第12話 小姑の報告
エルヴィーラを送った後、ディートリヒは城へ直行した。王妃クレメンティーネと約束をしていたので、私室まですぐに案内された。
「早かったわね」
「ええ。必要な話をしただけなので」
侍女がお茶が用意して部屋から出て行く。あまり知られたくない話をする時は、いつものことだった。
「エルヴィーラちゃんは何て?」
「選ばれたら死ぬと言い切られましたね」
ディートリヒはその時のエルヴィーラの様子を思い出し、なんとも言えない気持ちになった。
「そんなに心配しないで大丈夫よ。多分嘘だと思うわ」
「そう、でしょうか。嘘を付いているようには見えませんでした」
ディートリヒにはエルヴィーラが真剣そのもので、既に覚悟を持っているようにしか見えなかった。
「ゲルン卿が協力していて、それは無いと思うわ。私たちが信頼されていないのよ」
「まともに話したのは今日で二度目ですし、それなら、いいのですが……」
「我が息子ながら、とことん嫌われているわね」
ディートリヒは何も言わなかった。
ディートリヒ自身も親友だ側近だなどと言われているが、ベルンハルトのことを好いている訳では無かった。
ベルンハルトの根は悪くは無いと思うのだが、思いたいのだが、昔からあまり好きになれないでいた。
元々今のディートリヒの立ち位置にはゲルン侯爵家の令息が望まれていたが、断られたと聞いている。
ディートリヒもそうしたかったが、クレメンティーネの強い要望と他に適任者がおらず、逃げられなかった。
望んでこの面倒な立場にいる訳ではない。そのことを隠していないにも関わらず、現状ベルンハルトはそれをあまり理解していない。
「変な男と婚約しなくて済むように候補に残したのだけれど、失敗だったかしらね……」
「ベルンがエルヴィーラ嬢に興味を示した段階で、外すべきだったのでは」
ディートリヒはクレメンティーネの依頼で、エルヴィーラの真意を茶会の場で確認する事になっていた。
ゲルン卿が協力している時点でそれがそのまま真意だろうと思って最初は断ったが、結局押し切られてしまったことをとても後悔していた。
自分が話しかけなければ、エルヴィーラはベルンハルトに存在を認識されずに済んだと考えている。
ベルンハルトはイライラすると周囲を見なくなる。タイミングを見て移動したが、エルヴィーラと話をしているところに来てしまった。
それだけならまだいい。
今回のようなお茶会で中盤以降に別の異性と一緒にいるのは、興味がないもしくはなくなったという意思表示。
普通はそう理解するが、ベルンハルトは普通では無かった。エルヴィーラを婚約者にしたいと言い出した。
幸いベルンハルトが王弟の次にディートリヒへ報告へ来たので、早急に思い直させた。
選んだ理由が見た目だと言ったベルンハルトに対して、ディートリヒは殺意を感じるほどに腹が立った。
今日エルヴィーラをカフェに誘ったのは、茶会で煽るような言葉選びをした事をエルヴィーラに謝りたかったから。
見初められるきっかけを作ってしまったことを知ってからは、土下座もやむなしと思っていた。
けれどエルヴィーラはディートリヒを一切責めなかった。見初められたと知った方が嫌だろうと思い、自己満足の謝罪はしなかった。
少しでもと安心材料として情報を渡しはしたが、多くも語れない。ディートリヒは完全に不完全燃焼だった。
「候補だろうとなかろうと、前例もあるからベルンハルトは関わろうとする筈よ。候補で無いのにそうなれば、他の候補との関係が悪化する可能性が高い。そちらも充分なストレスよ」
「そうかも知れませんが……」
死にたくなるくらい嫌なことからは、早く開放された方が単純にいいのではとディートリヒは考えてしまう。
「流石のベルンハルトでも自分を嫌っている相手の父親と結託してまで、強引に婚約者にするほど腐ってはいないと思いたいわ。それに、私が認める気は無いから大丈夫よ」
「でしたら、それをエルヴィーラ嬢に伝えては?」
それは今日、ディートリヒがエルヴィーラに伝えたかったこと。クレメンティーネは悩ましい顔をした。
「昨日も言ったけれど、王子の婚約者候補でいることには利点があるのよ。本人がその利点を望んでいなくてもね。個人的な理由で形だけ候補でいるのは認められないわ」
前例は作れない。一人許したことがわかれば、他にも依頼があれば認めなくてはならなくなる。きりがない。
周囲がわかるくらい本人が嫌がっていても、それぞれの家には複雑な事情があるもの。
こちらが事情を把握してある程度配慮していても、それを伝えるのは別の問題だと言われていた。
「本来ならベルンハルトがすべきことなのに、今のあの子に細かいことは話せないわ。役立たずでごめんなさいね……」
上流貴族には国に影響を与えるほどの権力がある。家や子どもたちがまともか、王家は見極めている。
放置すれば結果的に自分たちに火の粉が降りかかるから、王家が積極的に対応をするという話でもある。
だから本来なら本人と側近候補が協力して動くべきこと。それに参加出来る人間性が、ベルンハルトにはないと判断されている。
その状況で側近候補ですらないディートリヒが、さもそうであるかのように振る舞って動いている。
クレメンティーネは学院でベルンハルトが成長することを願っている。
けれどベルンハルトは入学までに側近候補を見付けられなかったし、令嬢との交流も深めなかった。
ディートリヒは自分の人生を王家に捧げる気はない。側近候補の様に振る舞うのは最長でも在学中のみ。
側近にはならないし王家やその周囲からも無理にやらせないと、第三者を交えて書面も交わしている。
さっさと強引にでもベルンハルトの成長を促し、必要な時に手助けするだけでいい状態にして欲しいのがディートリヒの本音。
今は学院入学を控え、婚約者候補の件もある。自分が離れてもいいタイミングではないのはわかっている。
誰かが手綱を握っていないと、何時までもこの役割が続きそうだとも。
「そう言えば今日、使用人が強引に同行しようとしてきました。それを置いて行けば、後をつけられました」
「監視がついているのね……」
あの女性使用人の態度は茶会の時から異常で、かなり目立っていた。
「では、御馳走様でした」
「あら、もう帰るの?」
「ええ。ハルトと約束があるので」
嘘だけど。ディートリヒは本心は顔に出さず笑顔で退室した。
昨日は勿論、今日のディートリヒの動きも多くの人に探られている。
ディートリヒは今日エルヴィーラと話して、ベルンハルトの婚約者にならない事が、何よりもエルヴィーラにとって重要だということもわかった。
だったら迷惑をかけたディートリヒに出来る事は、学院でベルンハルトがエルヴィーラに何かしようとした時に堂々と邪魔をすること。
後は周囲が勝手に色々と想像してくれるし、ゲルン侯爵家が調節に協力してくれるだろう。
問題は多いが失態をそのままにせずに済みそうで、ディートリヒの足取りは昨日よりもずっと軽い。
ディートリヒは帰宅後父に報告をいれ、夕食後に嘘が誠になって弟のハルトヴィヒに捕まった。
色々と考えたい気分ではあったが、ディートリヒは弟を優先したつもりだった。
「ふふ、ふふふふ」
エルヴィーラと話した時の事を思い出し、自然とディートリヒから笑いが溢れた。
「何、兄様。思い出し笑い? ちゃんと僕の話聞いてる?」
弟のハルトヴィヒが拗ねて唇を尖らせる。
「ごめん、ごめん」
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