それは憧れというモノ。2
「よう! おはようさん!」
目が覚め、視界に映るのは、前に目覚めた時と変わらない天井。そして俺を覗き込んでいるそいつのアホ面だった。
「………………」
(あぁ、これは夢だ。次に目覚めた時にはちゃんと自分の部屋で──)
「おい、おーい、おーーーい」
そいつは俺の顔の前で、ぶんぶんと手を振り、それに当たった空気が小さな風となって顔に吹きつける。
「なにもう一回寝ようとしてんだよ。夢じゃねえし、そりゃ負けたのを認めたくないのもわかるが……」
「……負けてねえ」
ムッとなり、つい答えてしまった。
「やっぱ起きてんじゃねえか。んで負けを認めろ。そしてオレの弟子になれ。」
「…………は?」
「あれ、三日前に起きた時にも、ちゃんと言ったはずなんだけどなぁ」
「は、三日……?」
目覚めたてのぼんやりとしていた頭が、ゆっくりと回転しだす。
が、自分が三日も目覚めず、寝込んでいた事実は簡単に理解できるものじゃなかった。
「そ。あまりに起きねえから、さすがにオレもちょっと焦っちまった。……が、まぁよくよく考えたらそりゃお前、まともな睡眠とれてねえんだろ。夜襲とか喰らったらたまったもんじゃないしな。」
「…………」
そいつは勝手に、俺の事情を知った風に言っていたが、あながち間違ってはいない。ここまでの長時間、気を張らずにいたのは何年ぶりか覚えてもいなかったから。
寝ている状態からゆっくり身体を起こすと、まだ痛みは完全には引いてなかったが、なんとか動ける状態ではあるらしい。
お、という何かを期待しているそいつの眼差しを無視し、俺はこの部屋から出ていこうとしていた。
そのまま寝かされていたベッドから降り、無言で部屋の出口へと向かう。
しかし、やはりというべきか、そいつは突っかかってきた。
「おいおい、どこ行くんだよ」
「……どこって……」
立ち止まった俺の思考には、これから行くはずの行き先は、思いつかなかった。
(この男に街中で負けた以上、その噂は広まってるだろう。まだ万全な身体じゃない中、噂を聞いた奴らはどうする? 徒党を組んで俺に挑んでくるか? それに対して、今の俺は、勝てるのか……?)
「…………」
思考を巡らせ黙り込んだ俺を見て、そいつはそういった状況も理解している上で提案した。
「な? 行く先が無いなら、というか君はオレの弟子になるしかないんだよ」
「……なんで俺なんかに声をかけるんだ」
思っていた以上の本音が言葉として漏れてしまった。
「なんでって、そりゃ強いからね」
「強く、ないだろ」
そいつの前で、俺はただただ一足踏み出すことしかできなかったことを思い出す。
「強いさ。いや、今はまだ弱いのか?」
そいつは頭があまり良くないのか、よく自問自答を口に出していた。
「まぁ、んなこたどうでもいい。これは今知らなくてもいいって意味だ。重要なのは、お前がこれからどうしたいか? だ。」
「これから?」
「オレはさっきも言った通り、君をスカウトしている。それに対しての答えだよ。」
「……俺は……」
「どうしたいか?」なんて考えたこともなかった。
ただ今までは、強いことを正義とし、喧嘩を吹っ掛け、片っ端からそれらを全て吹っ飛ばしてきた。
それに意味なんてない。この先がどうなろうと関係ない。『強さ』だけあればいい。そう思っていた。『強さ』があれば全てを解決できる。と、そう信じていた。
その『強さ』が偽物だと証明された時、俺は信じるモノも、その先も、全てわからなくなっていた。
なにも持たない今、なにをしたところで──
「なにもないなら、何かを一から始めればいいんだよ」
「!?」
まるで考えが読まれているかのようだと、先に驚いたが、それは俺が単純な思考回路をしていたからだろう。
「誰しも間違うことはある。だが一回だけの間違いで全てが終わることもなければ、今までが消えることもない。絶対にない。そう断言できる。」
そいつは真っ直ぐな眼差しで、強くそう伝えた。そして続ける。
「『弱さ』を知らなければ、『強く』はなれないよ。……オレだって、何回も負けて、間違って、その全てを使ってここに立っているからな。」
「…………」
実際、俺は目の前に立つ大人の素性もなにも知らない。が、負けたという事実。俺がなにもできなかったという事実がある以上、俺より『強い』のは確実だった。
(俺より『強い』なら、この先も見えている。ということか……)
「お前についていけば、『強く』なれるのか?」
今の俺にとって大事なこと。それは結局『強さ』以外の何物でもない。
プライドを食い縛り、悔しさを詰め込んだ言葉を発した。
「それは君次第さ」
そいつは責任もない、軽い一言でそれを一蹴したけれど。
「……他に、行くところもない」
その言葉を聞いたそいつは、嬉しそうに言った。
「正式に、オレの弟子になるってことでいいんだな?」
「…………」
これ以上言葉を話す必要もないと考えた俺は黙り、了承し、そいつの弟子になることにした。
「じゃあ、早速だけど君にはオレの仕事についてきてもらう。」
「あぁ」
俺は短く返事を返した。ところで疑問が生まれた。
「お前の仕事って……?」
「言ってなかったっけ?」
惚けた調子でそいつは返す。
「聞いてない」
「そうか」
と、一言置いて、これでもかという自慢気に満ちた顔で、こう告げた。
「オレは『勇者』だ!」
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