯家も、ハルン侯爵家からの支援が受けられていない。


 ノルン侯爵家と南の辺境伯家に関しては、隣国との関係が良好になった後に家同士で派手に揉めた。

 互いに歩み寄らないまま二度代替わりして、今では関係性も希薄になり未だに和解もしていない。


 国境を放置も出来ず、現在は交易している関係でガロン侯爵家が支援している。

 ただここは特殊な例で、当時仲裁に入った王家が大失態を犯し、強く言えなくなったからだった。


 北の辺境伯領ローヴィルは事情が違う。ローヴィル卿が若い時に隣国の国王が変わって、一旦は落ち着いた。

 その為本来なら北の侯爵家であるハルン侯爵家が支援すべきだが、先代からまともな支援が行われていない。


 理由が先代が溺愛している妻の一声と言うから、呆れるしかない。現当主もそれに倣ってしまっている。

 細々と入り婿のリーウェルが支援しているが、当主ではないので侯爵家のお金を動かすことは出来ない。


 ローヴィル卿はそんなハルン侯爵家に期待出来ず、以前からゲルン卿と連絡を取っていた。

 そのゲルン卿から連絡を受けた父から、ディートリヒに連絡が来た。


『詳細はまだ掴み切れていないが、北の辺境伯領にあるダンジョンからモンスターが溢れた』


 クリストフルの真っ青な顔色でその後の話を理解した。モンスターの排除に失敗してしまったのだろう。


『ローヴィル卿から聞いた話と現状に整合性はあるが、国に上がっている報告に齟齬があってな。どうやら情報操作が行われている』


 嫌な話になって来たなと思いつつ続きを聞く。ローヴィル卿は早い段階でモンスターの増加を確認。

 北の辺境伯領では土地柄多くの兵士をダンジョンに割けないため、間引きを行いつつ国へ応援を要請。


 国は当然それに応じて騎士団を派遣し、ローヴィル卿は兵士数名を残してダンジョンを騎士団へ任せた。

 ところがである。任せて数日後、兵士からの連絡は途絶え、モンスターが徘徊しているのが発見された。


 ローヴィル卿は直ぐにゲルン卿へ連絡を取り、ゲルン卿の調査により騎士団が期待できないと知った。


『対処に行った騎士団員がクソだらけでな。そもそもモンスターに対処出来るだけの戦闘能力がなかった可能性が高い。面子を見るに、書類上だけは優秀な部隊長が子飼いの団員を連れて行ったようだ』


 父が普通にクソと言った。仮にも当主がクソと言う言葉は使うなと、いつも母に注意されているのに。思わず出てしまう程クソだったのだろう。

 王都から北の辺境伯領は遠い。有事に備えて国境の砦に転移魔法が使える者が常駐しているが、領都と砦の間にダンジョンがある。


 遠距離の転移魔法が使える魔法士は、東西南北の要地、王都、魔法騎士団には常駐することになっている。

 けれど魔法騎士団は現在任務で王都を離れ、王都にいるべき魔法士が何故か北の辺境伯へ派遣されている。


 国境を越えてモンスターが隣国へ侵入すれば国際問題になるし、表向き隣国との関係は平穏だが、実際には現在そこまで平穏では無い。

 隣国に悟られない程度の私兵をゲルン卿が砦へ転移魔法で送り込み、住民の避難に協力した。これが昨日の話。


 ゲルン卿が個人で優秀な魔法士を抱えていることは、一旦置いておく。


 並行してゲルン卿は宰相にひっそりと現状を伝え、一部人員で辺境伯領の救援計画を立てていた。

 そこへ今日になって部隊長がダンジョンギルドへ緊急応援要請を出し、多くの人に知られることとなった。


『自分たちの失敗を隠蔽する為に、ダンジョンギルドへ緊急応援要請を出したと考えられる。ダンジョンギルドからの問い合わせで、騎士団が現状を把握したらしい』


「一応聞くけれど、指揮は誰が?」


『ゲルン卿は騎士団内での情報操作を疑い、内密に動いていた。今は騎士団長と王弟、だな』


 現場での実務は騎士団員が行っているが、書類上のトップは王弟。

 指揮をとるのは順当で仕方がないのかも知れないが、書類上だけ優秀な部隊長がいるなら……。


「容疑者が指揮をとるのを許すの?」


『許さない為にゲルン卿と私が動いている。状況から二人共容疑者だ』


「それで、僕に何を?」


『ベルンハルト殿下を現場に行かせる話が出ている。殿下周辺の情報収集を頼めるか』


「……わかった」


 救援に関してはゲルン卿が動いている。間に合うといいが。

 父に了承の返事をして、ベルンハルトと合流した。

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