第2話

放課後になり優は図書室に向かいながら自問自答していた。




(確かに誰が悪いと言われれば、いじめてる中園さん達なのは分かる…キッカケも本当に不憫だったもんなあ)


 亜心の遼子への横暴は六月頃から始まり今に至る

 最初は大人しい遼子へのからかい程度だった。


 それが、テストの点数や極めつけは亜心の好きな男子が遼子に、優しくした等、ことある事にヒートアップしていった。


 クラスメイトは影響力のある亜心に目をつけられたくないせいか、全員見て見ぬ振りである。


 優は自分に納得のいかない気持ちを抱えながら静かに図書室に入った。


 本棚も図書室自体もガラガラ状態だった。


 

 

 見慣れない風景に違和感を感じながら委員の仕事を全うする為に、優は入れ替える古い本を箱に詰める作業を始めた。



 部活優先の生徒が多いせいか、優は黙々と1人で作業しながら最後の本棚へ向かうと、端の席にポツンと見慣れた人影があった。


 誰もいないと思っていた優は驚きで持っていた箱を床に落としてしまい鈍い音が室内に響いていた。


「静見さん、大丈夫?」


「川波さん…ご、ごめんね、驚かせて」


 遼子は、物音にも顔色一つ変えずに静かに優の傍に歩み寄り落ちていた本を拾っていく。


「大丈夫よ、大きな音には慣れてるから」


「そっか…」


 …………………


 二人で本を拾いながらなんとも言えない沈黙が続いていた。


 優にとっては思うところがある相手の為か、言葉が、浮かんでは消えていってしまい、その度に相手の顔色を伺っている。


 遼子の頬や首元にはガーゼや浅黒くなった痣がチラホラと見えていた。


「ケガ大丈夫?」


「大丈夫よ、慣れてるから」


「そっか」


「静見さんは優しいのね」


「そんな事ないよ…あの、手伝ってくれてありがとうね」


 

 優は遼子の言葉にバツの悪そうな顔をしながら箱に詰まった本を持ち直した。


「あのさ」


「なぁに?」


「中園さんとか…皆に何か思ったりしないの?」


「なにかって…何も」


 優が何を問いたいか分かっているのか、何も気づいていないのか、遼子は綺麗な黒髪を揺らしながら口元に指を当て首を傾げた。



「静見さん、私ね、多分皆が思ってる程、中園さん達もキライじゃないし、皆のこともイヤに思ってないのよ」


「…何で?」



 大きくパッチリとした目を細めマスクの下の唇は弧を描いてるであろう事が想像出来る声色で帰ってきた返答に優は目を丸くしていた。


「私が中園さん達と一緒にいる間は誰も痛くないし怖くないでしょ?」


 遼子は夕日を背にしながら言葉を続けた。


「家でもね、私がお父さんと一緒にいる間はお母さんも痛くないし怖くならないから、慣れてるの」


「………」


 淡々と優しげに吐き出される言葉には静かに蝕む毒でも入ってるかのように優の心や想像を刺激した。


「だから、静見さんも何も気にしなくて大丈夫よ

 私は皆が幸せであれば、それが一番嬉しいから」


 窓にもたれかかっている遼子の顔を見つめるが夕日が逆光となり、表情を見ることは叶わなかった。


 ______________


 優は帰宅後、今日の遼子との会話を脳内で繰り返していた。


「はぁ…なんかもう、何も考えたくない」


 

 趣味の編み物の手を止め携帯を持ち、LINEを開き姉へ連絡をした。


 優の姉はミッションスクールの寮に入っていて、たまに手紙が来る程度で姉からの連絡はほぼ無かった。


(どうせ、また…『ハッキリしなさい、優柔不断だからでしょ』って言われるんだろうけど…どうしていいか、分からないし)


「ただ、平和に暮らしたいだけなのにな…」


 優の小さな声で、呟かれた願いは姉からであろう返信音に掻き消された。


 ______________


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