第8話 令嬢はケーキに夢中
「急に誘って悪かったね」
個室に入ると急にディートリヒが話しだした。
「いえ、おかげで助かりました」
「そう?」
私はメニューに釘付けになった。城下町へ出るのはかなり久し振り。どれも美味しそうで迷う。
定番も幅広くあるが、季節の限定ものも多い。王道の定番でいくべきか、限定にいくべきか。うーん。
「最近できたばかりだけれど、ここはチーズケーキが有名だよ」
ディートリヒからの補足情報。
看板メニューか。惹かれるけれど、季節の……。いや、やはり看板メニューは捨てがたい。
「季節限定のチーズケーキもあるよ」
ディートリヒは自分のメニューを開いて見せてくれた。これはいい。
看板メニューのチーズケーキに、季節のフルーツと限定ソースがかかっていた。定番と限定の両方を楽しめる。
「それにします」
「飲み物はどうするの?」
「ロイヤルミルクティーにしようかと思っています」
私の分もディートリヒが注文し、ディートリヒは珈琲と定番のチーズケーキを頼んでいた。お茶会の時も珈琲だったし、珈琲派か。
「ベルンの婚約者は、在学中に決めることになったよ」
「そうですか……」
決まらなかったのかー。予想はしていたけれど、かなり残念。
明らかに落胆した声が出たからか、ディートリヒが普通の笑顔になった。初めて普通の笑顔を見た気がする。
「辞退した人はいたけれど、残りの候補者全員がそのまま候補だよ」
そんな! 私は外されていないと? 今のは悪い笑顔だったのか。いや、罰を受けなくていいし、いいのか?
でも在学中も気配を消さないといけないのか。候補者同士の争いに巻き込まれたくない。面倒だな。
あれだけ意思表示したのだから、候補から外してくれたら良かったのに。
王子に目もくれずスイーツを全種類制覇する令嬢とか、普通ないだろう。何で私まで保留にした。
「残念だった?」
そりゃあな!
「そうですね……」
婚約者候補のままなら父があれこれ命令してくるのは間違いない。煩わしいったらない。
元々協力者に候補にすらならないように、根回しをしてもらっていた。
けれど陛下に決まった相手のいない年回りの合う侯爵令嬢が、婚約者候補にさえ選ばれないのは、今後の私の評判に関わると却下された。
本人が評判なんて構ってないんだから、放っといてくれよ!
しかも陛下は選ぶのはベルンハルトだと。おいおい私の意志はどこへ行った! って話のまま今に至る。
お茶会の状況を見れば、私がベルンハルトとの婚約に興味がないことは明白。候補から外されても周囲に理由は察してもらえると思う。
なのに何でだ。
「もしもだけれど、ベルンの婚約者になったらどうするの?」
「解消が無理なら死にます」
心がね。逃亡計画が漏れて止められたら最悪なのでそれは言わない。
「はっ? 本気?」
驚きつつも、簡単に死ぬという言葉を口にした私に対する怒りも感じる。
「女性の平均寿命は七十歳です。五十年以上も耐えるべきですか?」
ディートリヒは言葉に詰まった。
「多分大丈夫だよ」
心配そうな顔で言われると、騙している様で申し訳ない気持ちになる。
「多分、ですか?」
ディートリヒが貼り付けた笑みを浮かべた。どういうこと!? そこ凄く重要なんですけど!
大丈夫と言うなら、表向きはそのままでも裏では外されているとかだといいな。詳しく聞けばはぐらかされた。ちっ。話題を変えよう。
「他の婚約者候補の方をどう思われましたか?」
「興味あるの?」
「動向には興味があります」
「ルイーゼ嬢は幼すぎるかな。実際まだ十一歳だし、仕方がないのかも知れないけれど。イザベラ嬢はしっかりして見えたよ。スーリヤ嬢は可もなく不可もなく。他の候補者はあまり目立ってはいなかったと思うよ」
概ね私と同じ見解か。単純に考えればイザベラかスーリヤと婚約してしまっても良かったはず。
イザベラは優秀だと聞くし、スーリヤは今勢いがある。何か問題でもあったのだろうか。
ベルンハルトはいつも嫌そうにしているから、失礼ながらさっさと決めることを優先すると思っていた。
「まぁ、これは僕の考えであって、ベルンの考えとは違うと思うけどね」
何を言っている。一番ベルンハルトに影響力を持っているのは小姑だろうが。小姑の意見を参考にするに決まっている。
今まで令嬢を避けていたベルンハルトが、ちょっと話をしたくらいで女性の本質を見抜けるものか。
注文の品が出てきた。
しっとり濃厚で甘さ控えめなチーズケーキは、私の好みど真ん中だった。
しっとりしているのにふわと口で溶ける。さすが看板メニュー。限定のベリーソースも甘酸っぱくて美味しい。
「甘いもの、好きなんだね」
「そうですね」
「美味しそうに食べるね」
「そうですね」
「お菓子はよく食べるの?」
「そうですね」
「……具体的に、どんなお菓子をよく食べるのかな?」
「そうですね」
「……」
その後は当たり障りのない会話をして、当たり障りがなさ過ぎて何を話したのか覚えていない。
質問をされて、それに答えていたような気はする。
食べ終えるとお互いに特に話したいこともないので、自然と帰る流れになった。
カントリーハウスにいる皆に、お土産としてチーズケーキを買って帰りたい。これは皆も気に入るはず。
お菓子作りが得意なマーサが再現に成功すれば、いつでも食べられるようになる。ただちょっと言い出すタイミングに悩む。
そわそわでもしていたのか、ディートリヒに考えていることがバレた。
心を読まれた? そんな魔法は聞いたことがない。怖いが、無事にお土産が購入できた。
いつの間にかお土産の分まで支払いが済んでいた。財布出したの見てないんですけど。
「支払いますよ。お金は持ってきていますし」
「僕が誘ったんだからいらないよ」
えー。初対面でしかも情報を貰っておいて奢られるとか、どうしていいかわからん。
何かディートリヒが口に手を当てて笑いだした。ますますわからん。
「あれだけ夢中で食べられたらね?」
意味がわからん。結局支払いは一切させてもらえずに、店を出て家まで送ってもらった。
「今日はご馳走様でした」
「じゃあ、これからよろしくね」
えっ、これで最後じゃなかったの? 呆然としている私を残して、馬車は去って行った。
鬱陶しい使用人を躱しつつ自室に戻り、お土産のチーズケーキは空間収納に入れた。
空間収納の魔法は使える人が少ない上級魔法。創った空間に様々な物を出し入れ出来るとても便利な魔法。
父には秘密にしていて、周囲の信頼している人にしか使えることを教えていない。
上級魔法については全てそうしている。父に何かのアピール材料にされては困るし、利用されるのも嫌。
私は時間の流れがない空間収納を作れるので、私が死ぬまで食品も保存が可能。
仕事から戻った父に、ベルンハルトの婚約者は在学中に決めることになったと伝えた。
父はまだその情報を知らなかったようで、ディートリヒを味方にした方がいい説の信憑性が増した気がする。
「しっかり励めよ」
嫌じゃ!
翌日には領地に向かって出発し、領地へ戻ってから皆で一緒にチーズケーキを食べた。
とても気に入ってくれて、後日しっかりマーサがレシピを再現した。さすがです、マーサ。
テレーゼからも連絡があった。あれはないということで、婚約者候補からの辞退を既に伝えたそう。
やっぱりか。いいなー。私も辞退したいなー。
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