それは憧れというモノ。3
「オレは『勇者』だ!」
そいつはそう高らかに告げる。
「勇者?」
これはその単語に対しての疑問ではない。この世界で『勇者』と呼ばれる職業があること。それ自体は俺も知っているからだ。だからと言って驚きがなかったわけじゃない。
『勇者』と呼ばれる奴らの仕事は、いたってシンプルな人助けや害悪な魔物の討伐、はたまた世界を隅々まで探索し、未知のものを探し求めること。そう認識している。……だが、
「どう考えてもおかしいだろう。」
「なにがだ?」
そいつは、何がおかしいのか一切検討がついていないという顔で俺を見ていた。
「……お前が勇者なのは理解した。だが、その勇者様がなぜ俺をスカウトなどする必要がある? さっきは『強さ』などと言っていたが、戦力が必要なようにもみえない。むしろその点なら俺は足手まといだろ。」
「なんだそんなことか」
俺の中で筋が通っていないことを、そいつは軽い返事で返す。
「そんなのどうでもいいじゃねぇか……って言いたいが、それだと君は納得しないんだろうなぁ。」
仕方ないといった表情で、聞いてきた。
「『勇者』の仕事って、何をすることだと思う?」
「人助け、魔物討伐、世界の探索……」
「概ねその通り。だがそれらは全て誰のためでもない。」
「?」
「『勇者』は皆、自分が生きやすいように、自分がちやほやされるように、自分が強くなるために、それらを報酬をもらってこなしてるに過ぎない。全部『自分のため』だ。」
「…………」
「感謝する民はいれど、そんな世間が思うほど高貴な、大層な仕事じゃない。勇者の奴らは、どいつもこいつも回り回って自分のためだ。一番のエゴイストでもある。」
「自分のため……」
「あぁ、だからオレもオレのために君をスカウトしたし、その理由はいずれわかるだろうよ。君達が思うほど勇者ってのは、褒められるような仕事じゃないってこともな。」
「…………」
それを聞かされた当時の俺は、その意味を半分も理解をしていなかったということ。それは今では痛いほど解る。
「ま、君は弟子になることを了承したんだから、あんまり深く考えず、オレについてこい。本当の『強さ』を知りたいっていう自分勝手な理由で構わないさ。」
「……あとで後悔するなよ」
俺を弟子にするという意味。それこそ『勇者』とは真逆の事をしてきた人間だ。何を批判されるかもわからない。
だが、それらを承知の上で、全て言っているのだろう。そいつのその真剣さだけは嫌ほど伝わった。
「よし、君も納得したみたいだし。仕事に行くぞ」
「行くって、今からか?」
あまりにいきなりだったが、俺には当たり前のように拒否権はなかった。
「あぁ、君も少しは動けるみたいだしな」
と、扉まで先に向かう様子のそいつに、仕方なく黙って付いていく俺。
正直に言えば、ここまで予定にない、先がみえないことがこれまでの人生になかった俺は、一番に怯えていた。恐がっていた。
しかし、それらと同時に、ワクワクしていると例えられる心境、楽しみという感情を持ったのも初めてで、俺の人生の何かが変われると確信を持たされた日でもあった。
────
「俺は、全然強くなれなかったな。」
ポツリと、独り言を漏らした。
「つよくー?」
とても小さい声で呟いたつもりが、どうにも隣にいる幼子には聞こえたらしい。
「ふっ、強くなりたかったんだけどな。失敗しかしなかったさ。」
「しっぱい?」
「あぁ、いっぱい失敗して、失敗しかしなくて。……けど、それで今の俺がいて、お前と出逢えたのかもな。」
「くろぅす、しっぱいー? けど、りりーとあえた?」
『クロウス』という、俺の名前すらまともに言えないような幼子、『リリヤ』は、ひらひらと小さな身体をその羽で浮かしている。
「今からでも、強くなれる。かな、君のために」
「くろぅす、なれる! りりー、おうえん? する!」
歩いている俺の周りを、くるくる元気に飛び回る彼女を見て、ふっと口元が緩くなっていた。
「こんなことになる事も、あいつは見透してたのかも知れないな。」
「あいつー?」
「あぁ、俺の……師匠の話さ」
「ししょー?」
「憧れ……つってもわかんねぇか。久々に思い出したんだよ。会いたくもなった。」
「あいたい?」
「そうだな。でも俺がまだ強くねえから、会えねえかな。」
「くろぅす、かなしぃー?」
「いや、結構昔のことだからな。ただただ懐かしくなっただけさ。お前が大きくなったら、わかるよ」
「りりー、おおきくなる!」
「……そうだな」
(それまで、俺がどこまで持つか、か。)
俺にとって、なにが強さなのか未だわからないまま、暗い森の中を幼き妖精と歩み続けた。
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