第4話 令嬢は微笑みの貴公子とか恥ずかしいよねと思う

 開会の挨拶も終わり、エルヴィーラは完全に紫陽花の陰に引きこもった。タイミングよくスイーツと紅茶も届けられた。

 ちょうど人が出入りしない側に視界が開けていて、綺麗な庭園を堪能しながら美味しいスイーツを食べることができる。最高だな!


 紅茶を飲みながら観察していると、令嬢たちはまずは一番身分の高いルイーゼに譲る感じかな。

 令嬢たちが移動したり立ち上がったりで、あのあたりの席にいて動かなければ悪目立ちする所だった。


 ルイーゼとイザベラにクレイスト伯爵家のスーリヤが他の婚約者候補を取り込んでいると聞いていた。

 実際の動きを見ていても、情報通りに見える。ルイーゼに五人でイザベラに三人、スーリヤに二人か。


 最後の一人はデポラを介して友達になったテレーゼ。テレーゼが単独行動でやや目立っている。

 招待状が届いてすぐに連絡をもらったが、婚約者になりたくないので引き籠もると伝えている。


 テレーゼは初めてベルンハルトに会うので、一緒に引き籠もる事はせずに人となりを見ると言っていた。

 そして微妙だった場合は、同じく招待されている知り合いの令息の所に行くと聞いている。


 ごめんよ、一人にして。でも付き添いでも無理。気にしないでと笑ってくれるくらいには優しい子。

 それにこの面子の中で、人となりをしっかり見ようと考えるくらいには冷静なしっかり者。


 困ったら何時でもおいでとは言ってある。一応エルヴィーラが取り込んだ事になっているので、誰の下にもなっていない。

 ルイーゼの下にいる伯爵令嬢からはかなりしつこく誘われたらしいが、エルヴィーラの名前を出してテレーゼは無事に逃げた。


 チラッとこちらを見たので、笑顔で手を振っておく。


 ベルンハルトの一目惚れとかいうことさえなければ、実際の争いはこの四人に絞られたっぽい。

 取り込まれた令嬢はトップの令嬢を基本応援するし、婚約者候補に選ばれた事実が欲しいだけの人もいる。


 基本というのがポイント。見るからにルイーゼの周囲は、機会があれば婚約者の座を狙っている感じ。

 ルイーゼに気付かれないようにアピールしていて、纏まりが無い。


 イザベラのところはしっかりと纏まっていて、全員でイザベラを後押ししているように見える。

 スーリヤはぼいーんなお姉さんで、十五歳。焦げ茶の髪に目のぼいーん。


 ……そこにばかり注目するのは止めておこう。

 落ち着いたデザインの濃い青のドレスだが、やっぱりぼいーんに目がいってしまう。


 あそこは取り込んだというよりは、スーリヤを中心にして協力体制を築いた感じか。

 王妃陛下から見ればイザベラとスーリヤが有力かな。イザベラは美人だしスーリヤはぼいーんだから、どちらかに決まりそう。


 というわけでベルンハルトのテーブルに人が集まっている中、一人スイーツを堪能しよう。

 誰も見ていないのをいいことに、ベリーがのったプチタルトを満面の笑顔で頬張る。あぁ、美味しい。


 ベリーのプチタルトは、小さいので一口でぱくっと。甘酸っぱくてでも甘さ控えめで最高かよ。

 見た目も可愛く味も美味しい。給仕の人が選んでくれた紅茶もいい感じ。いくらでも食べられそうだな、これ。


 あっという間に一皿目を平らげてしまった。まだまだいけるな。次はもう少し時間をかけて食べよう。

 お茶会全体の予定は三時間だから、時間を調節しないとすることがなくなってしまう。

 

