善きサマリア人とは幻想である。
@kanamikan
第1話
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「幸せになる為にはどうしたら良いのか?」
とある律法学者はイエスを試すために、こんな議題を試みた。
イエスは言った。
「律法にはなんと書いてあるか。あなたはそれをどう読むか」
「『心をつくし、精神をつくし、力をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』
『自分を愛するように、あなたの隣人を愛せよ』とあります」
さすればイエスから
「あなたの答は正しい。そのとおり行いなさい。そうすれば、いのちが得られる」
すると彼は自分の立場を弁護しようと思って、イエスに言った、
「では、私の隣人とはだれのことですか」
(ルカの福音書10:25~29より一部引用)
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十月六日(木)
「はぁ…行きたくない…」
静見優は、学校へと向かう道中、誰にも聞こえない小さな声で、そう呟いた。
一度行きたくないと口にするとセーラー服やカバンが一際鉛のように重く感じる。
彼女が、思わずそう洩らしてしまった理由は一つだ。
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「髪がボサボサだから亜心が洗ってあげるってば」
学校に着き、下駄箱から1番近いトイレに入ろうとした瞬間、中から、優のよく知った声が聞こえてきた。
クラスメイトの中園亜心の声だ。
他にも彼女の取り巻き達の声や激しい水音が扉の外に響いていた。
中で何が行われているか…簡単に想像が出来てしまい、優の心はざわつきだす。
そして、彼女は足音を立てぬように静かにその場を離れる事にした。
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優は教室に着き、つい先日決まった窓際の1番後ろの席に座り、辺りを見渡した。
ぽっかりと空いている斜め前の席を見て優の心はまたざわつき始めた。
教師や他のクラスメイト達が登校してくるが、その空席を誰も気にすることなく、朝のホームルームが開始された。
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「いいか、今月末は実力テストだからな、くれぐれも前みたいな¦」
教室の後方にある扉を開く音で、教師は言葉を止めて入ってくる生徒に怪訝な目を向けた。
「…おはようございます」
「おい、川波また遅刻か…全くいい加減にしろよ、二年だからって今からそんな事じゃ進学に…」
「せんせー、川波さんはトイレでうっかり水浸しになっちゃったから、それ乾かして遅れたんですよー」
先陣を切るように川波遼子を庇い始めたのは、トイレで大きな笑い声を響かせてた中園亜心だった。
「そうそうー、だから、ゆるしてあげてぇ」
「川波もちゃんと間に合うように来てたんだから、そんなに責める事ないっしょ」
亜心達の取り巻き二人、保井萌恵と久保雅が、囃し立てるように騒ぎ出した。
「わかったよ、川波は後で保健室で着替えを借りてこい これで、朝のホームルームを終わります」
起立、礼と友人の佐知明のハッキリとした声が教室に響き渡り、この淀んだ空気が泡みたいに弾けて消えてく気にさえさせてくれた。
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…ただ、現実はそう甘くなかった。
「かーわーなみさん、庇ってあげたんだからお礼くらい言えないの?」
「ありがとう…」
「は? ありがとうございますでしょ?」
「ちゃーんと、地面に額を擦り付けて言わないとダメだから、まぁ、机で勘弁してあげるから、ほら!」
遼子は雅に後頭部を捕まれ無理矢理に机に顔面を押し付けられた。
「…ごめん…なさい、ありがとうございます」
クラスメイト達はその空間を無いことにするかのように日常生活を送っている。
明らかに異質なのにさも普通に振舞っている
優は否応なしに彼女達が見えてしまう上に心のどこかで気になっていた。
その光景を見る度に、心が黒く染まりそうな気持ちになるのを感じていたからだ。
「おい!いい加減にしろよ!」
「佐知さん、何?、まーた何か文句?」
「川波イジメるの、いい加減にしろって言ってんだよ」
「いじめぇ?、川波さーん、私達って仲良く遊んでるだけだよねぇ?」
「それな、イジメとか超いいがかりなんだけど」
「…はい…いじめられて…ないです」
「だってー、勘違いでヒーローぶるの止めてよね」
亜心は、しっしっと犬猫を追い払うかのようにして、遼子や萌恵、雅と教室の外に出ていった。
「なんなんだよ あれ、本当腹立つ!」
佐知明は優の傍に寄り窓際に寄りかかり悔しそうに眉根を寄せ彼女達が出た扉を見送っていた。
「川波も何か言えばいいのにさ、そしたらどうにかしてやれるかもしれないし、優もそう思わん?」
「そうだね でも、ほら、もしかしたら川波さんにも考えとか何か思う事あるかもしれないし、中園さん達と何かすれ違ってるとか…ほら、誰が悪いとかじゃなくてさ…」
優は明の意見に同意するも、亜心や遼子を否定する事もしないように心に留めながらそう言った。
「優は優しすぎるでしょ」
「そんなんじゃないよ」
自分に罪悪感があるせいか優は申し訳なさそうにそう言いながら移動教室の準備をし、明と共に教室を後にした。
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