妖精の噂を証明せよ1
翌日。いつも通り目覚めたボクは、いつも通りに支度を済ませ、いつも通りに配達をしにシェカントに向かっていた。
最初に違和感を感じたのは、シェカントの警備兵といえばいいのだろうか。入り口に治安部隊がいつもより多いことに気がついた。
(なんかあったのかな?)
まぁ事件があればシャロさんのところへ話が来るだろう。と、そこまでは気にせず、シェカントに入ろうとした時に呼び止められる。
「おーい、君、そこの荷台持ってる君だよ、君」
突然、全身甲冑の治安部隊だろう人に話しかけられ、なにかボクに不都合でもあったのだろうか心配になっていると、
「あー、ごめんごめん、オレだよオレ」
と言いながら、甲冑の頭の部分を取る騎士。
「あっ、えっと、イリャチさん」
ボクはその顔に馴染みがあったため、安心した。
「やー久しぶりだね。前は事件解決に一役買ったんだって? すごいじゃないか」
「いえ、ボクは……」
「まさか君がねぇ。いや、オレは一目見た時からコイツはやる男だと思ってたよ」
適当なお世辞をいうイリャチさんに、苦笑いなボク。
「あ、そうそう」
と彼は本題に入ったのだった。
「話しかけたのは、最近ちょっとした不審人物の情報があってね。注意喚起のためさ。知り合いなら直接言っておこうと思って。」
「不審人物?」
だから治安部隊がいつもより多いのか。と納得はしたが、今までなかった出来事に不安が過ぎる。
「そうなんだよ。最近、シェカントやその周辺の村なんかで不審人物が見かけられてね。」
「その、不審人物ってどんな感じなんですか?」
そう訊ねると、イリャチさんはボクの肩を寄せ、組むようにして顔を近づける。
「ここだけの話。そいつが『妖精』って噂があるんだ」
小声でそう伝えると、ぱっと肩から離れこう続けた。
「まぁだからなんだ、周辺警戒の仕事が増えてるってわけよ」
「そうなんですね……」
「探偵の助手役でも、戦闘能力なんて無いようなもんだろ? 君も気をつけなね。あと、何かあったらオレ達に教えてくれると助かるよ」
戦闘能力なんて言われてしまうと、一気に非現実感がするが、この世界は魔物討伐もあるため、当たり前なんだろう。何も持たないボクは、より一層恐怖を感じる。
「わかりました……。気をつけます。」
「おう。じゃ、オレは仕事に戻るからっ」
と、外した武装を付け直し、手を振ると、イリャチさんは持ち場に戻っていった。
(それにしても、エアちゃんの言っていた。妖精さん、が不審人物扱いでこんなことになってるだなんて……)
ボクはまだ見ぬ、妖精という不審人物らしい人物を想像しながら配達の仕事に戻ったのだった。
本日の配達も終え、夕方までには時間があった。となると、ボクは屋敷の方へ出向かなければならなかった。
(そういえば、エアちゃんが聞きたいって言ってたけど……)
これだけシェカントで話題になっている妖精の話なら、シャロさんが何か知ってるかもしれない。もしかすると既に事件として依頼されているかも。と、淡い期待が浮かび、何もない日なら憂鬱な屋敷への移動も、今日は足取りが軽かった。
そんなふうに言ったら、そういう日というのは、絶好の事件日和だと、シャロさんに後で嫌みっぽく笑われてしまう気がしてならないが。
そして、今ボクは、朝のイリャチさんの忠告を思い出し、後悔しているところだった。
屋敷へ向かう道はいつもながら鬱蒼としていて。けれど何かいつもとは違う。そう、その違和感は、人影が見えたからだった。
(この道は屋敷にしか向かわないはずだけど……)
そう思い、ボクはその人に近づいた。
「あ…………」
と声が漏れ、その人に気付かれ、振り向かれた後、目が合ってしまう。
声が漏れたのは、その人の姿に驚いたからだった。ボクの前にいて、背中を先に見てしまったからすぐに分かった。
その背中には、なんとも言い表せないがとても美しい羽根が折り重なっていて。それ以外は普通の人で。華奢めな男性といえる風貌だったから。その事実がより、生えている羽根の異様さを際立させていた。
目が合ったままボクは動けず、硬直し、攻撃でもされたらどうしようかと、仕方のないことをぐるぐる考えていると、
「あ、あのっ……」
と彼に声をかけられる。
「えっ……と、」
ボクは周りを見渡し、他に声をかけられた人がいないか見てみたが、誰もいなかった。それはそうだ。この道で人影を見たのも初めてのことだったし。
「あなたです。その、えっと……」
「ボ、ボクですか……?」
ボクは震えながら自分を指差す。
「そう! あの、この辺りに名探偵さんがいらっしゃるとお聞きしたのですが……。あなたは知っておられますか?」
妙に丁寧な言葉遣いで訊ねられる。
「えっと、その名探偵は、たぶん、一応、ボクの知り合い、なんですけど……」
いきなりの質問に、しどろもどろで答えてしまったが良かったのだろうか? それとも嘘をついたほうが良かった? 様々な不安がボクの頭をさらに混乱させる。
「本当ですか!?」
彼はとても嬉しそうに反応した。
「やっと見つけました。ここ数日、どなたにお伺いしても知らない様子だったので……」
その様子は本当に困っていたようで、ボクは改めて聞く覚悟をした。
「あ、あの、失礼だったら申し訳ないんですが……。あなたは、その、俗にいう『妖精』さん。なんですか?」
すると、彼は笑顔で答えた。
「はい! 僕は妖精村から来ました。でもなんでわかって……? ってあぁ! この羽根ですか」
彼は自分の背中を気にする素振りをし、続けた。
「あはは、これだと見た目ですぐわかりますよね……。驚かせてしまったなら申し訳ない。」
と、彼は深々と頭を下げた。
その丁寧な言葉遣いと、態度はわざとらしさなどなく、本当にただただ謙虚な人らしく、ボクは少しホッとした。
「いえいえ、すみません。こちらもなんか疑ったような態度で本当に、申し訳ないです。」
ボクも、同じくらい頭を下げる。
「いえいえ、妖精が珍しいことなんて分かってはいるので……」
「いやでも、本当、初対面の人に失礼な態度を……」
お互いに謝罪合戦になってしまい、顔を上げたら、同時に上げていたらしく、途中で目が合い、二人で変な体制のまま、いつの間にか笑いあっていた。
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