 いや、お花も綺麗だけど。綺麗だけど、ね? 隠れている身としてはね? 誰に言い訳しているのだろうと思いつつ、次を食べよう。

 チラ見したが、テレーゼは既にサクッとベルンハルトを見限って、令息の中にいた。だよね。


 次はナッツのプチタルト。アーモンドと胡桃はっけーん。ぱくっと。んん? タルト生地がさっきのと違う。

 駄目だな、この状況。心の中ではあるけれど独り言が多くなる。落ち着け自分。ナッツが香ばしくて美味い。


 給仕がタイミングよく飲み物を補充してくれるので、ここから一歩も動かないでいられるのでとても素敵。

 しかも飽きないように最初と違う茶葉にしてくれている。さすがです。任せて正解でした。


 ついに最後の三皿目に手をつけようとした時、ベルンハルトの幼馴染のディートリヒがこちらに近寄って来ているのが見えた。

 さっきまでベルンハルトと一緒に令嬢達に囲まれていたはずだが、一段落ついたのだろうか。


 おっと、余計なこと考えている場合じゃなかった。慌てて紫陽花から完全に見えなくなるように身を屈めた。

 紫陽花の隙間から様子を窺う。ディートリヒには絶対に気付かれたくない。彼は面倒な存在なのだ。


 一般的には微笑みの貴公子とか言われて、令嬢に人気があるらしい。微笑みの貴公子とか恥ずかしすぎる。

 でもベルンハルトと親しくなりたい令嬢達には、密かに小姑と呼ばれていたりする。小舅でもいいのだろうが、あえての小姑。


 常にベルンハルトの隣にいて、ディートリヒのお眼鏡にかなわないと碌に話すことができないらしい。

 やっと会話になってもやんわり話を終わらせられると聞く。


 そのせいで、ベルンハルトと仲良くなる為に乗り越えなければならない、最大最強の壁になっているとか。そして未だに成功者なし。だから小姑。

 けれど微笑みの貴公子とか言われるくらいには普段は優しいとかで、ディートリヒ本人も令嬢に人気がある。


 空気を読まないと無言の威圧をされることもあるが、ディートリヒがその時に見せる冷たい顔さえ格好良いらしい。よくわからん。

 このまま順調にいけばベルンハルトは王太子になり、それに伴いディートリヒも側近になると考えられているから、一般的には超有望株。


 だけれど小姑が王子をどうしたいのかが疑問。将来の側近が王子の恋路を邪魔してどうする。

 一部の令嬢に人気なあれだったりしたら面白いのだけれど、だったら婚約者を令嬢から探さないよね。


 ベルンハルトは陛下から受け継いだ金髪碧眼で、腰まで髪を伸ばし子ども向け絵本の王子様風。

 整い過ぎた顔立ちは冷たささえ感じるが、中性的。センター分けにしているので目がとてもよく見える。


 とにかく眼光が鋭い。

 鋭すぎて怖い。

 視界に入りたくない。


 ディートリヒは明るい赤みがかかった茶髪で、令息に一番多いちょっと長めの短髪。いつも柔和な笑顔で佇んでいる。


 感情が読めなくて怖い。

 いつも笑顔なのに怖い。

 いつも笑顔だからこそ怖い。


 脱線した。童話の王子様風と柔和な笑顔が並んでいるのがいいらしく、二人が並んでいる姿は一部令嬢にはご褒美らしい。

 ディートリヒがベルンハルトに近寄る令嬢を遠ざける行動も、ポイントが高いと聞いた。


 私は正直ベルンハルトが嫌いだから近寄らないし、視界にも入りたくない。そうなると纏めてディートリヒも避けることになる。

 彼はガロン侯爵家で歳も近かったはずで、本来なら同じ侯爵家として多少の交流はあってもおかしくないが、基本二人は一緒にいるので、挨拶以外に話をしたことがない。


 ディートリヒが相変わらず嘘くさい笑顔を顔に貼り付けて、こちらに真っ直ぐ向かってきている気がする。

 紫陽花の隙間から覗いているのに、一瞬だけれど目も合った気もする。


 逃げるか? いや、目は合っていないはず。空いているテーブルだと思われたのかな。

 椅子にストールを置いているのに? さてどうしよう。バレたと思って姿勢を正して紫陽花から頭を出すか、大丈夫だと信じて隠れ続けるか。

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