第5話
私の父は六年前に亡くなった。
私が八歳の時の事だ
ごく普通の家庭だった私の家は父のクビから少しずつ音を立てて軋み始めた。
初めの頃は父も再就職を目指して頑張っていたものの度重なる不採用通知に自信を無くし、部屋に籠りがちになっていった。
「お父さん…ご飯食べないの?」
「優、ありがとな、今は大丈夫だから」
ドア越しに聞こえた父の弱々しい声は今も忘れられない記憶として残っていた。
幸い、兼業で母も働いていた為生活が立ち行かなくなる事は無かったものの、母や姉の父への不満は一年間毎日食卓で聞かされ続けた。
「お父さんってば、いい加減にして欲しいのよね」
「お父さんが無職で引きこもりとか、恥ずかしくて死ぬわ」
母や姉の不平不満が、分からない訳じゃなかったが毎日それを聞くと心の中にどんどんモヤが溜まって行くのがわかった。
「優だって、お父さんに働いて欲しいでしょ」
「えと…うん、そうだね、昔みたいに働いてるお父さん見たいかな」
心がチクチクと痛んだ。
父の弱々しい声や姿をよく見ていた自分には父がどうにかしたいと、もがいている事はわかっていた。
「今の引きこもり状態になられてたら、友達も家に呼べないもんね」
「そうだね……」
然し、母や姉を悪く思いたくない気持ちもあった。
誰かを悪いという気持ちを持つのが怖かったのだ。
ふと、ドアのガラス越しに人影が見えた気がしたが優はそれに気づかないフリをした。
父が祖父の蔵で首を吊って自殺したのはそれから一週間後の事だった。
最初は何を聞いてるか分からなかったのが、時間が進むにつれて現実的になって行くのを子供心に感じていたのを今も覚えている。
葬儀が終わってから、ある日私は父の部屋に入りぼんやりと父との思い出を振り返っていた。
その時だった。
ふと、書斎の上に並んだ本が何故か気になった。
一つだけ本にしては妙に違和感を感じる外装だったからだろうか。
私はそれを手に取りパラパラと開いた。
父の日記だった。
仕事を始めた時からクビになった後も書いてあり父の心情が正直に吐露されていた。
幼い私は父の秘密を見るような罪悪感や後ろめたさを持ちながら見る事を決めた。
【○月✕日 会社をクビになった。
会社への不満は無いわけじゃないが、それよりもこれからどうすれば良いか、正直不安でしかない。けど、美恵や、真、優を守るためにしっかり頑張らないと】
【○月☆日 また面接に落ちた、待遇について、つい細かく聞いたのが良くなかったか……
家に帰りづらいな】
文面に父の心がどんどん削られていく様子が一年に渡って綴られ続けていた。
【△月⬛︎日 また美恵と喧嘩になった。
俺だってこんな状態がいいわけじゃないと、わかっている。
心配してくれた優にすら顔を見せる気持ちになれなかった】
少しでも父の気持ちを知りたくて日記を読み進めていたが、きっとその先を知らなければ良かったのではないかと今も思う。
【✕月☆日 今日はたまたまリビングで家族の話を聞いた。
俺への不平不満だった、そりゃあ言われても仕方ないとは思ってる
ただ、娘達の言葉は心に痛かった】
【✕月○日 やっぱり、自分にできることをしようと思う】
【✕月▽日 あんな風に思われながら生きるならいっそ、潔く役に立てるようにした方が良いと思った】
その後は捲っても捲っても真っ白な紙が続くだけだった。
あの時、私の心に残った気持ちは今も取れていない。
_________
(そろそろ帰らなきゃ……)
優は数分程手を合わせてから目を開き涙を拭き下に降りていった。
「なんだろ、これ……?」
1階に降りると積まれた本の表紙に惹かれたのか、優は本の山にゆっくりと近づいた。
「蟲ひ(まじない)……悟りと悪意を消滅させる事の仕組み、呪法について」
大きく書かれたその言葉はまさに、優が欲していたものだった。
(ここに、しまってあるって事は使わないよね……)
優はそれを鞄にしまい、蔵を出て祖父に声をかけてから足早に寺を後にした。
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