第5話 令嬢は小姑と探り合いをする

「こんにちは。エルヴィーラ嬢はあそこに参加しないの?」


 残念、ディートリヒに話しかけられてしまった。やっぱり目が合っていたの? 怖すぎない? すぐさま丸めていた姿勢を元に戻した。


「こんにちは」


 ディートリヒは目線だけをベルンハルトに向ける。

 つられて見るとベルンハルトはまだ令嬢に囲まれていて、何故か甲斐甲斐しく世話をされている。


 顔が既に不機嫌半分疲れ半分みたいな感じになっている。眼光が鋭い。鋭すぎる。怖いわ。誰かを殺す気か。


 令嬢達が差し出してくれる美味しいスイーツ達を、やっつけ仕事のように食べている。許せん。

 美味しいんだぞ、味わえ。そして作った人を敬え。自分たちで呼び集めた令嬢で、両手に華のくせに贅沢だな。


「決まったのですか?」

 決まったようにはとても見えないが、一応聞いてみた。


「……質問に質問で返されるのは、好きじゃないんだけど」

 笑顔を貼り付けたまま言われる。


 そういや質問されていた。言いながら小姑は持っていた皿をテーブルに置く。

 がっつり系はなく、スイーツがのっている。タルトもパウンドケーキも全部美味しかったよ。


 タイミング良く給仕が珈琲を持ってきてしまった。

 給仕は最初に話しかけた男性で、目線で残念でしたねって言われた気がする。くそう。まさかここに座る気か。


「ありがとう」

 ありがとうじゃねーわ! いや、給仕にもお礼は言うべきだけど。エルヴィーラも毎回言っているけれど。


 ベルンハルトの婚約者候補には、小姑狙いもいるらしいんだよ!

 王子をだしにして小姑に近付こうなんて驚きの話だが、実際にいるらしいんだよ!

 ベルンハルトと分離したら、小姑狙いがこっちに来ちゃうだろうが。私の安息の地を奪う気か!


「申し訳ありません。質問の意図がわからなかったもので」

 こちらも貼り付けた笑顔で言う。


 さっさと他の席に行くがいい。小姑に認識されるのも、周囲から注目されるのも困るのだ。

 ベルンハルトは自分の周囲にいない人にまで興味を示さないだけでなく、気を引こうと人と違う行動をした令嬢たちにも全く興味を示さない。


 だから大胆にも小姑狙いが混ざっているけれど、小姑本人は別。二人は基本二人一組で行動している。

 その小姑が興味を示した令嬢となれば、興味を示す可能性がある。


「ふーん。じゃあ、質問を変えよう。どうして参加しないの?」

 貼り付けた笑顔は変わらない。


 ついに椅子を引いてしまった。無念であります。自然にストールを渡してこないで! 

 せめて影になるこちら側に椅子を移動してくれませんか。スペース的に無理か。


 しかもわざわざ椅子を近付けてまで座るのは、親しい友人や婚約者。

 無理か。無理ですね。ほぼ話したことないもんね。


「それに答えて、私にいいことあります?」

 にっこり。仕方がないので失礼になりすぎない程度で、失礼な令嬢に挑戦してみた。


「答えによっては……かな?」

 だめだ、にっこりで返された。


「そうですか。興味がないからです」

 バッサリはっきり言ってみた。


 あ、そう。とか言って立ち去って欲しかったのに、動く気配がない。小姑の仕事はどうした。

 ベルンハルトはどんどん不機嫌になっていっているぞ。二人は恋人同士だろう! 多分、絶対? 違うが。


「君の使用人はイライラしているようだけど?」

 はっきりで返された。


 誰がノルン侯爵家の使用人かを知っているなんて、さすが小姑恐るべし。

 エルヴィーラの会場入りはかなり早かったはずで……怖い、怖すぎる。

 いつから会場にいて、いつから見ていた。エルヴィーラの視界には入っていない。


「彼女は父のお手つきです。いい報告をして、また父に構ってもらいたいのでしょう。父は外面だけはいいらしいですから」

 にっこり。これでどうだ。下品な父に、下品な娘! さぁさぁ!


「ふーん」

 下品返しは無かったが、優雅に珈琲を飲み出した。


 駄目だったか。珈琲を飲むだけでも所作が絵画のワンシーンみたいだなぁ。研究してるの? それともこれが噂のイケメンオーラなの?


「エルヴィーラ嬢は、殿下のことをどう思っているの?」

 にっこり。


「どういう意味でしょうか」

 にっこり返し。


「正直に教えて欲しいな。悪いようにはしないよ。僕は小姑と呼ばれているらしいしね」

 笑顔なのに悪い顔をしている気がする。笑顔で色々な感情表現をするの? 器用ですね。


 小姑知ってたんか。まぁ相当言われているらしいしな。どうしようかな、正直に言ってもいいかな。

 他の令嬢に混ざらないのが、気を引く作戦だと小姑に勘違いされても困るしなぁ。本音でいきますか。


「心底近寄らないで欲しいと思っています」

 キリッとした顔で言ってみた。


 さすがの小姑も少し驚いた? むしろ何故驚く。今までベルンハルトに話しかけたことなんかない。


「本気でそう思っているの?」


「ええ」

 本気だよ。心底って言ったでしょうに。態度見ててもわかるでしょ。


「どうして? 王子だし、将来は多分王妃になれるんだよ? そういうのに憧れるんじゃないの?」

 小姑よ、それは人によるだろ。


「だからこそです」

 キリッ。


「もっと具体的にどう思っているか、教えてくれない? 秘密は守るよ」

 にっこりされたが胡散臭い。


 本当か? まぁ、でもここで思っていることを言えば、小姑の中で婚約者候補から外れるだろう。

 王妃陛下と小姑から無いと言われれば、完全に候補から外される。悪くないか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る